石勝線・夕張支線 新夕張駅(旧紅葉山駅)
来年(2019年)3月31日の運行をもって廃止される石勝線の夕張支線(新夕張駅~夕張駅間 16.1km) 。元々は室蘭本線・追分駅から紅葉山駅(現 新夕張駅)を経由して夕張駅へ至る本線と、紅葉山駅から登川駅へ至る支線からなる夕張線で、昭和56年(1981年)10月1日千歳空港駅 ~新夕張駅(紅葉山駅)~上落合信号場~新得駅を繋ぐ石勝線が開業するに伴い、紅葉山駅は新夕張駅に改称され、追分駅~新夕張駅間は石勝線に統合、新夕張駅~夕張駅間は夕張支線となった。なお、登川支線は石勝線開業3ヶ月前の7月1日に廃止。
廃止前にできるだけ夕張支線を見ておきたいと思っていた折、6月に北海道へ行く機会があり、夕張支線の各駅を見るため1日時間をとった。旭川から車で夕張へ向かい、まずは夕張支線の起点である新夕張駅に。
現在は石勝線の駅である新夕張駅、その前身となる紅葉山駅は明治25年(1892年)北海道炭礦鉄道(追分駅~ 夕張駅間)の開通に伴い開業、大正5年(1916年)になって三井鉱山専用線(紅葉山駅~登川駅)が夕張線に編入され登川支線への乗換駅となった。昭和56年(1981年)7月登川支線の廃止に伴い旧駅舎は廃止、西側約90mの現駅舎に移され、3ヶ月後の石勝線開通に伴い新夕張駅へ改称した。現在はみどりの窓口を設ける有人駅。

空中写真データ:国土地理院 整理番号CHO7747-C4-6を基に作成
昭和52年(1977年)撮影、紅葉山町市街の空中写真。紅葉山駅から北東方向に夕張駅方面の本線が直進、東へ大きく曲がって分かれるのが登川支線。

新夕張駅駅舎。場所にそぐわない立派な駅舎ながら、開業から37年が経ち老朽化を感じさせる。

新夕張駅改札口。上には最新のLED式改札案内。

みどりの窓口と切符販売機。

きっぷ運賃表。夕張駅までは360円。

客はいないが明るい雰囲気の待合室。

新緑の季節を迎えて。

新夕張駅名標。追分側隣りの十三里(とみさと)駅が一昨年(2016)年に廃止となったため、左隣駅の表示に”たきのうえ”が貼り付けられている。”ぬまのさわ”の部分が空白になるのは来年4月1日、残された時間は少ない。

駅前に残る紅葉山駅名標。隣駅表示に”とみさと”。

新夕張駅駅前、階段を下って駐車場辺りに紅葉山駅の駅舎があった。

新夕張駅の展示より。紅葉山駅旧駅舎。

新夕張駅前にある道の駅”夕張メロード”。夕張といえばやっぱ夕張メロンだけに。

道の駅”夕張メロード”内、『私鉄 夕張鉄道展』。

こちらは『錦沢遊園地パノラマ』。夕張鉄道錦沢駅周辺は昭和初期から公園として整備され、最終形がこの錦沢遊園地。数少ない市民の憩いの場として賑わったが、昭和45年(1970年)に閉園。三段式のスイッチバック式停車場という珍しい構造だった錦沢駅も同50年(1975年)夕張鉄道の廃止に伴い廃駅に。

夕張は炭鉱で栄えた町だけに炭鉱関連の展示も。
撮影日:2018年6月25日(月)
廃止前にできるだけ夕張支線を見ておきたいと思っていた折、6月に北海道へ行く機会があり、夕張支線の各駅を見るため1日時間をとった。旭川から車で夕張へ向かい、まずは夕張支線の起点である新夕張駅に。
現在は石勝線の駅である新夕張駅、その前身となる紅葉山駅は明治25年(1892年)北海道炭礦鉄道(追分駅~ 夕張駅間)の開通に伴い開業、大正5年(1916年)になって三井鉱山専用線(紅葉山駅~登川駅)が夕張線に編入され登川支線への乗換駅となった。昭和56年(1981年)7月登川支線の廃止に伴い旧駅舎は廃止、西側約90mの現駅舎に移され、3ヶ月後の石勝線開通に伴い新夕張駅へ改称した。現在はみどりの窓口を設ける有人駅。

空中写真データ:国土地理院 整理番号CHO7747-C4-6を基に作成
昭和52年(1977年)撮影、紅葉山町市街の空中写真。紅葉山駅から北東方向に夕張駅方面の本線が直進、東へ大きく曲がって分かれるのが登川支線。

新夕張駅駅舎。場所にそぐわない立派な駅舎ながら、開業から37年が経ち老朽化を感じさせる。

新夕張駅改札口。上には最新のLED式改札案内。

みどりの窓口と切符販売機。

きっぷ運賃表。夕張駅までは360円。

客はいないが明るい雰囲気の待合室。

新緑の季節を迎えて。

新夕張駅名標。追分側隣りの十三里(とみさと)駅が一昨年(2016)年に廃止となったため、左隣駅の表示に”たきのうえ”が貼り付けられている。”ぬまのさわ”の部分が空白になるのは来年4月1日、残された時間は少ない。

駅前に残る紅葉山駅名標。隣駅表示に”とみさと”。

新夕張駅駅前、階段を下って駐車場辺りに紅葉山駅の駅舎があった。

新夕張駅の展示より。紅葉山駅旧駅舎。

新夕張駅前にある道の駅”夕張メロード”。夕張といえばやっぱ夕張メロンだけに。

道の駅”夕張メロード”内、『私鉄 夕張鉄道展』。

こちらは『錦沢遊園地パノラマ』。夕張鉄道錦沢駅周辺は昭和初期から公園として整備され、最終形がこの錦沢遊園地。数少ない市民の憩いの場として賑わったが、昭和45年(1970年)に閉園。三段式のスイッチバック式停車場という珍しい構造だった錦沢駅も同50年(1975年)夕張鉄道の廃止に伴い廃駅に。

夕張は炭鉱で栄えた町だけに炭鉱関連の展示も。
撮影日:2018年6月25日(月)

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