太閤下ろしの滝

【2010年8月21日(土)会津西街道 藤原宿→太閤下ろしの滝】
旧道の野沢渡河地点で本日の高原越えを断念。別ルートを模索して他日を期すことに。しかしながら、ここで助け舟。野沢の上流からちょうど釣り師が沢を下ってきたので、ちょっと話しかけてみたところ有難い情報を得た。
「こんにちは。すみません、ちょっとお尋ねしますが、この沢の上流に太閤下ろしの滝というのがあると思うんですが、沢を登って行けるんでしょうか?」
「ええ…、かなり無理をすれば行けますよ。私もそこから下りて来たところですから。」
おぉ…せっかくここまで来たんだ。せめて太閤下ろしの滝だけは見ておきたいと、野沢の沢登りを敢行することにした。

太閤下ろしの滝について少々ここで触れておく。天正18年(1590年)豊臣秀吉は小田原城を落城させて北条氏を滅ぼし、天下統一の仕上げとなる東北諸大名の仕置きを終えた帰りに会津西街道を通行した。その道中の下り坂があまりに急で、秀吉さえも下馬して歩かねばならなかったという場所が”太閤下ろしの滝”のある辺りだったと伝わり、滝の名はそんな逸話に所以がある。現在の太閤下ろしの滝付近は日塩もみじラインが通っており、秀吉が歩いた急坂の街道は面影を留めていないだろう。太閤下ろしの滝から先、高原越えの旧道は日塩もみじラインから森林管理署専用道に入り高原新田宿へ至るルートが最も近似していると思われる。野沢の渡河地点で急斜面と日塩もみじラインの擁壁に阻まれ通行不能に陥り未踏であるが、参考までに藤原宿から高原新田宿までの高原越えの旧道ルートを下図に示しておく。

会津西街道 高原越え① 会津西街道 高原越え②


野沢
曇ってきたが鉄砲水の心配はなさそうなので、野沢の沢登りを敢行!


野沢
膝まで水に浸かりつつ先へ…。


野沢
深みは岸の岩によじ登って迂回し…。


野沢
名も知られていない野沢であるが、美しい清流である。


野沢
橋の奥に少しだけ見える滝が太閤下ろしの滝。目前まで迫っているのだがこれ以上は胴長でも履いていないと先へ進むのは難しい。とにかく目的の滝を見ることができたので、ここで引き返すことにする。


野沢
野沢を下って。


藤原宿
来た道を戻り再び藤原宿へ。

【会津西街道歩き 第3日目】
歩行距離 約7.5km(藤原宿→野沢橋→太閤下ろしの滝→藤原宿)
国道に降りてきたところで左足に異変が!靴下が真っ赤に染まっているのである。どこかで傷を負ったのかと思いきや、靴を脱いで初めて気付いた。山ビルである。どこで取り付いてきたのか、靴の中に2匹入っていた。靴下の繊維の間から容赦なく頭を突っ込んで血を吸われたようだ。更にズボンをめくってビックリ!ふくらはぎに山ビルがへばりついて今なお吸血している。咄嗟につまんで取り除き、アスファルトに叩きつけて踏み殺した。山ビルに噛み付かれても、全く痛みや痒みを感じず気付かないのが厄介なところで、取り除いた後も傷口からしばらく出血が止まらないのは大変困ってしまう。次の歩き旅にはある程度の山ビル対策をしておこう。


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栃久保新道へ

【会津西街道歩き 第4日目】藤原宿→川治温泉(栃久保新道)



【2010年9月12日(日)会津西街道(栃久保新道) 藤原宿→川治温泉】
前回の歩き旅で高原越えのルートを進むことは断念した。そこで高原新田宿へ向かう別ルートを探ってみたところ、鬼怒川東岸を通る栃久保新道を使って川治温泉まで行き、そこから川治古道という山道を登れば高原越えの会津西街道に合流できることがわかった。ということで、今回は藤原宿から栃久保新道を進んで川治温泉まで行く。北千住駅9:12発きぬ105号で鬼怒川温泉駅へ。30分程の待ち時間を利用して駅構内の蕎麦屋”きぬがわ庵”で大ざるを掻き込み、11:11発会津田島行に乗車。10分程電車に揺られて新藤原駅で下車し、再び藤原宿内を歩いて北上を開始する。

栃久保新道は文久3年(1863年)に開通した会津西街道の別ルートであり、現在の国道121号がその道筋をほぼ踏襲している。鬼怒川の侵食によって造られた龍王峡の崖上部に道が通されており、当時の土木技術では相当な難工事だったことは現代地図を見ても伝わってくる。道中に山裾が鬼怒川へ張り出している地点が2ヶ所あり、それぞれ竜王トンネルと三ツ岩トンネルが通っているが、旧道は川側に迂回するちょっとした尾根越えの道筋であり、また、川治温泉の手前には”やぼ助峠”と呼ばれた峠越えもあって、当時は”へつり”と上り下りが結構多い難所道だったと思われる。現在、この栃久保新道の国道121号はほぼ車専用道となっており、歩行者への配慮は少ない。谷底の鬼怒川に沿って遊歩道が整備されているので、ウォーカーはそちらを歩いたほうが良いだろう。

会津西街道 栃久保新道①


龍王峡遊歩道入口
”高原越えか、栃久保新道か”の記事で紹介した栃久保新道(国道121号)と高原越え旧道の分岐点。ここに龍王峡遊歩道の入口がある。国道から左へ下りる道がその遊歩道入口。


龍王峡遊歩道
今回は龍王峡遊歩道を進む。箒沢に架かる木橋を渡って先へ。


龍王峡遊歩道
野道を進んで龍王峡ラインの下を潜り抜ける。


龍王峡遊歩道
旧道らしさを感じる龍王峡遊歩道。箒沢から龍王峡駅にかけての栃久保新道は、もしかするとこのルートなのかもしれない。


秘宝殿
国道方向に目を向けると秘宝殿が…。ちょっと立ち寄ってみたい気もあったが、このブログの趣旨に合わないのでやめておいた。


龍王峡駅前
龍王峡駅前。土産物屋や食堂が軒を連ねている。悪天候のせいか観光客は少なく、店の人は客の呼び込みに必死な感じ。


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龍王峡

【2010年9月12日(日)会津西街道(栃久保新道)藤原宿→川治温泉 道中】
龍王峡駅前から遊歩道を降りて行くと、川岸の巨岩に五龍王神社が鎮座している。ここから上流方向の白岩半島へかけて約3kmにわたる渓谷が龍王峡と呼ばれる景勝地。10月下旬には紅葉が見頃を迎える。悠久の年月をかけて鬼怒川が造り出した渓谷は、紅葉に彩られてさぞかし美しい姿となるのだろう。龍王峡は2200万年前に起きた海底火山の活動によって火山岩が噴出し、鬼怒川の侵食によって今見る渓谷が造り出されたとの研究結果がある。つまり、2200万年前はここが海底だったということだが、今となっては海を想像することすら難しい山中である。そもそも2200万年前って、タイムマシンがあっても行くのに時間がかかりそうだ…。

龍王峡
龍王峡自然研究路案内図より


五龍王神社
龍王峡の下流側入口に鎮座する五龍王神社。龍王峡の名の由来はこの神社にある。


虹見の滝
野沢が鬼怒川へ落ち合う虹見の滝。前回に美しい清流を見せてくれた野沢の行き着く果てが、これまた美しい滝となって流れ落ちる。ちょっと感慨深い。右上に見える社が五龍王神社。


龍王峡
龍王峡は岩石の種類による色の違いから、白竜峡・青竜峡・紫竜峡という3区画に分けられている。写真は虹見橋から白竜峡を望む。白っぽい流紋岩という火山岩からできていることが白竜峡の名の由来。


むささび橋
白竜峡と青竜峡の境界に架かる”むささび橋”。


むささび茶屋
ちょっと休憩。”むささび橋”袂にある”むささび茶屋”にて。


白竜峡
むささび橋から下流方向の白竜峡を望む。


青竜峡
むささび橋から上流方向の青竜峡を望む。緑っぽい色の大谷緑色凝灰岩からなる渓谷。


龍王峡遊歩道
崖っぷちを進む遊歩道。


青竜峡・兎はね
青竜峡と紫竜峡の境をなす”兎はね”。河床の幅が4m程の廊下状になっている場所で、ウサギが跳ねて飛び越えられる程に狭くなっていることから”兎はね”と呼ばれる。


紫竜峡
龍王峡の最上流部にあたる紫竜峡。周辺の岩石は緑紫色の安山岩である。ここの安山岩は兎はね付近で緑色凝灰岩の下層になっていることから、この辺りでは最も古い地層と考えられている。


龍王峡遊歩道
遊歩道は白岩半島へ向かって続く。


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白岩半島

【2010年9月12日(日)会津西街道(栃久保新道)藤原宿→川治温泉 道中】
遊歩道からつづら折れの山道を上り、白岩付近の栃久保新道を探ってみる。現在は国道121号の竜王トンネル(竜王隧道)が通っている地点であり、その南側トンネル入口手前に川側へ迂回する旧国道の入口がある。昭和41年(1966年)の竜王トンネル開通以前に使われていた国道で、江戸時代末期に通された栃久保新道の道筋が前身と思われる。やはり難所道だったらしく、白岩バス停付近に勝善神や馬力神の石碑が4基あり、転落死した愛馬を弔ったことをうかがう。北側の旧国道は藪が生い茂り通行不能である。

会津西街道 栃久保新道②


竜王トンネル(龍王隧道)
遊歩道からつづら折れの山道を登って国道121号へ。写真は竜王トンネル(龍王隧道)南側入口の白岩バス停付近。トンネル手前から左方向へ旧国道の道筋が残っている。


白岩の石碑4基 白岩の馬頭観世音
白岩バス停付近にある石碑4基。馬力神や勝善神の石碑に並んで右写真の石仏がある。石仏の頭をよく見てみると、馬面のようなものが付いており、馬頭観世音と思われる。


白岩の旧国道
白岩の旧国道。白岩半島尾根越えの道筋で、車がやっとすれ違える程度の道幅である。高度経済成長期のモータリゼーションを迎え、必要に迫られて竜王トンネルが掘られたことが理解できる。


白岩の旧国道
北側の旧国道は見ての通り通行不能。廃道となってかなりの歳月が過ぎたようだ。


鬼怒川・白岩半島
竜王トンネルから再びつづら折れの山道を降り、鬼怒川河畔へ。白岩半島辺りの鬼怒川は河岸が広くなり、龍王峡とは随分と違った雰囲気だ。


白岩半島にて
白岩半島にて。見たことの無い不思議な植物だが、何という名があるのだろう。


白岩半島の遊歩道
白岩半島突端付近の遊歩道。


白岩半島の遊歩道02
遊歩道は舗装路に入って三ツ岩トンネル方面へ向かう。この舗装路になる辺りからが、白岩半島の尾根を越えてきた栃久保新道の道筋だったと思われる。


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三ツ岩トンネルの旧国道

【2010年9月12日(日)会津西街道(栃久保新道)藤原宿→川治温泉 道中】
国道121号は竜王トンネルを抜けてから500m程で三ツ岩トンネルに入る。三ツ岩トンネルが開通したのは平成10年(1998年)と近年のことで、当然ながらここにも川側へ迂回する旧国道の道筋が残っている。南側の旧国道は発電所の往来用としてしっかとした舗装路を残しているが、北側の旧国道は用無しとなって荒れ放題の状態で通行困難。あと数年も経てば自然に還ってしまうだろう。白岩半島を越えてきた遊歩道は発電所入口のゲートを出て旧国道を通り、浜子橋で鬼怒川を渡って対岸に渡るコースを辿る。しかし、私はあえて栃久保新道ルートの鬼怒川東岸を進もうと荒れ放題の旧国道へ突入したのだが、これが裏目に…。

会津西街道 栃久保新道②


発電所ゲート 三ツ岩の旧国道
遊歩道は発電所のゲートを出て旧国道に合流する。ここから南側の国道は車の通行が全く無いが、しっかりと舗装道を残している。


三ツ岩の旧国道02
北側の旧国道は車止めのガードレールに遮られており、その先は荒れ放題の状態。ガードレール左横から浜子橋へ向かう遊歩道が延びており、入口に熊が出没しているので厳重注意するよう看板が立てられている。遊歩道とはいえども、歩く際には熊除け鈴が必須だ。


三ツ岩の旧国道
ガードレールを越えて旧国道へ入る。廃道になって10年も経つと国道もこの有り様。


三ツ岩の旧国道
若い木々が行く手を阻みはじめる。


三ツ岩の旧国道
これ以上進むのは無理だ。引き返す。


山ビル 山ビル
舗装道まで戻ったところでズボンを確認すると、やはり…山ビルが付いていた。山ビルは尺取虫のように体を折り曲げ、頭を延ばして移動する。入る前から嫌な予感はしていたのだが、こんな所でも山ビルが大量発生しているようだ。


浜子橋
遊歩道を駆け足で下りて急ぎ浜子橋へ。


浜子橋にて
浜子橋上で靴を脱いで山ビル被害を確認。やはり両足靴の中には大小数匹の山ビルが進入しており、既に両足部より1ヶ所ずつ流血。写真を見ると痛そうに見えるだろうが、全く痛みも痒みもない。ヒルは皮膚に付着しても全く気付かなく、やられたら暫らく血が止まらないのが厄介なところ。しかし毒性は無いので、傷口に絆創膏を貼って処置を施しておけば問題ない。虫除けスプレーの成分に含まれるエタノールにヒルの殺虫効果があるようで、直接噴霧すると山ビルは動かなくなる。後で気付いたのだが、腹にも山ビルが1匹くっついていた。いくら暑いとはいえ、シャツの裾はきっちりズボンの中に入れておこう。


鬼怒川・浜子橋より望む
汚い私の足でこの記事を終えるのも何なんで、浜子橋より鬼怒川を望んだ写真で最後にする。自然の中には山ビルのような醜いものがある反面、このような美しい渓谷美も見せてくれる。これが面白いのだ。


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龍王峡遊歩道渓流散策コース

【2010年9月12日(日)会津西街道(栃久保新道)藤原宿→川治温泉 道中】
浜子橋で両足に取り付く山ビルを駆除し、気を取り直して鬼怒川の対岸へ。三ツ岩トンネルから川治温泉にかけての鬼怒川両岸には、東岸に栃久保新道、西岸に小佐越新道が並進して通っていた。下記地図に記している小佐越新道ルートは、日光森林管理署が管理する龍王峡遊歩道の渓流散策コースを参考に線を引いているが、道を通す場所も限られる狭隘地なので、大方こんな感じだったはずである。浜子橋から先は小佐越新道を前身にしていると思われる渓流散策コースを歩いてみることにする。

以前の記事でも少々触れたが、小佐越新道について書いておく。小佐越新道は文化元年(1804年)に開通した高原越えを避ける会津西街道の脇道で、仲附(幕末に会津西街道で発達した農民による非正規の物資運搬業者)の利用によって発達したルート。会津西街道の高原新田・藤原・大原・高徳の宿場を避けて今市方面へ行けるルートだったため、仲附の存在はそれらの宿場にとって食い扶持を取られる厄介な存在だったのだろう。幕末には仲附と宿場の間で度々争いが起きており、宿場側は小佐越新道の万歳橋(現 海尻橋付近)を取り壊すといった実力行使に出ることもあった。

会津西街道 栃久保新道③


龍王峡遊歩道 渓流散策コース入口
龍王峡遊歩道の渓流散策コース入口。舗装道を右の川岸方向へ下りて行く。


龍王峡遊歩道 渓流散策コース
いきなり結構な悪路が待ち受ける。


龍王峡遊歩道 渓流散策コース
この道は小佐越新道の跡なのか?真相は不明だが、もしそうだとしたら、駄馬を引いて往来した仲附の汗と涙がこの土に染み込んでいるのだ。


炭焼き窯の跡
渓流散策コースの沿道に残る炭焼き窯の跡。戦時中(1940年~1950年)に使われていたもの。地元住民が付近のミズナラの樹を利用して木炭(黒炭)を作っていたという。


逆川第一トンネルと第二トンネル
逆川第一トンネルと第二トンネルの間から車道に出る。両トンネルとも昭和40年代の開通だが、車の通行は全く無い。


県道23号・小網大橋
県道23号と小網大橋。橋の手前を左折する道が遊歩道(小佐越新道の推定ルート)の道筋であり、その先に石渡戸の集落がある。ここでは小網大橋を渡るルートを選び、再び鬼怒川東岸の栃久保新道へ。


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やぼ助峠

【2010年9月12日(日)会津西街道(栃久保新道)藤原宿→川治温泉 道中】
栃久保新道は汲戸沢を越えて下小網の集落から汲戸山の斜面を上る。かつて地元住民にやぼ助峠と呼ばれた峠越えの道筋で、峠を越えると川治温泉街の一角をなす上小網の集落に辿り着く。峠とは言っても標高差50m程の大したものではないが、上小網側はつづら折れの下り坂となっており、今も旧道らしさを十分に感じさせている。何ゆえ”やぼ助峠”なんて名が付けられたのか、とても気になってしまったのだが、それを知ること自体が野暮ってもんなのだろう。川治小中学校と小網浄水場がある地点がやぼ助峠の頂に位置する。

会津西街道 栃久保新道④


下小網の旧道 汲戸沢付近
汲戸沢渡河地点の旧道。


下小網の不動明王 下小網の石仏
汲戸沢付近にある不動明王の御堂と石仏。不動明王に鳥居って何か不自然な感じ…。


川治温泉駅
川治温泉駅。しゃれた駅舎である。


国道121号 下小網
下小網を行く国道121号。右手先の上り坂が栃久保新道のやぼ助峠旧道入口。


やぼ助峠旧道
やぼ助峠旧道。


やぼ助峠旧道
やぼ助峠の最高点。川治小中学校と小網浄水場がある。


やぼ助峠旧道
旧道はつづら折れに下る。


やぼ助峠旧道
やぼ助峠旧道。


川治温泉街
やぼ助峠旧道から川治温泉街を望む。


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川治温泉

【2010年9月12日(日)会津西街道(栃久保新道)川治温泉】
やぼ助峠を越えれば川治温泉である。鬼怒川と男鹿川の合流点に位置する川治温泉は、山谷の中に宿が連なる小さな温泉街。泉源の発見がいつだったのかは定かでなく、伝聞によると享保8年(1723年)の五十里洪水直後に温泉が湧いたと伝わり、寛文9年(1797年)には湯治場があったことが当時の記録によってわかっている。「傷は川治、火傷は滝(現 鬼怒川温泉)」と言われてその名を世に知られることになるのは明治期になってからのことで、以来多くの湯治客が訪れるようになった。現在は15軒程の旅館やホテル、日帰りでは共同浴場の薬師の湯があり、さらっと優しいアルカリ性単純泉の湯を堪能できる。

会津西街道 栃久保新道④


川治温泉 上小網
やぼ助峠旧道は”やまだい洋品店”の横から国道121号に合流。この辺りが上小網の小字で呼ばれる地域である。


川治温泉 高原
大下沢を越えた先から国道沿いに川治温泉の旅館やホテルが現れる。川治温泉の男鹿川東岸には高原という地名があり、この地名の由来には高原新田宿の無念を伝える歴史があるのだが、後々の記事に譲ることにする。


川治温泉
男鹿川と川治温泉街。闇に暮れゆく山里の温泉街…、静けさの中に川のせせらぐ音が心地よい。良い雰囲気だ。


川治湯本駅
川治湯元駅19:01発の新栃木行きに乗車し帰途につく。

【会津西街道歩き 第4日目】
歩行距離 約21km(GPSロガーによる)
藤原宿→龍王峡→白岩半島→浜子橋→小網大橋→やぼ助峠→川治温泉
まだまだ暑さが残る9月のウォーキングでかなりバテた。今回も前回同様、山ビルの被害に遭い少々意気消沈。会津西街道歩きの前途多難さを痛感した。しかしそんなことにめげてはいられない。頑張るぞー!


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川治古道①

【会津西街道歩き 第5日目】川治温泉→高原新田宿(川治古道)



【2010年10月11日(月)会津西街道(川治古道) 川治温泉→高原新田宿 道中】
川治温泉から川治古道を使って標高約1200mに位置する高原新田宿を目指す。天気は清々しい晴れ。10月に入って気温もぐっと下がった。天高く馬肥ゆる秋!絶好のウォーキング日和、いや今回は登山日和と言った方が良さそうだ。ちょうど10時に川治湯元駅を出発し、まずは男鹿川東岸の喫茶論談館でカレーを食べて腹ごしらえ。支払いを終えたところで、財布に千円札が3枚しか残っていないことに気付いた。こりゃ、帰りの特急代が足りないなあ…と、店主の方に近くにATMが無いかを聞き、足利銀行に行ってみたが祝日で休み。川治温泉にコンビニは無いと言う。3千円あれば何とかなるか…。

川治古道はかつて川治温泉と高原新田宿(現 鶏頂開拓)を繋いだ古道で、川治温泉から尾根伝いに山を登り、途中で会津西街道に合流して高原新田宿へ至る。文久3年(1863年)栃久保新道の開通によって高原新田宿が廃宿になると共に廃道になったと思われ、戦後になり満州等からの引揚者が高原新田宿跡に入植して鶏頂開拓が開かれると、再び川治古道が使われるようになったのだろう。当時、鶏頂開拓の子供たちはこのルートを使って標高差700m下にある川治の学校まで通っていたというから、その健脚振りには驚かされる。現在、麓辺りの古道は平方山園地の遊歩道として整備されており、園地東端の最高地点にある駐車場から川治古道にアクセスできる。なお、川治古道の呼び名は「高原山探訪」より参考にさせていただいた。

川治古道


喫茶論談館 喫茶論談館
男鹿川東岸の川治温泉街にある喫茶論談館で遅めの朝食を摂る。川治温泉街ではこの時間帯にやっている飲食店が見当たらなかったので、非常に有難かった。


川治コミュニティハウス
平方山園地の遊歩道から川治古道へアクセスする。川治コミュニティハウスの横にその登り口がある。


川治平方山園地入口
川治平方山園地の登り口。


川治平方山園地
”熊出没”と”行方不明・滑落事故多発”の看板が立ち、入山者に厳重注意を呼びかけている。こんな時に同行者がいたらどんなに心強いかと思う。山のてっぺんを目指す登山ならいざ知らず、消失しかけている古道を登って鶏頂開拓を目指すような登山に同行してくれる物好きはそうそういない。


鶏頂山神社里宮
鶏頂山神社の里宮。本宮は鶏頂山の頂上にあり神亀3年(726年)の創建。道祖猿田彦大神を祀る。鶏頂山は今から約千七百年前に開山された海抜1756mの霊山で、金の鶏に導かれて開山に至ったと伝わることから別名を”金鶏山”ともいい、古くから山岳信仰を集めた。高原新田宿の人々が廃宿となって川治に降りた際、創建されたのがこの里宮である。

ここで道中の安全を祈願して。


山ビル対策
山ビル対策。脹脛は狙われやすいのでズボンの裾を靴下に入れて。もちろん靴下は登山用の厚めのものを着用。今年は山ビルに6ヶ所もやられたので、少々学習した。


川治平方山園地遊歩道
川治平方山園地の遊歩道は整備されていて歩きやすい。


川治平方山園地駐車場
駐車場に着いた所で遊歩道は終わり。この先から本格的な山道の川治古道が続く。


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プロフィール

しまむー

Author:しまむー
自称りーまんな旅人。
千葉県在住。

Flashカレンダー
現在の行程

東海道 東海道を歩いてます。


1日目(2013/5/19)三条大橋→大津宿 MAP
2日目(2013/7/13)大津宿→草津宿 MAP
3日目(2013/7/14)草津宿→石部宿 MAP
4日目(2013/8/3)石部宿→水口宿 MAP
5日目(2013/8/4)水口宿→土山宿 MAP
6日目(2013/10/13)土山宿→坂下宿→関宿 MAP
7日目(2014/3/9)関宿→亀山宿→庄野宿 MAP
8日目(2014/5/3)庄野宿→石薬師宿→四日市宿 MAP
9日目(2014/5/4)四日市宿→桑名宿→七里の渡し跡 MAP
10日目(2014/6/8)七里の渡し跡→宮宿→鳴海宿 MAP
11日目(2014/11/2)鳴海宿→池鯉鮒宿 MAP
12日目(2015/4/4)池鯉鮒宿→岡崎宿 MAP
13日目(2015/5/23)岡崎宿→藤川宿 MAP
14日目(2015/7/19)藤川宿→赤坂宿→御油宿 MAP
15日目(2015/9/22)御油宿→吉田宿 MAP
16日目(2015/11/29)吉田宿→二川宿 MAP
17日目(2016/2/20)二川宿→白須賀宿→新居宿 MAP
18日目(2016/4/3)新居宿→舞坂宿→浜松宿 MAP
19日目(2016/5/6)浜松宿→見付宿 MAP
20日目(2016/5/7)見付宿→袋井宿 MAP
21日目(2016/6/25)袋井宿→掛川宿 MAP
22日目(2016/7/17)掛川宿→日坂宿→金谷宿 MAP
23日目(2016/10/8)金谷宿→島田宿 MAP

高札場
【川越街道 旅の報告】
2013年1月13日(日)
武蔵国板橋宿を発ってから…
約5ヶ月の月日をかけて、川越城本丸御殿に到着しました!
川越時の鐘
【成田街道 旅の報告】
2012年7月8日(日)
下総国新宿を発ってから…
約5ヶ月の月日をかけて、成田山新勝寺・寺台宿に到着しました!
新勝寺大本堂と三重塔
【会津西街道街道 旅の報告】 2012年1月22日(水)
下野国今市宿を発ってから…
約1年6ヶ月の月日をかけて、
会津鶴ヶ城に到着しました!
鶴ヶ城
【 水戸街道 旅の報告 】 2010年5月5日(水)
武蔵国千住宿を発ってから…
約3ヶ月の月日をかけて、
水戸の銷魂橋に到着しました!
水戸弘道館
【 日光街道 旅の報告 】 2010年1月10日(日)
江戸日本橋を発ってから…
8ヶ月の月日をかけて、
東照大権現が鎮座される
日光東照宮に到着しました!
日光東照宮陽明門
【 中山道 旅の報告 】
2008年10月13日(月)
江戸日本橋を発ってから…
1年10ヶ月もの月日をかけて、 ついに京都三条大橋に到着しました!
京都三条大橋

応援のコメントありがとうございました。(^人^)感謝♪
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