興津宿

【2017年8月6日(日)旧東海道 興津宿】
Tokaido17_Okitsu.jpg
東海道五十三次之内興津 興津川
ウィキペディア (Wikipedia): フリー百科事典「興津宿」より引用


東に興津川の川越しと難所の薩埵(さった)峠を控える興津宿。江戸日本橋から東海道五十三次を17宿目、京都三条大橋から37宿目の宿場。宿内町並み東西10町55間(約1.2km)、天保14年(1843年)当時の人口1668人、家数316軒、うち本陣2、脇本陣2、旅籠屋34軒。西本陣が手塚家、東本陣を市川家が務めた。宿東端で身延山久遠寺(山梨県南巨摩郡身延町)へ通じる身延道が分岐、身延山への信仰の道であり、駿河と甲斐を最短に繋ぐ重要な街道だった。産物は紙・大根・鯉・甘蔗(かんしゃ、サトウキビの別名)、清見寺門前で販売していた万能膏が名物。広重は「東海道五十三次之内興津 興津川」の題で、川越人足が力士を駕籠や馬に乗せて渡河させる光景を描く。




清見寺信号
興津宿西(京方)端と思われる清見寺信号。興津宿の東西出入口に見付が設けられていたはずだが、場所がはっきりしない。


興津不動院前信号
興津不動院前交差点。変則四差路になっており、北西角に茶問屋の山梨商店が経営する和CAFE”茶楽”という店がある。その右脇の小路は波切不動尊を祀る興津不動院への参道で、登り口に不動の滝と呼ばれる滝が清水を落とす。


不動尊踏切
興津不動院参道に設けられる不動尊踏切。


茨原神社
参道登り口に鎮座する茨原神社(写真右)、津嶋神社(写真左)。茨原神社は元々山の中腹にあったが、参道石段が崩落して参拝が困難になったため、近年に山麓の現在地へ移された。


不動の滝
参道登り口にある不動の滝。水量が少ないながらも、小さな滝つぼを持つ風情ある滝。こんなところで滝が見られることに感動。


不動の滝
滝上からちょろちょろと水が落ちている。


波切不動尊
波切不動尊を祀る興津不動院。延暦10年(791年)坂上田村麻呂が蝦夷征伐の途上、戦勝を祈願して行基作の不動明王像を当地に祀ったことが起源と伝わる。不動明王から一条の光明が発せられ、津波から興津の町を守った、地元漁師が大嵐から生還できた等、人々を海難から守ったとの伝説から、波切不動尊と名付けられ崇拝された。


興津不動院境内からの眺め
興津不動院境内から駿河湾を望む。山裾を東海道本線の列車が走り抜ける。


興津不動院境内からの眺め
ちょうど”清水みなと祭り”の開催日で、清水港に向けてブルーインパルスが飛んで行く。


興津不動院境内からの眺め
境内から三保の松原を遠望。


興津宿西本陣跡
興津宿西本陣跡。代々手塚十右衛門家が務めた。遺構は残っておらず、現在は山梨自転車商会に。「興津宿西本陣址」碑を置く。右隣に脇本陣の落合七郎左衛門家があった。


興津宿西本陣跡
興津宿西本陣跡より江戸方。


一碧楼水口屋跡
一碧楼水口屋跡。江戸時代に脇本陣を務めた旅籠水口屋は、明治以降には政治家や皇族方、財界人の別荘旅館として使われ、昭和32年(1957年)静岡国体の折には、昭和天皇・皇后陛下が”御幸の間”に宿泊した。昭和60年(1985年)旅館を廃業、建物は鈴与株式会社に譲渡され、鈴与興津研修センターを開設。平成11年(1999年)”水口屋ギャラリー”が開館した。


水口屋ギャラリー
水口屋ギャラリーに展示される一碧楼水口屋の法被。


水口屋ギャラリー
旅館で使われていた品々。


潮屋
明治30年(1897年)創業の”御菓子司 潮屋”。興津銘菓の”宮様まんぢう”を買う。

潮屋
http://www.miyasamamanjiu.com/


興津宿東本陣跡
興津宿東本陣跡。代々市川新左衛門家が務めた。民家前に「興津宿東本陣址」碑を置く。


興津交番前
興津交番前を行く旧東海道(江戸方)。


興津宿公園
問屋場跡は興津宿公園に整備されている。


割烹旅館岡屋
興津宿公園斜向かいにある割烹旅館岡屋。清見潟に残る唯一の旅館。


大澤製麺所
大澤製麺所と奥に澤端川橋。


沢端川
大澤製麺所脇を流れる沢端川。


理源寺
日蓮宗の祥瑞山理源寺。境内裏から西側にかけて沢端川が流れる。慶長年間(1596年~1615年)沢端川を身延七面山の春木川になぞらえ、日蓮宗総本山の身延山久遠寺がある地形に合わせて創建した。


米屋髙山仙吉商店
米屋髙山仙吉商店。老舗感たっぷりの米屋さん。


興津駅前交差点
興津駅前交差点付近の国道1号(東海道)。


興津駅前通り
国道1号(東海道)から興津駅へ通じる駅前通り。


興津一里塚跡
興津一里塚跡。江戸日本橋から41里(約161km)、京三条大橋からは74番目で実測約355km地点(七里の渡しを27.5km、天竜川池田の渡し迂回分を+2kmとして測定)にあたる。


興津中町西交差点
身延道との分岐点にあたる興津中町西交差点。左折の道が身延山久遠寺(山梨県南巨摩郡身延町)へ通じる。


身延道追分
国道1号(東海道)から分かれる身延道。戦国時代に武田信玄が駿河侵攻の軍用路として整備し、江戸時代になってからは身延山への信仰の道として参詣客が利用した。分岐点に「身延山道」道標や、「南無妙法蓮華経」と刻む題目石が残っている。


興津中町
興津中町を行く旧東海道。


興津の薄寒桜
右手路傍には”興津の薄寒桜”。1月下旬から2月下旬にかけて見頃を迎える早咲き桜で、清見潟公園を中心として興津地区に植樹されている。毎年2月初旬から中旬にかけての日曜日に”興津宿寒ざくらまつり”を開催。興津は一足早く桜を楽しみたい人にはもってこい。


宗像神社参道
国道1号(東海道)から延びる宗像神社参道。


宗像神社
宗像神社境内に茂る森は、祭神に奥津島比売命(おくつしまひめのみこと)、多岐津比売命(たぎつひめのみこと)、狹依姫命(さきりひめのみこと)という宗像三女神を祀ることから”女体の森”と呼ばれ、駿河湾を航行する漁師たちが灯台代わりに目印としていたという。


興津中町
興津中町東信号の先で国道から旧道が左手に分かれる。


旧東海道 興津中町
興津中町、興津川へ向かう旧東海道。


興津川橋梁
かつての興津川渡し付近に架かる興津川橋梁。


興津川橋梁
東海道本線の興津川橋梁と国道1号の興津川橋の間が川渡し跡。興津川は安倍川や大井川に比べるに値しないほどに小さな河川ながら、3月6日から10月下旬まで両岸の川会所には川越し人足が常備され、広重の浮世絵で見るように徒歩渡しで旅人を渡河させた。渇水期の冬期には仮橋が架けられ無賃で渡れた。


興津川橋梁
江戸方(東側)より興津川渡し跡と興津川橋梁。


興津川橋東詰
興津川左岸の渡し場跡。右へ行けば薩埵峠越えの中道と下道、左に行けば上道となる。下道は海岸線を利用した道で、「親知らず子知らず」と言われる程に危険を伴う難所だった。中道は慶長年間(1596年~1615年)から明暦年間(1655年~58年)まで主に使われた東海道で、山の海岸側を急勾配に登る峠越えの道だった。

今回は明暦年間に開通し幕末まで東海道として使われた上道を行く。


興津川橋梁04
かつて川越人足がよっこらしょと旅人を担いで渡した横を、東海道本線の列車が興津川橋梁を走り抜ける。


興津東町公民館
興津川左岸の川越し場跡にある興津東町公民館。


川越遺跡解説板
興津川左岸の川越し場跡に設置される川越遺跡の解説板。


薩埵峠之絵図
解説板の隣りには薩埵峠之絵図。そう、興津川を渡ればすぐに薩埵峠の難所が待ち受けているのだ。


興津川の川越遺跡
現在の川越し場跡は解説板がその歴史を語るだけで、往時を偲ばせるものは残っていない。


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10日目(2014/6/8)七里の渡し跡→宮宿→鳴海宿 MAP
11日目(2014/11/2)鳴海宿→池鯉鮒宿 MAP
12日目(2015/4/4)池鯉鮒宿→岡崎宿 MAP
13日目(2015/5/23)岡崎宿→藤川宿 MAP
14日目(2015/7/19)藤川宿→赤坂宿→御油宿 MAP
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16日目(2015/11/29)吉田宿→二川宿 MAP
17日目(2016/2/20)二川宿→白須賀宿→新居宿 MAP
18日目(2016/4/3)新居宿→舞坂宿→浜松宿 MAP
19日目(2016/5/6)浜松宿→見付宿 MAP
20日目(2016/5/7)見付宿→袋井宿 MAP
21日目(2016/6/25)袋井宿→掛川宿 MAP
22日目(2016/7/17)掛川宿→日坂宿→金谷宿 MAP
23日目(2016/10/8)金谷宿→島田宿 MAP

高札場
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