静岡鉄道と共に清水へ

【2017年5月6日(土)旧東海道 府中宿→江尻宿】
さてさて、府中宿から次の江尻宿へ向けて歩こう。江戸時代の東海道は府中宿東見付から狐ヶ崎(旧曲金村、現 静岡市駿河区曲金)、谷津(現 静岡市葵区柚木)、長沼、古庄、栗原、国吉田、草薙、上原(旧地名を岩原)、平川地、追分の集落を経て、入江町の東端に設けられた西木戸から江尻宿へ入る約9.2kmの道程。これといった見どころは少ないのだが、この区間は旧東海道の北側を静岡鉄道清水線が並行しており、しばしば通り過ぎる色とりどりの電車を見ながら歩けて楽しい。また、追分には創業元禄8年(1695年)という追分羊かん本店があり、300年以上の歴史ある羊羹は東海道を往来する旅人を魅了し、静岡に隠棲した徳川慶喜も贔屓にした一品だった。




東海道本線・新幹線ガード下
春日一丁目交差点から東海道本線・新幹線のガード下を潜り抜けて曲金へ。


旧東海道 曲金
曲金1丁目の旧東海道(江戸方)。かつてこの辺りは谷津山の南端にあたり狐ヶ崎と称していた。鎌倉時代、頼朝死後に幕府を追われた梶原景時が、一族を率いて京へ上洛の途次、清見関(現 静岡市清水区)より幕府より追手が差し向けられ、ここで合戦になった。梶原一族は奮戦むなしく全員討死している。


曲金観音堂
Y字路(左が旧東海道)の分岐点にある曲金観音堂。ここに散った梶原一族の霊を慰める。


曲金観音堂
ここに散った梶原一族の霊を慰める。


旧東海道 曲金
曲金観音堂より狐ヶ崎の旧東海道(京方)を望む。かつては右手に谷津山南端の山裾が迫り、そのため旧東海道は南西麓を迂回するルートになっている。しかし、現在は東海道本線や新幹線、国道1号が通され山の南端部は均されてしまった。


軍神社
曲金2丁目に鎮座する軍神社。創建年不詳、戦の神を祀り日本武尊が東征の折に戦勝祈願したと伝わる。家康は諸国平定の後に旗と鉾を奉納、歴代の駿府城代は参拝を欠かさなかったという。


軍神社
軍神社境内にて。「無断駐車は入口の鍵を掛けます」との注意書き。境内の入口を指しているのだろうか、よくわからない。


法蔵寺
軍神社の南東隣にある法蔵寺。


曲金の馬頭観音
法蔵寺門前の馬頭観音。周辺の村人たちが梶原一族を供養するために建立したと伝わる。


夢舞台東海道「曲金」道標
夢舞台東海道「曲金」道標。


黄金橋
小鹿通り上に架かる黄金橋。この先、国道1号にかけて旧道は消失。


静岡市急病センター
旧道消失地点に建つ静岡市急病センター。


マークイズ静岡
こちらも旧道消失地点に建つ大型ショッピングモールのマークイズ静岡。江戸時代には街道筋に谷津(柚木)の集落が形成されていたが、今や見る影もない。


旧東海道 柚木
柚木で旧東海道を分断する国道1号。分かりずらいので旧東海道を写真に図示。柚木は谷津山麓の谷地に位置し、古く谷津と称した。駿河国庵原郡に同名の谷津村があり、紛らわしいために柚木谷津と改めたという。


旧東海道 柚木
旧東海道消失地点より京方。旧道は直進し、右斜めへ緩やかに曲がりながら曲金へ向かっていた。


護国神社第2踏切
護国神社第2踏切付近で静鉄清水線の列車が並走。


静岡鉄道
結構頻繁に通り抜ける静鉄清水線の列車。


靜岡縣護國神社
靜岡縣護國神社。明治維新から第二次世界大戦まで、日本のために命を捧げた静岡県出身の戦死者を祀る。


旧東海道 長沼
静鉄清水線と並行しながら進む長沼の旧東海道。


静岡鉄道
旧東海道より列車にばかり目がゆく私…。


長沼駅
そうこうしているうちに長沼駅に。


長沼一里塚跡
長沼駅近くにある長沼一里塚跡碑。長沼一里塚は江戸日本橋から44里(約173km)、京三条大橋からは71番目で実測約342km地点(七里の渡しを27.5km、天竜川池田の渡し迂回分を+2kmとして測定)にあたる。見ての通り遺構は全く残っておらず、電柱脇にひっそりと跡地を示す碑があるのみ。


久應院
長沼の旧東海道筋に建つ久應院。門前には寛政12年(1800年)長沼講中により建立された庚申塔がある。


長沼交差点
長沼交差点で国道1号に合流。旧道は200m程先で左に分かれ古庄に入る。


旧東海道 古庄
古庄を行く旧東海道。


夢舞台東海道「古庄」道標
夢舞台東海道「古庄」道標。古庄は荘園があったことに地名の由来があるとされ、表面に満月形の焼印を押す「うさぎ餅」が名物だった。


後久橋
大谷川放水路を後久橋で渡る。この先、東海道本線・新幹線が旧道を分断。


後久橋より静鉄清水線
後久橋より川上を望めば、静鉄清水線の列車が大谷川放水路を渡ってゆく。


栗原の旧道迂回路
東海道本線・新幹線に沿って北東方向へ迂回。


北村地下道
北村地下道で東海道本線・新幹線を渡り。


北村地下道
地下道を通り抜ければ栗原。


旧東海道記念碑
栗原側の旧道分断地点に設ける旧東海道記念碑。傍らに解説の石碑があり、昭和37年(1962年)国鉄操車場の建設により旧東海道の栗原西側が分断され、更に静清土地区画整理事業により栗原地内の旧東海道も姿を消したことが刻まれている。


旧東海道 栗原
150m程残る栗原の旧東海道。


県総合運動場駅
県総合運動場駅前を通って旧道消失地点を迂回。


旧東海道 国吉田
国吉田の旧道出現地点から栗原方面。かつての東海道はここから右斜めのウエルシア方向に向かって延びていた。


旧東海道 国吉田
国吉田を行く旧東海道。国吉田の地名は吉田川に由来、小吉田とも称した。府中と江尻の中間点にあたり立場が置かれ、稲葉屋で販売される長門鮓が名物だった。現地に案内板等が無くはっきりしないが、スーパーアンドウ辺りがその跡地らしい(写真左奥辺り)。


東橋
吉田川に架かる東橋。ここを渡れば国吉田から中吉田に。


谷田山東光寺
谷田山東光寺。達磨の立像として珍しい”葦葉(ろよう)達磨大師像”を安置する。


閻魔坂
東光寺門前から緩やかに下る旧東海道は、江戸時代に閻魔坂と呼ばれる急勾配な坂道で、馬から落ちて怪我をする人が多かったという。近くに閻魔大王を本尊にする閻王寺があり、ここを馬に乗って通過することは閻魔大王に対する無礼にあたることから、その罰であるとの噂が広まった。そのため参勤交代の大名さえも馬を降りて通行したという。


閻王寺跡
東光寺門前より約40m江戸方にある閻王寺跡。現在は鳳林寺の第2駐車場。江戸時代に閻魔大王を本尊にする寺がここにあったのだが、明治10年(1877年)廃寺になって本尊は近くの鳳林寺に移され、更に昭和52年(1977年)熊野神社境内の薬師堂に移された。


旧東海道 谷田
谷田・中之郷を行く旧東海道。


鳳林寺
中之郷1丁目にある鳳林寺。閻王寺廃寺後、閻魔大王が一時安置されていた。


旧東海道 草薙1丁目
草薙1丁目の旧東海道。旧道はこの先で一時消失。


草薙駅入口交差点
一時消失した旧東海道は草薙駅入口交差点から静岡県道407号となって現れる。


草薙神社大鳥居
草薙神社参道入口に立つ大鳥居。


草薙大明神道道標
大鳥居脇に残る元禄12年(1699年)建立の草薙大明神道道標。


草薙神社大鳥居
草薙神社大鳥居から延びる参道。


柳橋
草薙川に架かる柳橋。


柳橋と草薙神社大鳥居
柳橋と草薙神社大鳥居。


享保17年の庚申塔
草薙一里山の県道路傍にひっそりと石塔2基が並ぶ。奥の自然石は享保17年(1732)建立の庚申塔、手前は道標のようだが碑面が読み取れず。


草薙一里山バス停
一里山焼津信用金庫前バス停と草薙一里山バス停。


草薙一里山バス停
ここから渋谷・新宿行のハイウェイバスに乗れるようだ。


草薙一里塚跡
草薙一里塚跡。石碑に並んで身の丈10尺(3.3m)の大狸。江戸日本橋から43里(約169km)、京三条大橋からは72番目で実測約346km地点(七里の渡しを27.5km、天竜川池田の渡し迂回分を+2kmとして測定)にあたる。


夢舞台東海道「有度」道標
夢舞台東海道「有度」道標。有度(うど)という地名は明治22年(1889年) 町村制の施行により巴川中流右岸一帯の21ヶ村が合併して成立した村で、昭和30年(1955年)清水市に合併して有度村は消滅した。


旧東海道 有度本町
有度本町を行く旧東海道。


清水有度第一小学校
清水有度第一小学校を左に見ながら東へ。


千手寺参道
境内に上原鎮守十七夜宮がある千手寺の参道。


イソヒヨドリ
千手寺参道にて見かけたイソヒヨドリ。通常は海岸の崖地に生息しているらしく、こんな住宅街で見られたのは幸運だったのかも。


有度十七夜山保育園
参道筋には有度十七夜山保育園。


有度十七夜山保育園のウサギ
保育園で飼育するウサギさん。暑くなってきて少々ぐったり。


千手寺
十七夜山千手寺。


上原鎮守十七夜宮
上原の産土神、上原鎮守十七夜宮。麻機(あさばた、静岡市葵区)の滝の不動より迎えられた御神体を祀る。麻機からここへご神体が移された理由が、上原鎮守十七夜宮伝説として残っている。


静清米穀
静清米穀前、上原を行く旧東海道。


上原子安地蔵堂
上原子安地蔵堂。創建年不詳ながら、鎌倉期以前と推定されている。天正10年(1582年)徳川家康が武田勝頼を攻略するにあたり、ここで武田家家臣で江尻城代の穴山信君(梅雪)と会見したという。後に信君は家康の誘いにのり織田信長に内応した。


旧東海道 上原
上原の旧東海道は宗丹池の北側を大きく曲がりながら進む。


上原堤(宗丹池)
数百年の長きに渡り上原の近郷に農業用水を供給してきた上原堤(宗丹池)。


上原堤(宗丹池)
上原堤(宗丹池)一帯は昭和2年(1927年)に狐ヶ崎遊園地が開園し、動植物園・遊具・運動場・食堂等を備え、池にはボート乗り場が設けられていた。昭和43年(1968年)に狐ヶ崎ヤングランドとなり、ジェットコースターやボウリング場、夏にはプール、冬にはスケートリンク等を兼ね備えて賑わいを見せたが、平成5年(1993年)閉園した。遊園地跡地にはイオン清水店が建っている。


イオン清水店
狐ヶ崎ヤングランド跡地に建つイオン清水店。


イオン・ヤングランドボウルのお客様出入口
イオン・ヤングランドボウルのお客様出入口。何となく遊園地時代の名残りを感じるような。


久能寺観音道道標
旧東海道と久能寺観音道の分岐点。久能寺観音道は平川地から有東坂・今泉・船越・矢部・妙音寺を経て鉄舟寺(静岡市清水区村松)に至る。久能寺は元々久能山にあったが、武田信玄が久能城を築いた際に鉄舟寺の地に移された。


久能寺観音道道標
分岐点に残る安永7年(1778年)建立の久能寺観音道道標。


旧東海道 平川地
成岡ふとん店前、平川地を行く旧東海道。


東海道本線踏切
東海道本線踏切を渡れば平川地から追分に。


姥ヶ池弁財天
追分4丁目にある姥ヶ池と弁財天。


姥ヶ池と弁財天
延暦年間(782年~806年)この地に生む金谷長者の子供がひどい咳の重病を患い、乳母は子供の身代わりとなり病気治癒を祈願してこの池に入水して死んだという。願い叶って子供は回復、長者は感謝して畔に社を建てたと伝わる。この池の畔で「姥かいな」と呼べば、それに答えるかのように泡が出てくるようになったとか。以来、姥ヶ池と呼ばれるようになったらしい。


金谷橋
大沢川に架かる金谷橋。


遠州都田の吉兵衛の供養塔
遠州都田の吉兵衛の供養塔。吉兵衛は通称を都鳥といい、清水次郎長の子分”森の石松”を斬り殺した侠客。次郎長はここ追分で吉兵衛を仇討ちした。


追分茶屋
追分2丁目の旧東海道筋にある追分茶屋。店名に魅かれてここで昼飯に。


追分茶屋の雑煮
季節外れだが、メニューにあったので雑煮を注文。しかし、これが正解だった。鰹節の下に切り餅の4~5個分はあろうかという大きな餅が入っており、腹を空かせた旅人には有り難い。この餅は御主人が杵と臼を使って搗いた手作り。既製品と違って柔らかさが均等ではないのだが、柔らかかったり硬かったりの歯ごたえが何とも言えない懐かしい味わい、更に薄口醤油の汁が北海道出身の私にとっては新鮮で、とても美味しかった。地元のお客さんと雑談をしながら楽しいひと時を過ごした。


追分羊かん本店
創業元禄8年(1695年)という追分羊かん本店。土産に羊かんを買いました。

追分羊かん
http://www.oiwakeyokan.com/


清水道道標
追分羊かん本店脇にある清水道道標。ここから清水湊に通じる清水道が東海道より分岐しており、追分という地名の由来になった。


旧東海道 追分
追分を行く旧東海道。ここまで来れば江尻宿は近い。


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プロフィール

しまむー

Author:しまむー
自称りーまんな旅人。
千葉県在住。

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現在の行程

東海道 東海道を歩いてます。


1日目(2013/5/19)三条大橋→大津宿 MAP
2日目(2013/7/13)大津宿→草津宿 MAP
3日目(2013/7/14)草津宿→石部宿 MAP
4日目(2013/8/3)石部宿→水口宿 MAP
5日目(2013/8/4)水口宿→土山宿 MAP
6日目(2013/10/13)土山宿→坂下宿→関宿 MAP
7日目(2014/3/9)関宿→亀山宿→庄野宿 MAP
8日目(2014/5/3)庄野宿→石薬師宿→四日市宿 MAP
9日目(2014/5/4)四日市宿→桑名宿→七里の渡し跡 MAP
10日目(2014/6/8)七里の渡し跡→宮宿→鳴海宿 MAP
11日目(2014/11/2)鳴海宿→池鯉鮒宿 MAP
12日目(2015/4/4)池鯉鮒宿→岡崎宿 MAP
13日目(2015/5/23)岡崎宿→藤川宿 MAP
14日目(2015/7/19)藤川宿→赤坂宿→御油宿 MAP
15日目(2015/9/22)御油宿→吉田宿 MAP
16日目(2015/11/29)吉田宿→二川宿 MAP
17日目(2016/2/20)二川宿→白須賀宿→新居宿 MAP
18日目(2016/4/3)新居宿→舞坂宿→浜松宿 MAP
19日目(2016/5/6)浜松宿→見付宿 MAP
20日目(2016/5/7)見付宿→袋井宿 MAP
21日目(2016/6/25)袋井宿→掛川宿 MAP
22日目(2016/7/17)掛川宿→日坂宿→金谷宿 MAP
23日目(2016/10/8)金谷宿→島田宿 MAP

高札場
【川越街道 旅の報告】
2013年1月13日(日)
武蔵国板橋宿を発ってから…
約5ヶ月の月日をかけて、川越城本丸御殿に到着しました!
川越時の鐘
【成田街道 旅の報告】
2012年7月8日(日)
下総国新宿を発ってから…
約5ヶ月の月日をかけて、成田山新勝寺・寺台宿に到着しました!
新勝寺大本堂と三重塔
【会津西街道街道 旅の報告】 2012年1月22日(水)
下野国今市宿を発ってから…
約1年6ヶ月の月日をかけて、
会津鶴ヶ城に到着しました!
鶴ヶ城
【 水戸街道 旅の報告 】 2010年5月5日(水)
武蔵国千住宿を発ってから…
約3ヶ月の月日をかけて、
水戸の銷魂橋に到着しました!
水戸弘道館
【 日光街道 旅の報告 】 2010年1月10日(日)
江戸日本橋を発ってから…
8ヶ月の月日をかけて、
東照大権現が鎮座される
日光東照宮に到着しました!
日光東照宮陽明門
【 中山道 旅の報告 】
2008年10月13日(月)
江戸日本橋を発ってから…
1年10ヶ月もの月日をかけて、 ついに京都三条大橋に到着しました!
京都三条大橋

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