奈良井川に沿って更に深く山間へ



「贄川のトチ」を後にして国道を歩く。途中、「安くてうまい食事のデパート 食堂S.S」というドライブインで休憩。缶ジュースで水分を補給する。城取うるし工芸や中村漆器産業など漆器の工房が国道沿いに点在し、どこそこにある看板にも漆器の文字が多い。中村漆器産業の先から国道は右にカーブしながらの下りとなり、歩道も無くなるので左の擁壁上を歩く。すると諏訪坂の旧道が出現し、ここを下れば桃岡集落である。集落に入ってすぐ、右手生垣の中に「中仙道」の石碑があり、津島神社の小さな社が集落を守る。


集落の京側外れに押込一里塚跡の標柱が立っている。江戸日本橋から63里目(約247km)の一里塚であるが、塚は現存していない。国道に合流して桃岡橋を渡ると、ここから先は右横に奈良井川を従えて上流を目指す。橋上から眺める奈良井川はいかにも清流で、緑の木々と相まって美しい。廃ガソリンスタンドの手前で国道を左に分かれる旧道へ歩みを進めると長瀬集落。かつての長瀬村には医者が一軒あり、「家一軒あり 医者也 品々の合薬あり せんき妙薬あり」と古文献に紹介されている。集落内にある長瀬集会所の入口に「五常庵」の扁額が掲げられていたのだが、これと何らかの関わりがあるのか。真相は不明。
長瀬集落から再び国道に合流して500m程歩くと右手にセブンイレブンがある。ここで消耗した体にウィダーインゼリーを流し込みエネルギー補給。そして国道から右折する県道で平沢方面へ。道の駅「木曽ならかわ」裏の坂道を上っていけば木曽漆器の街・平沢である。せっかくなので、道の駅「木曽ならかわ」に寄ってみる。ここの「木曽くらしの工芸館」では漆器や木製品が豊富に陳列され、いかにも木曽路の道の駅といった様相。客も多く賑わいを見せている。


上り坂から転じて下りの物見坂を歩くと、元々楢川村役場であった楢川支所に着く。ここの駐車場を抜けた先、諏訪神社境内の森林の中を緩やかに上る砂利道が旧道。道脇に残る石垣は中山道時代のものである。ここ平沢の諏訪神社は天正10年(1582年)武田勢と武田家に反旗を翻した木曽義昌が戦った鳥居峠合戦の戦火で焼失した。この合戦で武田勢は敗走し、武田勝頼は天目山へと滅亡の路を辿る。現在の朱塗りの本殿は享保17年(1732年)の再建で、塩尻市有形文化財に指定。本殿前には神楽殿があり御柱も立てられ、ミニ諏訪大社といった感じだ。
