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平塚宿

【2020年1月12日(日)旧東海道 平塚宿】
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東海道五十三次之内平塚 縄手道
ウィキペディア (Wikipedia): フリー百科事典「平塚宿」より引用

平塚宿は江戸日本橋から東海道五十三次を7宿目、京都三条大橋から47宿目。慶長6年(1601)宿駅伝馬制度が敷かれて以来の宿駅で、慶安4年(1651)東隣りの八幡新宿を加宿、明暦元年(1655)に八幡新宿は平塚新宿へと改称した。天保14年(1843年)当時の人口2140人、家数443軒、うち本陣1、脇本陣1、大旅籠屋2、中旅籠屋29、小旅籠屋23軒。江戸方より十八軒町・二十四軒町・東仲町・西仲町・柳町と続く町並み。東仲町に本陣、二十四軒町に脇本陣と東組問屋(平塚新宿の経営)、西仲町に西組問屋(平塚宿の経営)が設けられていた。広重は「東海道五十三次之内平塚 縄手道」の題で、平塚宿西外れの傍示杭から大磯方面の高麗山と富士を遠望し、花水橋へと続く縄手道で飛脚と駕籠かきがすれ違う光景を描く。




東海道平塚宿碑
平塚宿京方(上方)見附跡付近、右手に「東海道平塚宿」碑と傍示杭のモニュメント。


東海道平塚宿碑より高麗山
「東海道平塚宿」碑より高麗山を望む。広重の浮世絵と近いアングル。


平塚宿京方(上方)見附跡
国道1号から右に分れる旧道。この辺りが平塚宿の京方(上方)見附跡。


春日神社
平塚宿に入ってすぐ、北へ向かって延びる春日神社参道。


厄割石
春日神社の厄割石。カワラケ(素焼きの杯)に息を吹きかけ、この石に向かって投げ割れば厄が祓えるという。


春日神社毘沙門堂
春日神社境内にある毘沙門堂。


春日神社
春日神社拝殿。かつては平塚宿の鎮守だった。


平塚の塚
春日神社の東側にある”平塚の塚”。


平塚の碑
”平塚の塚”は平塚という地名の起源とされる。現地解説板によれば「桓武天皇の三代孫、高見王の娘政子が、東国へ向かう旅をした折、天安元年(857)二月この地で逝去した。柩はここに埋葬され、墓として塚が築かれた。その塚の上が平になったので里人はそれを”ひらつか”と呼んできた。」と、『新編相模国風土記稿』に書かれていることを説明している。


平塚市消防団第一分団
旧東海道に戻り平塚市消防団第一分団。ここが西組問屋場跡で、解説板が設けられている。


西組問屋場跡
西組問屋場跡の横から要法寺の参道が延びる。


平塚宿と高麗山
西組問屋場跡より京・大磯方面、旧東海道と高麗山。


松屋呉服店
松屋呉服店。建物は新しいが老舗の感が否めない。


平塚宿東仲町
旧東仲町を行く旧東海道。


加藤七郎兵衛本陣跡
神奈川銀行平塚支店がある場所が東仲町にあった加藤七郎兵衛本陣跡。江戸末期に徳川14代将軍家茂、明治初期に明治天皇が休憩のため滞在している。旧東海道から銀行横を北に分れる道は中原・豊田へ通じる旧中原豊田道。中原には江戸時代初期に徳川家専用の宿泊施設だった中原御殿が設けられ、御殿から江戸の間には中原街道が通っていた。


加藤七郎兵衛本陣跡
神奈川銀行平塚支店前に設ける「平塚宿本陣旧跡」碑。昭和47年(1972)神奈川相互銀行取締役社長による建立。


加藤七郎兵衛本陣跡
旧東海道を挟んで向かいから加藤七郎兵衛本陣跡を望む。


平塚宿東組問屋場跡と高札場跡
東組問屋場跡(手前)と高札場跡(向かい)。東組問屋場の斜向かいに高札場があったことを実感する。


平塚宿東組問屋場跡と高札場跡02
高札場跡より東組問屋場跡。現在、問屋場跡付近には”魚喜代”という店がある。


山本脇本陣跡
道路向こうが山本脇本陣跡。山本安兵衛が営んでいた。


山本脇本陣跡
平塚宿脇本陣跡碑と解説板。


平塚宿二十四軒町
旧二十四軒町を行く旧東海道。


八王子神社
旧十八軒町の北側に鎮座する八王子神社。天照六神と須佐之男命、徳川家康を祭神に祀る。


十八軒町二十四軒町家並
境内に設けられる「十八軒町二十四軒町家並」解説板。二十四軒町南西端にあった伊勢屋は真壁源右衛門を名乗り、番町皿屋敷で知られる”お菊”はここの娘だったという。一枚…二枚…三枚…、おお怖っ。


八王子神社のイチョウ
八王子神社御神木のイチョウ。


八王子神社鳥居と参道
境内より参道を望む。今は突き当りの民家で参道が途絶えるが、昔は東海道まで続いていたようだ。


見附台緑地
旧十八軒町東端の北側にある見附台緑地。


平塚小学校跡の樟樹
見附台緑地は平塚小学校(現 崇善小学校)の旧地。明治13年(1880)から昭和20年(1945)までここに平塚小学校があった。緑地一角にあるクスノキは唯一つ残されるその遺構である。


平塚宿江戸見附跡
平塚宿江戸見附跡。当時の見附を模した石垣モニュメントが設けられれている。


明治14年頃の平塚宿江戸見附
現地解説板より明治14年頃の平塚宿江戸見附。まだ見附石垣が残存していたことがわかる。


江戸見附跡より高麗山
江戸見附跡より京・大磯方面。正面奥に高麗山を望む。


平塚宿江戸見附跡
江戸見附跡より江戸・藤沢方面。江戸時代には松並木の街道が続いていたはず。


平塚駅
令和2年(2020)初の旧東海道歩き旅は終い。平塚駅より帰途につく。


【旧東海道歩き 第38日目】大磯駅→大磯宿→平塚宿→平塚駅 歩行距離約11Km
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高札場
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