根室本線 滝川駅・東滝川駅

函館本線の主要駅、滝川駅を起点に根室駅まで延びる根室本線。札沼線(北海道医療大学駅~新十津川駅間)ほどの危機的状況ではないが、こちらも滝川駅~富良野駅(54.6km) 、富良野駅~新得駅(81.7km)、釧路駅~根室駅(135.4km)の区間が 、JR北海道の「自社単独で維持困難」とする10路線13線区に指定され、このままでは近い将来に廃線となる日が来てしまう可能性が高い。鉄路が引っぺがされたら二度と元に戻ることは無い、地元自治体と道民の力で何とか存続してゆく道はないものだろうか。そんな根室本線の滝川駅から芦別駅までを途中駅に寄りながら辿ってみよう。

根室本線は滝川駅を起点に根室駅を終点とする路線距離443.8kmの長大路線。大正10年(1921年)滝川駅~根室駅間が全通して同区間が根室本線に改められた。途中駅に観光地の富良野駅をはじめ、帯広駅や釧路駅の主要駅があり、かつては道央と道東を結ぶ主要路線だったが、昭和56年(1981年)札幌から帯広・釧路方面を最短に繋ぐ石勝線が開業、滝川駅を経由していた特急などの運転系統が石勝線経由になり、滝川駅から新得駅間の旅客数が大幅に減少した。かつて”特急おおぞら”が走り抜けたこの区間は、今やJR北海道単独で維持困難な線区となるほどに赤字ローカル線となってしまった。




滝川駅
函館本線の主要駅であり根室本線の起点、滝川駅。開業は明治31年(1898年)、現在の駅舎は昭和37年(1962年)改築の3代目。


滝川駅
2017年1月現在、駅舎の改装工事をしている。


旧滝川駅駅舎
(滝川名勝)停車場通
「函館市中央図書館所蔵デジタルアーカイブ」より引用

大正14年(1925年)改築の2代目滝川駅の駅舎と駅前通り。今では何の面白みも無い駅舎になっているように感じるが、先代の駅舎は絵になる趣きある佇まい。せめて駅で松尾ジンギスカンを堪能できれば滝川らしい駅になると思うのだが。


東滝川駅
滝川駅から根室本線の1駅目、東滝川駅。大正2年(1913年)幌倉停車場として開業、昭和29年(1954年)現駅名に改称された。


東滝川駅駅舎内
駅舎内には「語りつぐ郷土とともに」や「ほろくら むかしロマン」の表題を掲げ、大正から昭和にかけての風景や建物を描いた水彩画を展示する。ここも新十津川駅と同様、地元住民に愛される駅だということを感じる。


東滝川駅駅舎内
駅舎内にはカラフルな椅子を設けているが、客はいない。昨年(2016年)JR北海道が公表した資料によれば、乗車人員1日平均10名以下の「極端にご利用の少ない駅」に指定されている。


東滝川駅改札口
東滝川駅改札口。昭和57年(1982年)までは有人駅だった。


東滝川駅スタンプ
乗車人員1日平均10名以下ながら駅スタンプがある。


倖せの駅 幌倉停車場
「倖せの駅 幌倉停車場」という冊子を置く。今の根室本線の起点を滝川駅と砂川駅のどちらにするかの争いをはじまりに、幌倉停車場が開業するに至ったまでの歴史を書いている。


幌倉停車場
「倖せの駅 幌倉停車場」にあった大正2年(1913年)幌倉停車場開業時の記念写真。


ほろくら駅
駅舎内に掲示される幌倉停車場の水彩画。


東滝川駅構内
東滝川駅構内側の駅舎。


東滝川駅構内
東滝川駅構内、芦別・富良野方面。


東滝川駅構内
東滝川駅構内、滝川方面。


東滝川駅駅名標
東滝川駅の駅名標。


東滝川駅前通り
東滝川駅前通り。民家が並ぶが店らしきものはない。
次は赤平市内に入って赤平駅に、記事を改めよう。


撮影日:2017年1月2日(月)
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根室本線 赤平駅・茂尻駅

滝川市の東隣、赤平市は大正7年(1918年)茂尻炭鉱が開坑したことを皮切りに、昭和に入って豊里炭鉱や住友炭鉱、赤間炭鉱が開坑、同じく豊富な石炭鉱脈を持つ隣の芦別市と共に石炭産業で栄え、最盛期には6万人に及ぶ町にまで発展した。その町の中心たる赤平駅は石炭の運搬をはじめ、石炭採掘の従事者やその家族が利用して賑わった。しかし、戦後にエネルギーの主役が石炭から石油へと移り変わり石炭産業は衰退、昭和40年代から次々に炭鉱が閉山し、赤平市は衰退の一途をたどる。2017年1月現在、赤平市の人口は約1万人、最盛期の6分の1にまで減り、鉱業から工業へ産業構造の転換を図っている。

赤平市内を通る根室本線の駅は赤平駅と茂尻駅の二駅、市街にある赤平駅は大正2年(1913年)開業、それから遅れること5年後の大正7年(1918年)に茂尻駅が開業した。赤平駅には豊里炭鉱や住友炭鉱、赤間炭鉱の石炭を、茂尻駅には茂尻炭鉱の石炭が集積され、貨物列車が長大な列を組み全国に向けて発車した。そんな石炭景気に沸いたのも今は昔、赤平市は過疎・高齢化が進んで赤平・茂尻の両駅は利用客が減少、かつて急行”狩勝”の停車駅だった赤平駅は簡易委託化され、茂尻駅は有人駅時代の駅舎を残しながらも誰もいない無人駅、昭和から平成へと時代の流れを感じさせてくれるのだ。




赤平駅
近代的な駅舎の赤平駅、廃止という足音が忍び寄る駅とは思えないほどに立派だ。これは「赤平市交流センターみらい」と共同利用する建物で、平成11年(1999年)に改築された。


赤平駅構内
赤平駅構内。近代的な駅舎と旧態依然のホームや跨線橋に赤平駅の味を感じる。


赤平駅駅舎内
赤平駅駅舎内。立派な駅舎の赤平駅だが、正直なところ交流センターに間借りしている感じ。


赤平駅駅舎内
昨年(2016年)まで”みどりの窓口”がある有人駅だったが、現在は赤平市が切符販売等を受託する簡易委託駅に。


赤平駅構内
赤平駅構内。


赤平駅構内
2番線ホームと駅舎。新旧の対比がいい感じ。


=
赤平駅に停車するキハ40形気動車。


赤平駅構内
滝川駅へ向けて赤平駅を発車。


赤平駅駅前
赤平駅前の様子。人通りは少なく、石炭景気に賑わった面影は感じない。赤平で炭鉱遺産を巡る旅も面白そうだ。


茂尻駅
赤平駅から茂尻駅へ移動。高台上に駅舎があり駅前とは結構な高低差がある。


茂尻駅02
木造モルタル作りの駅舎。現駅舎の建築年がよくわからないのだが、もしかすると大正7年(1918年)開業当時の駅舎が改装されて今に残っているのかもしれない。だとすれば築100年近いことになり、石炭産業で賑わった茂尻駅を偲ぶ貴重な鉄道遺産になると思うのだが。


茂尻駅舎内
駅舎内には”雄別茂尻炭鉱風景”の絵画等を展示しているが、寒々しい雰囲気が漂う。


茂尻駅改札口
旧改札口横には鶴の日本画を置くスペースがあり、ちょい怖い…。正直言って日が暮れたらここに一人ではいたくない。


茂尻駅改札口
茂尻駅構内側の改札口。


茂尻駅構内
跨線橋上より芦別・富良野方面。


茂尻駅駅舎
跨線橋上より駅舎を望む。


茂尻駅駅名標
茂尻駅駅名標と跨線橋。


茂尻駅前
茂尻駅から見る駅前の景観。
石炭産業で発展を遂げた赤平、近いうちに炭鉱の歴史を巡ってみる旅をしてみたくなった。


撮影日:2017年1月2日(月)
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根室本線 平岸駅・芦別駅

根室本線の茂尻駅から芦別方面へ向かう。空知川支流の高根川を渡れば赤平市から芦別市へ入り、平岸駅に着く。芦別市内にある根室本線の駅は市街にある芦別駅を中心に滝川側の平岸駅、富良野側に上芦別駅と野花南駅の4駅があり、今回は時間の関係から平岸駅と芦別駅だけの訪問に。上芦別駅と野花南駅については次の機会を設けて訪ねたい。まずは芦別市について。

芦別市は隣の赤平市同様、大正から昭和期にかけて石炭産業で賑わい、最盛期には人口7万人にも及ぶ都市にまで発展した。昭和15年(1940年)芦別駅を起点にして三井鉱山専用鉄道(後の三井芦別鉄道)が開業、昭和24年(1949年)には上芦別駅を起点に三菱鉱業芦別鉱業所専用鉄道が開業し、芦別市内の鉄道は赤平市と同様に石炭の積み出しで賑わった。昭和39年(1964年)には芦別と旭川・深川を結ぶ計画で芦別線(芦別~石狩新城間)が着工し、芦別は全盛期を迎えたかに見えたが、この時から衰退の道を歩むことになるとは誰しもが想像できなかっただろう。エネルギーの主役が石油に移って石炭の需要が急減、明治鉱業明治上芦別鉱業所の閉山を皮切りに炭鉱の閉山が相次いで人口が急減し、石炭産業から観光産業へと舵を切るべく昭和45年(1970年)芦別レジャーランドが開業する。しかし、衰退の歩みを止めることはできず、昭和47年(1972年)に芦別線は開通を見ずに工事が凍結され、昭和55年(1980年)になると人口は最盛期の半数以下となる約3万3千人にまで減った。平成2年(1990年)テーマパークの”カナディアンワールド”をオープンさせて再起を図るが、現在は更に過疎化が進んで人口14,456人(平成29年1月現在)、芦別レジャーランドの行く末がどうなったかが気になる方は、ググって調べてほしい。




平岸駅
赤平市から根室本線で芦別市に入って最初の駅となる平岸駅。かつては空知川対岸の豊田炭鉱や大谷沢炭鉱といった中小炭鉱から石炭が集積し、ここも石炭産業で賑わった駅。それも今や昔の様相、駅付近に人を見ることはないほどに寂れてしまった。


平岸駅切符売場
平岸駅の切符売場。しっかりとその窓口を残している。


平岸駅駅舎内
駅舎内にはかつて付近にあった平岸小中学校の古写真を展示。


平岸駅駅舎内
平岸駅駅舎内。


平岸駅駅改札口
平岸駅構内より改札口。


平岸駅構内 赤平・滝川方面
平岸駅構内より赤平・滝川方面。ここに列車が到着するのは1日に上り(滝川方面)8本、下り(富良野方面)7本。


平岸駅駅名標
平岸駅の駅名標。


平岸駅駅名標と跨線橋
駅名標と跨線橋。


平岸駅前通り
平岸駅前通り。閑散と民家があるだけで店は無く、人や車の往来も無い。


平岸駅にて
記念撮影。


芦別駅
ミニ五重塔が駅前に建つ芦別駅。これは芦別レジャーランドの後身”北の都 芦別”にあった”ホテル五重塔”がモチーフになっているのだろうが、初めて訪れた人には何のことやら。


芦別駅駅舎
大正2年(1913年)開業の芦別駅。当初の駅名は下芦別駅で、昭和21年(1946年)現駅名に改称、その翌年に改築されたのが今の駅舎である。


芦別駅駅舎内
芦別駅駅舎内。間もなく13:24発滝川行の列車が到着するが、切符売場はカーテンが閉められたまま。昨年(2016年)3月に”みどりの窓口”が閉鎖、切符販売は簡易委託化された。


芦別駅にて
芦別駅にて。滝川行の列車を待つ私。


芦別駅構内
芦別駅構内。かつて三井鉱山専用鉄道(後の三井芦別鉄道)から石炭車が乗り入れ、石炭の積み出しで賑わったのも今は昔。


芦別駅構内
芦別駅に13:24発滝川行の列車が到着。これを逃すと次は16:22。


芦別駅構内
芦別駅に停車する滝川行のキハ40形気動車。


芦別駅構内
芦別駅から赤平駅まで乗車することに。


せっかくなので一昨年(2015年)8月に撮影したカナディアンワールドの様子を↓

赤毛のアンの世界をイメージし、19世紀のカナダの街並みと自然を再現したカナディアンワールド。三井芦別炭鉱の閉山により石炭から観光へと産業構造の転換を図るべく、芦別市の第三セクターが約52億円の巨費が投じて平成2年(1990年)にオープンさせたテーマパークなのだ。開園翌年に27万人の入場者を数えて以降、集客は右肩下がりとなり、平成9年(1997年)に閉園。現在は市営のカナディアンワールド公園として無料開放されている。




カナディアンワールド全景
カナディアンワールド全景。敷地面積約45万平方メートル、東京ドームの約10個分もの敷地を持つ広大な公園なのだ。


カナディアンワールド
カナディアンワールドの中心部、ファーマーズ駅(写真手前の建物)と街並み。


ファーマーズ駅
園内ミニ鉄道の乗降場、ファーマーズ駅。


ファーマーズ駅
ファーマーズ駅構内。鉄道は運行されていない様子。


カナディアンワールド
ファーマーズ駅から見る街並み。きっと19世紀のカナダっぽいのだろう。


カナディアンワールド
人っ子一人いないかと思いきや、一組の家族がいて少しだけ安堵感を覚え。


カナディアンワールド
ファーマーズ駅と街並み。異国の雰囲気はたっぷりなのだが、ひと気の無さが寂しい。


カナディアンロッキーの注意書き立て看板
線路脇に置かれる立て看板。「カナディアンロッキーが通ります 立入らないでください」の注意書きが空しい。


カナディアンワールド
誰もいない。ゴーストタウン感がハンパない。


カナディアンワールド
1軒だけ扉が開いていた家はPRセンター。


カナディアンワールド
PRセンター内に入ると大きなシロクマのぬいぐるみが迎えてくれる。過去に行われたキャンドルアートの写真などを掲示し、パンフレットが入手できる。


カナディアンワールド
PRセンター内にはこんな写真も。カナディアンワールドは「チロルの挽歌」というテレビドラマのロケ地に使われ、主人公を高倉健、その妻役を大原麗子が演じた。健さんはやっぱカッコいいし、大原麗子の美貌がさすがと、今更ながらに実感させる写真。


カナディアンワールド
どうです、この景観。北海道のど田舎の山中とは思えないでしょ。北海道へ旅行に行くと聞いたなら、ここに来ることをお勧めしたいほどの知られざるB級スポット。昭和から平成にかけて、北海道の辿ってきた歴史が凝縮されたここに。


BRIGHT RIVER
かつてのカナディアンワールド入場口、”BRIGHT RIVER”。赤毛のアンが 養父のマシューと出会ったブライトリバー駅をイメージしているのだろう。


BRIGHT RIVER
廃墟と化す”BRIGHT RIVER”。


BRIGHT RIVER
入園券の販売窓口。


BRIGHT RIVER
今でも入園のパスポート料金を掲示している。


BRIGHT RIVER
BRIGHT RIVERの入口。国破れて山河あり、城春にして草木深し…。


カナディアンワールド
”BRIGHT RIVER”を入ってすぐにある建物。かつてはレストランだったと思われる。


カナディアンワールド
旧レストランと思われる建物前には、熱帯植物園らしき建物と四角錐(用途不明)の建物が残存。


ガタタンラーメン
芦別スターライトホテル内の”レストラン ムーンライト”にて。芦別名物のガタタンラーメン!


撮影日:2017年1月2日(月)、カナディアンワールドは2015年8月5日(水)
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根室本線 島ノ下駅

2017年3月3日、ダイヤ改正に伴って旅客扱いを廃止した根室本線の島ノ下駅。JR北海道の”ご利用の少ない駅”に指定された10駅のうちの一駅で、千歳線の美々駅(千歳市)、根室本線の稲士別駅(幕別町)と上厚内駅(浦幌町)、釧網本線の五十石駅(標茶町)、函館本線に至っては東山駅・姫川駅・桂川駅(森町)、北豊津駅・蕨岱駅(長万部町)と共に路線図から姿を消した。赤字の泥沼から抜け出せないJR北海道が、維持費の削減を目的に首を切った格好だ。利用客がいなければあっさりと廃止する。これでいいのか、北海道の鉄道は。そんな思いを胸に、廃止から1週間を経た旧島ノ下駅と、「104年間ありがとう!島ノ下駅展」を開催する”ハイランドふらの”を訪ねることに。

島ノ下駅は大正2年(1913年)釧路本線(後の根室本線)の一般駅として開業。昭和初期から島の下温泉の開発が進んで湯治客が増え始め、昭和30年頃には島ノ下駅を利用する旅客数は年間10万人を超えてピークを迎える。しかし、モータリゼーションが到来した昭和40年代、温泉の中心的存在だった五楽園が昭和49年(1974年)に火災で全焼して廃業。島ノ下地区の過疎化が進んだうえ、同56年に石勝線が開通し根室本線の滝川駅~新得駅間は、札幌と帯広・釧路を繋ぐ主要路線の座を奪われ島ノ下駅の利用客は激減、昭和57年(1982年)に無人駅となり現駅舎へ建て替えられた。それから26年後の2017年3月3日、この日の旅客営業を最後に島ノ下駅は104年間の歴史に幕を閉じる。




島の下会館
旧島ノ下駅前通りの小路。その入口には島の下会館が建つ。


旧島ノ下駅
島の下会館から小路を下った突き当りに旧島ノ下駅がある。


旧島ノ下駅
旧島ノ下駅舎。JR貨物のコンテナを駅舎横に置く。廃止から1週間しか経っていないので原形を留めている。


旧島ノ下駅
”JR島ノ下駅”の駅名標示は撤去されているが、しっかりその文字が読み取れる。


旧島ノ下駅
駅構内は立入禁止。


旧島ノ下駅
ホーム上の駅名標は撤去され、枠組みだけが残る。


旧島ノ下駅
キハ40形気動車が何事もなかったように通過。1週間前まで島ノ下駅を12:58に発車していた滝川行である。


旧島ノ下駅
島ノ下駅から線路沿い、もう1本の駅前通り。こちらが本通りのようで、車両の通行可。



島ノ下神社
雪に埋もれる島ノ下神社。島ノ下の盛衰を今日まで見守ってきたのだろう。


ハイランドふらの
島ノ下駅を最寄りとした宿泊・温泉施設の”ハイランドふらの”。かつて賑わった島ノ下温泉はここに引き継がれる。


島ノ下駅展
ハイランドふらの1階ロビーでは「104年間ありがとう!島ノ下駅展」を開催する。


島ノ下駅展
富良野駅の旧運賃表や国鉄時代の制服を展示。


島ノ下駅展
島ノ下に関する写真や新聞記事など、小規模ながら興味深く拝見。


島ノ下駅の無人化を報じる北海タイムス記事
島ノ下駅展のパネル展示より引用
昭和57年2月12日の北海タイムス記事。島ノ下駅の無人化を報じている。


滝里駅の廃止を報じる北海道新聞記事
島ノ下駅展のパネル展示より引用
滝里駅の廃止を報じる平成3年(1991年)10月12日の北海道新聞記事。滝里駅は島ノ下駅と野花南駅の間にあった駅で、滝里ダムの建設により水没し廃駅となった。ここは倉本聰の「北の国から’89」の舞台、蛍と勇次が滝里駅で降り、空知川河畔に立つ木の幹に、二人のイニシャルYとHを刻むシーンを覚えている方も多くいることだろう。このドラマシーンをきっかけに各地から多くの若者が訪れた。


旧島ノ下駅舎 正面
「旧島ノ下駅舎 正面」島ノ下駅展のパネル展示より引用
昭和40年頃の島ノ下駅。


改築直前の旧島ノ下駅舎
「改築直前の旧島ノ下駅舎」島ノ下駅展のパネル展示より引用
昭和57年(1982年)7月11日撮影の島ノ下駅。先代駅舎が取り壊される直前の写真。


旧島ノ下駅事務室にて駅員の仲間たちと
「旧島ノ下駅事務室にて駅員の仲間たちと」島ノ下駅展のパネル展示より引用
昭和29年頃の撮影。旧駅舎で働いてきた人たちの様子を垣間見る1枚。


ラジウム温泉松寿園
「ラジウム温泉松寿園」島ノ下駅展のパネル展示より引用
昭和4年頃撮影の富良野ラジウム温泉・松寿園。昭和3年(1928年)島の下地区の現市有林の沢で発見された鉱泉を元に開業した温泉。旭川第七師団の傷病者療養施設の指定を受け、軍関係者の湯治客で賑わったという。師団指定を解除され同16年(1941年)廃業。


島の下温泉みゆき荘
「島の下温泉みゆき荘」島ノ下駅展のパネル展示より引用
島の下温泉の”みゆき荘”。昭和6年(1931年)泉地区の中央部に開業した不動閣温泉がはじまり。後に経営者が転々と変わり昭和42年(1967年)佐々木温泉を受け継ぎ開業したのが”みゆき荘”である。滝里ダム建設に伴う根室本線の付替え工事により立ち退きを迫られ、昭和62年(1987年)廃業した。


島の下温泉五楽園
「島の下温泉五楽園」島ノ下駅展のパネル展示より引用
昭和40年頃に撮影された五楽園。ここは明治41年(1908年)に開業した渡辺温泉を前身とし、大正から昭和にかけて堀川温泉、坂田温泉と経営者を変え、昭和38年(1963年)旅館建物を改築して五楽園が開業。昭和49年(1974年)に焼失するまで島の下温泉の中心的存在だった。


坂田温泉(旧堀川温泉)の宿泊・温泉施設
「坂田温泉(旧堀川温泉)の宿泊・温泉施設」島ノ下駅展のパネル展示より引用
坂田温泉時代の五楽園。昭和30年頃の撮影。


旧ホテル万景
旧五楽園へ至る道入口にあるホテル万景。廃業してしまっているようだ。


ホテル万景付近
旧ホテル万景から山へ入って行く道。この先がかつて温泉客で賑わった五楽園跡。3月初旬だけに道は雪に埋もれ車でこれ以上進むことはできない。


撮影日:2017年3月11日(土)
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根室本線 野花南駅

旧島ノ下駅から滝川方面に向かへば島ノ下トンネル・滝里トンネルを抜けて野花南駅に着く。この駅間の根室本線は平成3年(1991年)に滝里ダムが完成して現ルートへ付け替えられ、その間にあった滝里駅は町ごとダムの湖底に姿を消す。それから26年後の平成29年(2017年)島ノ下駅が廃止になったことで、富良野駅から滝川行列車に乗れば次の駅は19.4km先の野花南駅となり乗車時間約20分、関東でいえば快速列車並みの駅間距離になってしまった。滝里駅については現地を再訪してもう少し詳しく調べたいので、今回は野花南駅にスポットを当てて記事にしておく。

野花南駅は旧島ノ下駅と時を同じくして大正2年(1913年)釧路本線(後の根室本線)の一般駅として開業。昭和初期には滝沢木工所(現 滝沢ベニヤ)の専用線が分岐し、かつては石炭景気に湧いた芦別と共に木材の搬出入で多くの列車が往来し賑わったのだろう。しかし、島ノ下地区と同様に過疎化が進んだうえ、昭和56年(1981年)に札幌と帯広・釧路を最短に繋ぐ石勝線が開通したことで利用客が激減、昭和57年(1982年)に無人駅となり、島ノ下駅と同構造の現駅舎へ建て替えられた。




野花南駅
旧滝里駅の滝川側隣りの野花南駅。根室本線の平岸駅や旧島ノ下駅と同じ外観。


野花南駅舎内
野花南駅舎内。


野花南駅舎内
切符売場の窓口が往時のまま残る。切符販売が簡易委託されていた名残りなのだろう。


野花南駅構内
野花南駅構内。2面2線の単式ホームを持つが跨線橋は無く、1番ホームへは線路上を横断する。


野花南駅構内
野花南駅1番ホームの駅名標。


野花南駅構内
1番ホームから富良野方面の駅構内を望む。


野花南駅
島ノ下駅と同じ運命を辿らないことをつくづく願う。


野花南駅前通り
野花南駅前通り。


野花南駅前
駅前の旧商店らしき建物には国有林入林心得の看板を掲げている。


野花南駅前
野花南駅前。上写真の旧商店向かいには井上金物店が孤軍奮闘な感じで営業を続ける。


野花南駅
夕暮れ時、静寂に包まれる野花南駅。


野花南駅舎内
誰もいない駅舎内は斜陽が射し、野花南駅の行く末を物語っているかのようだ。


野花南駅駅ノート
切符売場に置かれる野花南駅駅ノート。


島ノ下駅駅ノート
廃駅に伴い島ノ下駅駅ノートはここに移されていた。


島ノ下駅駅ノート
島ノ下駅を訪れた人々の思いが綴られる。


島ノ下駅駅ノート
島ノ下駅最後の日に撮影された写真も。


野花南駅構内
野花南駅構内。


野花南駅構内
滝川方面からキハ40形気動車が野花南駅へ進入するところ。


野花南駅構内
16:12野花南駅で滝川行と新得行列車が行き交う。


野花南駅構内
一人の乗降客も無く、列車は過ぎ去り。


野花南駅付近
ディーゼルエンジン音を響かせながら富良野へ向けて。


野花南駅前
夕暮れ時の閑散とする野花南駅前。


ダムの湖底に沈んだ滝里駅と町を少しだけ↓

滝里ダム防災施設
写真右手に見える建物が滝里湖オートキャンプ場にある滝里ダム防災施設。その左手奥辺りの雪に覆われた湖底に滝里の町や滝里駅があった。


滝里神社
滝里ダム北岸の滝里湖オートキャンプ場入口付近に鎮座する滝里神社。ダムの湖底に沈んだ故郷を今も見守っている。


空知川
滝里大橋上より空知川を望む。かつては写真の左岸を根室本線が通っていた。


滝里ダム
滝里ダムに消えた滝里の町と駅、不本意にも故郷を離れることになった人々も多くいただろう。望郷の思いで斜陽が照らす雪原の湖面を眺めて。


撮影日:2017年3月11日(土)
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プロフィール

しまむー

Author:しまむー
自称りーまんな旅人。
千葉県在住。

Flashカレンダー
現在の行程

東海道 東海道を歩いてます。


1日目(2013/5/19)三条大橋→大津宿 MAP
2日目(2013/7/13)大津宿→草津宿 MAP
3日目(2013/7/14)草津宿→石部宿 MAP
4日目(2013/8/3)石部宿→水口宿 MAP
5日目(2013/8/4)水口宿→土山宿 MAP
6日目(2013/10/13)土山宿→坂下宿→関宿 MAP
7日目(2014/3/9)関宿→亀山宿→庄野宿 MAP
8日目(2014/5/3)庄野宿→石薬師宿→四日市宿 MAP
9日目(2014/5/4)四日市宿→桑名宿→七里の渡し跡 MAP
10日目(2014/6/8)七里の渡し跡→宮宿→鳴海宿 MAP
11日目(2014/11/2)鳴海宿→池鯉鮒宿 MAP
12日目(2015/4/4)池鯉鮒宿→岡崎宿 MAP
13日目(2015/5/23)岡崎宿→藤川宿 MAP
14日目(2015/7/19)藤川宿→赤坂宿→御油宿 MAP
15日目(2015/9/22)御油宿→吉田宿 MAP
16日目(2015/11/29)吉田宿→二川宿 MAP
17日目(2016/2/20)二川宿→白須賀宿→新居宿 MAP
18日目(2016/4/3)新居宿→舞坂宿→浜松宿 MAP
19日目(2016/5/6)浜松宿→見付宿 MAP
20日目(2016/5/7)見付宿→袋井宿 MAP
21日目(2016/6/25)袋井宿→掛川宿 MAP
22日目(2016/7/17)掛川宿→日坂宿→金谷宿 MAP
23日目(2016/10/8)金谷宿→島田宿 MAP

高札場
【川越街道 旅の報告】
2013年1月13日(日)
武蔵国板橋宿を発ってから…
約5ヶ月の月日をかけて、川越城本丸御殿に到着しました!
川越時の鐘
【成田街道 旅の報告】
2012年7月8日(日)
下総国新宿を発ってから…
約5ヶ月の月日をかけて、成田山新勝寺・寺台宿に到着しました!
新勝寺大本堂と三重塔
【会津西街道街道 旅の報告】 2012年1月22日(水)
下野国今市宿を発ってから…
約1年6ヶ月の月日をかけて、
会津鶴ヶ城に到着しました!
鶴ヶ城
【 水戸街道 旅の報告 】 2010年5月5日(水)
武蔵国千住宿を発ってから…
約3ヶ月の月日をかけて、
水戸の銷魂橋に到着しました!
水戸弘道館
【 日光街道 旅の報告 】 2010年1月10日(日)
江戸日本橋を発ってから…
8ヶ月の月日をかけて、
東照大権現が鎮座される
日光東照宮に到着しました!
日光東照宮陽明門
【 中山道 旅の報告 】
2008年10月13日(月)
江戸日本橋を発ってから…
1年10ヶ月もの月日をかけて、 ついに京都三条大橋に到着しました!
京都三条大橋

応援のコメントありがとうございました。(^人^)感謝♪
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