奈良井川に沿って更に深く山間へ

奈良井川に沿って更に深く山間へ



諏訪坂の旧道  桃岡集落
「贄川のトチ」を後にして国道を歩く。途中、「安くてうまい食事のデパート 食堂S.S」というドライブインで休憩。缶ジュースで水分を補給する。城取うるし工芸や中村漆器産業など漆器の工房が国道沿いに点在し、どこそこにある看板にも漆器の文字が多い。中村漆器産業の先から国道は右にカーブしながらの下りとなり、歩道も無くなるので左の擁壁上を歩く。すると諏訪坂の旧道が出現し、ここを下れば桃岡集落である。集落に入ってすぐ、右手生垣の中に「中仙道」の石碑があり、津島神社の小さな社が集落を守る。

押込一里塚跡  長瀬集会所
集落の京側外れに押込一里塚跡の標柱が立っている。江戸日本橋から63里目(約247km)の一里塚であるが、塚は現存していない。国道に合流して桃岡橋を渡ると、ここから先は右横に奈良井川を従えて上流を目指す。橋上から眺める奈良井川はいかにも清流で、緑の木々と相まって美しい。廃ガソリンスタンドの手前で国道を左に分かれる旧道へ歩みを進めると長瀬集落。かつての長瀬村には医者が一軒あり、「家一軒あり 医者也 品々の合薬あり せんき妙薬あり」と古文献に紹介されている。集落内にある長瀬集会所の入口に「五常庵」の扁額が掲げられていたのだが、これと何らかの関わりがあるのか。真相は不明。

長瀬集落から再び国道に合流して500m程歩くと右手にセブンイレブンがある。ここで消耗した体にウィダーインゼリーを流し込みエネルギー補給。そして国道から右折する県道で平沢方面へ。道の駅「木曽ならかわ」裏の坂道を上っていけば木曽漆器の街・平沢である。せっかくなので、道の駅「木曽ならかわ」に寄ってみる。ここの「木曽くらしの工芸館」では漆器や木製品が豊富に陳列され、いかにも木曽路の道の駅といった様相。客も多く賑わいを見せている。

諏訪神社に残る中山道の石垣  平沢の諏訪神社
上り坂から転じて下りの物見坂を歩くと、元々楢川村役場であった楢川支所に着く。ここの駐車場を抜けた先、諏訪神社境内の森林の中を緩やかに上る砂利道が旧道。道脇に残る石垣は中山道時代のものである。ここ平沢の諏訪神社は天正10年(1582年)武田勢と武田家に反旗を翻した木曽義昌が戦った鳥居峠合戦の戦火で焼失した。この合戦で武田勢は敗走し、武田勝頼は天目山へと滅亡の路を辿る。現在の朱塗りの本殿は享保17年(1732年)の再建で、塩尻市有形文化財に指定。本殿前には神楽殿があり御柱も立てられ、ミニ諏訪大社といった感じだ。
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木曽漆器の街・平沢

諏訪神社の鳥居前から石段の諏訪坂を下り、舗装道の県道を行けば間もなく平沢の町へと入って行く。夕闇に暮れつつある町並みは「木曽漆器の街」というだけあって、たくさんの漆器店が旧中山道に沿って軒を連ね、独特の景観を形成している。江戸時代中期頃、かつての平沢村は檜細工の漆塗りを生業とする小さな集落に過ぎなかったが、良質の漆器は方々で評判になり、漆器の産地として発展した。その伝統工芸は今に引き継がれ、平沢では多数の世帯が漆器で生計をたてる。

そんな平沢を訪れた日はちょうどお祭り。黄昏時の静かな町はお祭り騒ぎとは程遠いほどに人もまばらであるが、沿道には出店も並び子供たちのはしゃぐ顔を見ているだけでも楽しい。


お祭りの平沢にて



お祭りの平沢にて



お祭りの平沢にて



お祭りの平沢にて



お祭りの平沢にて



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奈良井宿・鎮神社例祭

平沢の町を抜けると旧中山道は第3中仙道踏切を渡り国道19号へ。古中山道ともいうべき初期の中山道は、この踏切手前から奈良井川を渡り、川の西側(中央本線側)山斜面を辿って奈良井宿へ向かうルートだった。現在この道筋は奈良井宿の手前に僅かに残るのみで、大部分が消滅している。国道を800m程歩き、奈良井宿の道路標識に従い国道を右に離れると奈良井川を渡る。山と川に挟まれた僅かな平地を進む道を行けば間もなく奈良井駅。そして奈良井宿へと入って行く。

平沢と時を同じくして奈良井でも祭りの真っ只中。ちょうど裃に身を包んだ若者衆が、祭囃子を奏でながら宿場の中を練り歩き、殿には見事に着飾られた御神馬が控える。宿場の家々は御神燈を掲げ、簾を上げて家の中から祭りを楽しみ宴で盛り上がる。浴衣に身を包んだ女性やカメラ片手の観光客も多い。そんな奈良井宿の鎮守・鎮(しずめ)神社の夏祭りの様子を写真で綴ってみる。


鎮神社例祭・奈良井宿にて①



鎮神社例祭・奈良井宿にて②



鎮神社例祭・奈良井宿にて③



鎮神社例祭・奈良井宿にて④



鎮神社例祭・奈良井宿にて⑤



鎮神社



つづく・・・
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そして祭りはフィナーレへ

今日の宿泊先は宿場内にある「かとう民宿」。こんな日に一人客の私を泊めて頂き、ご主人さんや民宿の方々にはこの場をもって感謝。「一人客ほど大事にしなきゃ・・・」の言葉には正直感激。奈良井は町並みもさることながら、そこで営む人々もすばらしい。大好きな町になりました。ありがとうございました。来年も再訪の際はよろしくお願いします。

ここで夕飯と風呂を済ませ、ビール片手にNHK大河ドラマ「風林火山」を見ながらしばしくつろぐ。扇風機を全開で回すもやはり暑い・・・が、ビールは美味い!ほろ酔い加減で21時頃、再び外に繰り出し、夜風に涼みながら奈良井の町をゆっくりと歩いてみる。鎮神社まで来ると神楽殿の中では神主さんがウトウト・・・お疲れの様子。しかし祭りの賑わいはなおも続いており、家々は長い夜の宴で盛り上がる。民宿のおばあちゃん曰く、昼頃から宿場内を練り歩いた神輿がこれから鎮神社に帰って行くという。おおよその時間は22時頃らしいので、民宿の前辺りをぶらぶらしながら神輿の到来を待つ。そして祭りの盛り上がりは最高潮に達してフィナーレへ。


鎮神社例祭・奈良井宿にて⑥



鎮神社



鎮神社境内にて



祭りの盛り上がりは最高潮に
22時過ぎ、神輿は「かとう民宿」の前を通過。


祭りはフィナーレへ
途中、「杉の森酒造」の酒林に掛けられたしめ縄に神輿が引っかかるアクシデント。右往左往しながらも神輿は鎮神社へ。そして祭りはフィナーレを迎える。


かとう民宿
かとう民宿。今日はぐっすり眠れそうだ。


【第21日目】踏破距離 約15.1km(本山宿→贄川宿→奈良井宿) 日本橋から254.8km 京都まで279km
まだまだ先は長いっす・・・
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奈良井宿・下町

【第22日目】8月13日(月) 奈良井宿→藪原宿



朝食を済ませ8時、かとう民宿を出発。清々しい朝の空気に大きく深呼吸。今日も天気は良く、これからぐんぐん気温は上がっていきそうだ。奈良井の宿場町はいかにも祭りの後といった静けさ。まずは駅まで行き缶コーヒーを飲みながら今日の行程を確認する。午前中いっぱいは奈良井宿の散策に時間を割き、昼から鳥居峠を越えて藪原宿まで行く予定。さてさて今日の旅はどんなことが待ちうけているのか。

奈良井宿は江戸日本橋から34番目の宿場で、天保14年(1843年)には人口2155人、家数409軒、本陣1、脇本陣1、旅籠5軒。「木曽の奈良井か薮原流か、麦もとらずに飯をたく」と詠われるほど栄えた裕福な宿場町だった。しかし難所鳥居峠が控えているにもかかわらず、旅籠数は5軒と極端に少なく、曲物・櫛・漆器等の木製品で生計をたてていたことが窺い知れる。「奈良井千軒」と称されるほど木曽路で最も賑わいをみせた町並みは往時の様子を今に伝え、日本建築の美しさを再認識させてくれる。


八幡神社
宿場江戸側外れにある八幡神社。奈良井宿下町の氏神様。


古中山道の杉並木
八幡神社付近には古中山道の杉並木と二百地蔵が残る。


二百地蔵
整然と並ぶ二百地蔵。難所の連続であった木曽路では病や事故で行き倒れになる旅人も多かったのだろう。そんな無縁仏になってしまった旅人の石仏を集めたものという。


奈良井宿下町
奈良井宿下町の町並み。奈良井宿は江戸寄りから下町・中町・上町の3町で形成される。


奈良井宿下町にて
奈良井宿下町にて。


杉の森酒造
杉の森酒造こと平野酒造店。昨日、神輿がぶつかりしめ縄が外れた酒林も、いつの間にか元通りに。


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奈良井宿・中町

宿場内を縦断する中山道の道幅が広がれば中町の町並み。中町は本陣・脇本陣・問屋が置かれる宿場の中心であった。本陣の遺構は残されていないが、脇本陣兼下問屋であった伊勢屋が出梁造りの袖卯建を持つ建築を残す。そして伊勢屋から笹屋酒店を挟んだ左隣の上問屋・手塚家は天保11年(1840年)の建築を今に伝える。明治13年(1880年)明治天皇御巡幸の際、御在所となった上段の間が当時のまま保存されている。


奈良井宿中町
奈良井宿中町の町並み。


下問屋兼脇本陣だった伊勢屋
下問屋兼脇本陣だった伊勢屋。現在は民宿となっている。


上問屋史料館・手塚家
上問屋だった手塚家は上問屋史料館として内部公開している。


上問屋手塚家・上段の間
上問屋手塚家・上段の間。


上問屋手塚家・勝手
上問屋手塚家・勝手。


鍵の手
中町と上町の境となる鍵の手。


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奈良井宿・上町

中町から鍵の手を過ぎた先は上町。ちなみに鍵(鉤)の手とは、わざとクランク状に屈折させた道のことで、見通しを悪くすることで外敵の侵入を防ぐ理由から設けられている。宿場や城の出入口に設置される場合が多い。同義語に桝形。

上町の中村屋はかつて櫛問屋を営んだ商家、中村屋利兵衛の屋敷。天保8年(1837年)奈良井大火後の建築である。くぐり戸を入れば土間が中庭に続き、土間に沿って入口側から店の間・勝手・中の間・座敷が並ぶ典型的な奈良井の町家造りを残す。塩尻市指定有形文化財に指定され、内部公開されている。


櫛問屋・中村屋
櫛問屋・中村屋の外観。内部は撮影禁止の貼紙があり、写真は外観のみで。


高札場
上町の高札場。江戸時代から明治初期まで掟・条目・禁制等を周知する目的で使われた。当時の絵図をもとに昭和48年(1973年)に復元。


宮の沢の水場
高札場の隣には水場・宮の沢。水場とは生活用水や火事の消火のために近郊の沢水や湧き水を引いて設けられたもの。現在、奈良井宿には6箇所の水場がある。


奈良井宿上町
鎮神社境内から奈良井宿上町を望む。


鎮神社と神輿
宿場の京側外れにある奈良井宿の鎮守・鎮(しずめ)神社。疫病の流行を鎮めるため、元和4年(1618年)下総国(現千葉県)の香取神社から御神体を勧請したことに名の由来がある。年に1度の大仕事を終えた神輿が静かに休んでいた。


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鳥居峠越え①

標高1197mに位置する鳥居峠。古くは県坂(あがたさか)と呼ばれ、中山道の前身である岐蘇路(きそじ)という古道が通っていた。鳥居峠と名付けられるのは明応年間(1492年~1500年)木曽の領主だった木曽義元の故事から。義元が小笠原氏との戦に向かうさなか、峠から御嶽山を拝遥し戦勝祈願したところ、見事勝利をおさめたので鳥居を奉納したとの由来が伝わる。

現在は国道19号の新鳥居トンネルで難なく通過できる場所であるが、中山道の峠道で越える旅人にとっては有数の難所であった。江戸へ向かうにも京都へ向かうにも、木曽の深い谷を這うように歩いてきた旅人が、忽然と現れる鳥居峠の急坂に辟易としたことは容易に想像できる。


鳥居峠旧道
奈良井宿を出れば難所鳥居峠の急坂が待ち構える。11時、ここから峠道に分け入る。


鳥居峠旧道
山道を登っていけば一旦車道に合流。


鳥居峠へ2.16km
鳥居峠へ2.16km。


鳥居峠旧道
保養センターならい荘の入口前。自然探勝園の案内板を先へ。この先、車は行き止まり。


鳥居峠旧道
旧中山道は舗装道を右に離れる道へ。石畳が復元され旧街道情緒が漂う。


鳥居峠旧道
きれいに敷き詰められた石畳。


鳥居峠旧道
鳥居峠を目指し鬱蒼と木々が生い茂る山中へ。昼近くなり気温も上昇し暑くなってきた。当然喉も渇く。そういや飲み物を持ってこなかった・・・


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鳥居峠越え②

石畳の平穏な道が終わると、沢に深くえぐられた山肌を進む旧中山道。近年の大雨災害で崩落が著しく、旧道には仮の桟橋が設けられ谷間には土堰堤もある。このまま崩落が続けばいずれ通行禁止になってしまうのではないかと、勝手な心配をしてしまうほど状況は良くない。ここから切通し状の道を進めば、路傍に穏やかな笑顔を見せる石仏に出会う。


旧道下に見える土堰堤
旧道が通る山肌は崩落が著しい。谷間には土堰堤が設けられている。


鳥居峠旧道
石畳の道はこの先で終わり。


鳥居峠旧道にて
鳥居峠旧道にて。


鳥居峠旧道
崩落で道が失われた場所には仮の桟橋が架けられる。山肌には倒木した木々が無残な姿を晒していた。


鳥居峠旧道
切通し状の道を行く。


鳥居峠旧道の石仏
何とも言い難い微笑みを浮かべる路傍の石仏。見ているだけで心が和む。いつ何の目的でここに置かれたのか、意味深な石仏である。


鳥居峠まで1.65km
鳥居峠まで1.65km!それにしても喉が渇いた・・・


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鳥居峠越え③

古くは信濃と美濃の国境だった鳥居峠。そんな地理的要因からしばしば合戦の場となった。戦国時代末期には武田家を見限った木曽義昌の軍勢と、没落の道を辿りつつあった武田勝頼の軍勢がここで刃を交えた。途中、葬沢(ほうむりさわ)と呼ばれる場所がある。案内板によると「天正10年(1582年)2月、木曽義昌が武田勝頼の二千余兵を迎撃し、大勝利を収めた鳥居峠の古戦場である。この時、武田方の戦死者五百余名でこの谷が埋もれたといわれ、戦死者を葬った場として、葬沢と呼ばれる。」

それにしても武田勢二千人余りの兵士のうち、五百人が討死したというのが確かならば、凄まじい数字である。単純に4人のうち1人が死んだことになり、いくら軍勢を指揮した大将が愚人だったとしても、この狭隘の地で全兵士数の25%を失う大敗を喫したと考えるには少々首を傾げてしまう。いくらか誇張があるのか、両軍合わせての死者数なのか。それとも2千人の軍勢を1万人くらいで袋叩きにしたのだろうか・・・


鳥居峠旧道
鳥居峠旧道。


鳥居峠旧道にて
旧道路傍に咲く。


木々の合間から深緑の山々を望む
木々の合間から深緑の山々を望む。


葬沢(ほうむりさわ)
橋を渡って葬沢を越える。武田勢の戦死者5百余名を葬ったと伝わる場所。約400年も前の事とはいえ、何となく怖い・・・


中の茶屋
中の茶屋跡。休憩小屋が設けられている。


休憩小屋内部
休憩小屋内部。中に掲げられる説明板は、菊池寛「恩讐の彼方へ」の舞台となった鳥居峠について語る。


鳥居峠旧道
ジグザグ状に急斜面を上っていく所で、薮原側から歩いてきた二人のウォーカーに出会う。。
「こんにちはー」とお互いに挨拶。すれ違いざま「案外きついよー、この峠」と言い残し、過ぎ去っていく。確かに・・・


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鳥居峠越え④

いくつかの沢を渡りながら淡々と旧中山道を上っていくと、やがて明治時代に開かれた旧国道に出る。国道といっても馬車を通すために造られた道なので、道幅は狭く砂利道。車の通行は見ない。この旧道と旧国道の合流地点に峰の茶屋という休憩小屋がある。小屋の前には水場があり、山中から引いてきた清水がこんこんと流れ落ちる。峰の茶屋はかつて峠の頂にあった茶屋のことで、ここからもう少し上った場所にあった。


鳥居峠旧道
木製の桟が架けられる鳥居峠旧道。近年造られたものであろうが、腐食が著しく補修されている。


斜面からしみ出す湧き水
私を救った命の水。飲料を持たずに山中へ入ってしまったため、喉が渇いてフラフラになってきたところで発見。手ですくい夢中で飲んだ。真夏の暑さが尚更に水の冷たさを引き立てる美味しい水だった。


鳥居峠旧道
らしくない電柱が並び立つ。


鳥居峠旧道
鳥居峠まで0.98km地点。


鳥居峠旧道
旧中山道と旧国道の合流地点。少しだけ石畳が敷かれている。


峰の茶屋
合流地点にある休憩小屋の「峰の茶屋」。写真の道が旧国道。居心地が良かったので1時間近くくつろいでしまった。


峰の茶屋・水場
ここでも水をがぶ飲み。ホント、お世辞抜きで買って飲む水より美味しい。


鳥居峠から奈良井方面を望む
峰の茶屋から奈良井の町並みを望む。


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鳥居峠越え⑤

休憩小屋から再び山道に分け入り峠の頂を目指す。途中、御岳講の明覚霊神碑を仰ぎ見て峠道の最高地点へ。ここには明治天皇駐蹕所跡の石碑があり、峰の茶屋の跡地と思われる小さな平坦地もあるのだが、標識も案内板も無いので真相は不明。階段が付けられた下り坂を降りていくと車道に出る。ここから先、旧道の痕跡は失われているうえ、薮に阻まれ通行不能。


中山道鳥居峠へ
休憩小屋から再び山道を上り中山道鳥居峠の頂を目指す。


鳥居峠旧道にて
鳥居峠旧道にて。


御岳講 明覚霊神碑
御岳講の明覚霊神碑。御岳を信仰する講社が建てた霊神碑と伝わる。


鳥居峠旧道
鳥居峠旧道。峠の頂付近。


鳥居峠旧道
峰の茶屋跡と思われる平坦地。この辺りが峠道の最高地点。中山道鳥居峠と言うべき場所である。


明治天皇駐蹕所跡
明治天皇駐蹕所跡の石碑がある。大正2年(1913年)木祖村村長により建立。


鳥居峠旧道
階段が付けられた旧道を降りると車道に出る。旧道はまっすぐ峠を降りて行く道筋だったようだが、ここで途絶えた。


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鳥居峠越え⑥

消失した旧道を歩くことはできない。車道を奈良井方向へ少し戻ると熊除けの鐘があり、ここから遊歩道で峠を下ることができる。遊歩道週辺はトチの木の群生地帯。斜面にトチの木の巨木が点在する珍しい場所。そして道標と庚申像を路傍に見ると、僅かに道筋を残す旧道が斜面の上から合流してくる。間もなく御嶽山遥拝所へ。


遊歩道入口
遊歩道入口。万が一に備えて熊除けの鐘を鳴らして遊歩道に入ろう。


遊歩道からの眺め
遊歩道からの眺め。いい眺めなのに電線が邪魔だなぁ・・・


子産の栃
幹の空洞に捨て子があったとの伝承が残る子産の栃。案内板によると、この捨て子を拾って育てたところ、孝養を尽くし幸福になったという。子産の栃の実を煎じて飲めば子宝に恵まれるらしい。


鳥居峠のトチノキ群
遊歩道周辺はトチの木の巨木が点在する群生地帯。木祖村天然記念物。


トチの木
トチの木。


鳥居峠遊歩道
鳥居峠遊歩道。ここにも熊除けの鐘がある。


鳥居峠旧道
道標の奥にある庚申像右手付近に、斜面がら降りてくる旧道らしき道筋が見える。


遊歩道にて
遊歩道と旧道の合流付近にある庚申像。


御岳神社
御岳神社。北から木曽路へ入り初めて御嶽山が望める場所。御岳遥拝所があった場所で、御岳信仰の講社が建てた石碑や石仏がある。


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鳥居峠越え⑦

御岳神社から旧道を下る。両側を鬱蒼と薮に覆われた先に視界が開けると広場に着く。ここには御岳手洗水鉢が置かれ、500m離れた峠山から引いてきた湧水がなみなみと注がれる。水鉢裏手の斜面上には木曽義仲ゆかりの硯(すずり)水。そして道標に従って丸山公園の中を進み、U字カーブを繰り返しながら急坂を下ると、やがて石畳の道を再び歩く。


御岳手洗水鉢
御岳手洗水鉢。前面に御岳と彫られたこの水鉢は文化元年(1804年)の製作。


木曽義仲ゆかりの硯水
水鉢裏手の斜面を登ると硯水がある。木曽義仲が平家追討の旗揚げをして北国へ攻め上る際、ここの湧水を使い戦勝祈願の願書をしたため、御岳山へ奉納したと伝わる。写真を見ての通り現在は水気がある程度。何せ800年以上も前の事だからねぇ・・・


丸山公園
木曽の栃 浮世の人の 土産かな
松尾芭蕉がこの鳥居峠で詠んだ。丸山公園にはこの句碑をはじめ、鳥居峠を詠んだいくつかの句碑が建てられている。


鳥居峠旧道
道標に従い薮原宿へ。


鳥居峠旧道
U字カーブを繰り返しながら急坂を一気に下って行く。


鳥居峠旧道
どんどん下る。下り坂は楽だぁ~


鳥居峠旧道
ここから石畳の道が出現。復元されたもの。


鳥居峠旧道
鳥居峠旧道の石畳。旧道には石畳が良く似合う。


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鳥居峠越え⑧

石畳の道が途切れるとお稲荷さんの小さな社に出会う。間もなく案内板が立てられる所で舗装道に出て峠道は終わり。天降社の大モミジを仰ぎ見て、原町の住宅地を歩けば薮原宿の町並みが見えてくる。正面に三沢山を眺望する高台には尾張藩の御鷹匠役所跡があり、眼下に藪原の家並みを望む。


小さなお稲荷さん
石畳の道が途切れると、小さな社のお稲荷さんに出会う。


案内板と中山道道標
「信濃路自然歩道中山道ルート」案内板と中山道の道標。ここから舗装道に出る。


鳥居峠旧道
林の中を抜ければ原町の住宅地へと入り、四苦八苦した峠道もこれで終わりといった感じ。


原町の旧中山道
原町の旧中山道。


原町にて
原町にて。


天降社の大モミジ
天降社の大モミジ。盛夏を楽しむように青々と葉をつけていた。


原町清水
原町清水。それにしても立派なキュウリだこと。


原町
原町の家並みの中をを下っていく旧中山道。


薮原御鷹匠役所跡
藪原御鷹匠役所跡。藪原宿六軒町上の高台に位置し、正面に三沢山、眼下に薮原の家並みを望む。ここには鷹の巣を探すため、尾張藩から派遣された鷹匠と役人の出張所があった。ようは尾張の殿様が鷹狩りを楽しむために設けられた役所といったところか。


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藪原宿

御鷹匠役所跡から坂道を下った先は飛騨街道との追分(分岐点)。更に旧中山道を進めば藪原宿へと辿り着くのだが、目前で中央本線の線路に阻まれる。ここは仕方ないので一旦追分まで戻り、飛騨街道を進んで跨線橋を渡る。そして藪原宿へ。宿場内に入ると江戸側はずれにまず本陣が構えていたのだが、全く痕跡を留めていない。しかし元旅籠の米屋や数軒のお六櫛を扱う老舗、江戸時代中期に造られた防火高壁の石垣等があり、宿場時代の名残を窺い知る。

薮原宿は江戸日本橋から35番目の宿場で、天保14年(1843年)には人口1493人、家数266軒、本陣1、脇本陣1、旅籠10軒。中山道の中心に位置する藪原宿は、江戸時代からミネバリの木で作られた「お六櫛」の生産で栄えた。「お六櫛」の名の由来については諸説あるが、妻籠宿の旅籠屋にいた娘の名からとったという説が有名で、最も夢がある。頭痛の病に悩んでいたお六は御岳山に治癒の願をかけたところ、ミネバリの木で作った櫛で髪を梳かすようお告げを聞く。その通りに櫛を作り毎日朝夕と髪を梳いたところ、みるみるうちに回復したという。


飛騨街道分岐点
中山道と飛騨街道の分岐点。この先どちらの道を行っても線路に分断されている。飛騨街道は境峠、野麦峠を経て高山に至る険阻な道だった。


線路に阻まれる旧中山道
線路越しに藪原宿を望む。


藪原宿本陣跡
藪原宿本陣跡。本陣は木曽家の家臣だった古畑氏が務めた。間口14間半、奥行き21軒半の広い屋敷は20余室の部屋を持ち、番所や馬屋等も付属している木曽11宿中最大規模の本陣だった。


米屋旅館
創業1613年の元旅籠「こめや」は現在も旅館を営んでいる。建物は1884年大火後の再建。


薮原神社
宿場から少し外れた高台に鎮座する薮原神社。


極楽寺本堂
藪原神社に隣接する極楽寺。臨済宗の古刹。本堂は元禄4年(1691年)の創建で昭和初期に大改修がなされた。


防火高塀跡
元禄8年(1695年)藪原宿大火後に築かれた防火高塀の石垣。この石垣を基礎にして上に土塀を設け火事に備えた。


藪原宿の町並み
藪原宿の町並み。写真を見ての通り地方の商店街といった様相だが、そこはかとなく宿場時代の面影を感じる。


宮川漆器店
お六櫛の看板を掲げる宮川漆器店。


お六櫛問屋・篠原商店
お六櫛問屋・篠原商店。お六櫛を扱う店は今も健在。


藪原宿高札場跡
藪原宿高札場跡。昔は御半形(ごはげ)と呼ばれる桝形だった場所。現在は駅へ直進する道が敷かれているので面影は薄い。旧道はここを右に曲がる道を進み藪原駅の裏へ続く。


薮原の一里塚跡
薮原の一里塚跡。江戸日本橋から66里目(約259km)の一里塚であるが、塚は現存していない。後ろのSLは名機関車「D51」ことデコイチ。今にも煙を上げて走り出しそうだ。


薮原駅
17時ちょっと前、藪原駅から松本行き普通列車に乗車。塩尻駅へ向かい帰途につく。

【第22日目】踏破距離 約5.3km(奈良井宿→薮原宿) 日本橋から260.1km 京都まで274km  まだまだ先は長い・・・


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木曽川の清流とともに

【第23日目】9月15日(土) 藪原宿→宮ノ越宿→福島宿



まだまだ猛暑の名残をとどめる季節。しかし空の青さや雲の様は夏のそれとは趣を異にし、秋の到来を感じさせてくれる。9時ちょうどの新宿発あずさ9号に乗車。車内販売の釜めし弁当で朝食を摂り、しばし甲斐路の眺めを車窓から楽しむ。12時前に塩尻駅で下車。乗り換えの中津川行きは12:37と時間が空いたので、駅内の喫茶店でコーヒーを飲みながら今日の行程を確認する。そしてワンマンカーに揺られ30分程で藪原駅へ。13時ちょっと過ぎ、中山道の旅を再開する。

藪原からは木曽川の清流とともに木曽谷を進む中山道。車やトラックの往来が激しい国道19号を南進し、獅子岩橋手前から旧国道の廃道にルートを辿る。そして林道松原線で斜面を上り吉田洞門の上へ。しかし下りに転じるはずの旧道跡は草木が深く不明。ここは素直に国道を吉田洞門へ向かうのが無難なよう。


藪原駅前 中央本線・藪原付近
藪原駅前から線路伝いに国道へ向かう。線路を挾んで反対側に旧中山道の道筋が残されているが、途中で線路に分断されている。


国道19号 木曽川
木曽川を眼下に眺めながら国道19号を南へ。


獅子岩橋
新国道は獅子岩橋を渡り木曽川の対岸へ向かうが、ここは橋を渡らずに左へ分岐する旧国道を進む。


旧国道 旧国道
旧国道は雑草に覆われ廃道と化しているが、徒歩ならば通行可能。


林道松原線入口 旧中山道・林道松原線
再び新国道に合流したところで、左から山へ入る林道松原線が旧中山道の道筋。車止めのゲートを越えて林道をひたすら上るのであるが、結局途中から斜面を降りて行く道を見出せずにあえなく引き返す。まったく無駄足とはこのこと。


吉田洞門 吉田洞門
林道松原線を後にして素直に国道を進み吉田洞門へ向かう。


木曽川・吉田洞門付近
木曽川の清流とともに。


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テーマ : 街道の旅
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しまむー

Author:しまむー
自称りーまんな旅人。
千葉県在住。

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東海道 東海道を歩いてます。


1日目(2013/5/19)三条大橋→大津宿 MAP
2日目(2013/7/13)大津宿→草津宿 MAP
3日目(2013/7/14)草津宿→石部宿 MAP
4日目(2013/8/3)石部宿→水口宿 MAP
5日目(2013/8/4)水口宿→土山宿 MAP
6日目(2013/10/13)土山宿→坂下宿→関宿 MAP
7日目(2014/3/9)関宿→亀山宿→庄野宿 MAP
8日目(2014/5/3)庄野宿→石薬師宿→四日市宿 MAP
9日目(2014/5/4)四日市宿→桑名宿→七里の渡し跡 MAP
10日目(2014/6/8)七里の渡し跡→宮宿→鳴海宿 MAP
11日目(2014/11/2)鳴海宿→池鯉鮒宿 MAP
12日目(2015/4/4)池鯉鮒宿→岡崎宿 MAP
13日目(2015/5/23)岡崎宿→藤川宿 MAP
14日目(2015/7/19)藤川宿→赤坂宿→御油宿 MAP
15日目(2015/9/22)御油宿→吉田宿 MAP
16日目(2015/11/29)吉田宿→二川宿 MAP
17日目(2016/2/20)二川宿→白須賀宿→新居宿 MAP
18日目(2016/4/3)新居宿→舞坂宿→浜松宿 MAP
19日目(2016/5/6)浜松宿→見付宿 MAP
20日目(2016/5/7)見付宿→袋井宿 MAP
21日目(2016/6/25)袋井宿→掛川宿 MAP
22日目(2016/7/17)掛川宿→日坂宿→金谷宿 MAP
23日目(2016/10/8)金谷宿→島田宿 MAP

高札場
【川越街道 旅の報告】
2013年1月13日(日)
武蔵国板橋宿を発ってから…
約5ヶ月の月日をかけて、川越城本丸御殿に到着しました!
川越時の鐘
【成田街道 旅の報告】
2012年7月8日(日)
下総国新宿を発ってから…
約5ヶ月の月日をかけて、成田山新勝寺・寺台宿に到着しました!
新勝寺大本堂と三重塔
【会津西街道街道 旅の報告】 2012年1月22日(水)
下野国今市宿を発ってから…
約1年6ヶ月の月日をかけて、
会津鶴ヶ城に到着しました!
鶴ヶ城
【 水戸街道 旅の報告 】 2010年5月5日(水)
武蔵国千住宿を発ってから…
約3ヶ月の月日をかけて、
水戸の銷魂橋に到着しました!
水戸弘道館
【 日光街道 旅の報告 】 2010年1月10日(日)
江戸日本橋を発ってから…
8ヶ月の月日をかけて、
東照大権現が鎮座される
日光東照宮に到着しました!
日光東照宮陽明門
【 中山道 旅の報告 】
2008年10月13日(月)
江戸日本橋を発ってから…
1年10ヶ月もの月日をかけて、 ついに京都三条大橋に到着しました!
京都三条大橋

応援のコメントありがとうございました。(^人^)感謝♪
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