不動滝

【会津西街道歩き 第10日目】上三依宿→横川宿



【2011年1月22日(土)会津西街道 上三依宿→横川宿 道中】
2011年の歩き始め。今年はどんな出会いや発見があり、そして会津西街道はどんな風景を見せてくれるのだろうか。前回と同じく8:11発きぬ103号(鬼怒川温泉行)に乗車。鬼怒川温泉駅でAIZUマウントエクスプレス号(喜多方行)に乗り換え、定刻通りの10:37に上三依塩原温泉口駅で下車する。関東地方は予報通りの冬晴れだったが、栃木県最北部の上三依辺りまで来てしまえば、関東地方の天気予報は別次元の話。天気はひと言、雪。北海道へ帰省するために買ったおニューのスノーシューズを履いてきて正解だ。今回は会津西街道の栃木県と福島県の境界、山王峠の登り口まで歩みを進める。

上三依から国道121号を北上すること約3km、男鹿川と越路沢の合流点よりやや男鹿川上流に不動滝があり、国道はその横を通り抜ける。不動滝は落差10m程のそれほど大きくないものだが、川幅一杯に幾筋もの落水が連なり、それなりの見ごたえはある。滝の名の由来は弘法大師が創建した不動堂によると云われるが、現在この不動堂は跡形も無く跡地不明。しかしながら、付近には眼病に霊験あらたかな神様が祀られる祠があり、これも弘法大師に関係しているのかもしれない。不動滝すぐ近くの国道沿いに、その名も”お食事処 不動滝”というドライブインがあり、ここで不動滝について聞いてみれば詳しい話が聞けたかもしれない。しかし、冬期休業中のよう…。

会津西街道 上三依


上三依塩原温泉口駅前
駅を出た瞬間に眼前は雪景色!1ヶ月前に訪れた時とは全く別世界。


上三依塩原温泉口駅
上三依塩原温泉口駅。上三依猿軍団の姿は見えず。


上三依宿01
雪に覆われた上三依宿。東京から僅か2時間半程、電車に揺られてきただけでこの雪国である。四季折々に見せてくれる日本の風景は、何気なくてもやっぱ面白いなあ。


白倉橋北詰の野仏群
雪に埋もれかける白倉橋北詰の野仏群。


国道121号 上三依
上三依宿を出て国道121号を北上。さすがに歩行者は全く見かけない。


楢入沢
国道121号を横切る楢入沢。


菊亭
楢入沢近く、国道沿いにある菊亭。この辺りの食事処はほとんど冬期休業中である。


不動滝付近の祠
不動滝付近の祠。眼病に霊験あらたかな神様が祀られているという祠はこれなのか?


不動滝
不動滝と樹氷。


不動滝上流の男鹿川
不動滝上流の男鹿川。いかにも寒そうでしょ。


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よばわり岩の一里塚

【2011年1月22日(土)会津西街道 上三依宿→横川宿 道中】
横川宿のちょっと手前、上三依一里塚から約4km北上した国道121号沿道に横川一里塚が残っている。その西側の山際に大岩があり、大声をかけるとこだまして返ってくることから”よばわり岩”と呼ばれ、古くから会津西街道を行き交う旅人に親しまれてきた。そんな所縁もあって横川一里塚は”よばわり岩の一里塚”の異名を持つ。現在は西塚だけが残っており、東塚は戦後に耕地造成や道路拡幅によって消失している。

会津西街道 横川


南山通り横川一里塚
よばわり岩の一里塚。解説板には”南山通り横川一里塚”と書かれている。会津では会津西街道のことを南山通りや下野街道と呼称しており、この辺りがかつての会津藩領だったことに配慮したものだろう。それにしても雪に埋もれた一里塚は初めて見たよ。


南山通り横川一里塚
よばわり岩の一里塚と国道121号。肝心のよばわり岩は一里塚裏の山際にあるはずだが、積雪のため確認できず。


国道121号 横川
横川を行く国道121号。


国道121号 横川
国道121号は男鹿川西岸の山際を進む。


国道121号 横川の洞門
山際が男鹿川にせり出した地点に設けられた洞門。現在はこの洞門によって安全に通行することができるが、昔は危険な難所だったと思われ、周辺に野仏や馬頭観音が散在する。


横川の野仏
洞門の南側にある野仏。


国道121号 横川
洞門に設置された歩道を通って先へ。私以外にも歩行者がいたようで、足跡が残る。


男鹿川
洞門から眺める男鹿川の様子。


横川の馬頭観音 横川の馬頭観音
洞門南側にある馬頭観音。ここで転落死した愛馬を弔ったものだろうか。


国道121号 横川
間もなく横川宿へ。


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横川宿

【2011年1月22日(土)会津西街道 横川宿】
栃木県と福島県の県境、山王峠の登り口に軒を連ねた横川宿は、会津西街道の下野国最北端に位置する宿駅。天明8年(1788年)の人口147人、家数31軒。天保年間(1830年~1843年)の家数28軒と記録に残り、江戸中期から幕末にかけて大きく人口の変動が無かったことがわかる。Jlogosで調べた横川村(近世)の記述によると、「生業は農業のほか、下駄材などの林業・駄賃稼ぎなど。」とあり、隣の上三依や中三依と大きな差異はない。宿場の今市方(南側)入口に横川如意輪観音堂があり、ここが会津藩横川関所の置かれていた場所とされる。

横川関所は会津藩祖であり初代藩主の保科正之により、寛文元年(1661年)糸沢村(現 福島県南会津町田島)にあった番所を横川村へ移したのが始まりとされ、以来幕末まで会津藩領へ出入りする人や荷物を取り締まってきた。文化10年(1813年)どういった経緯があったのかわからないが、盆踊りが番所の庭で行われたという一事が会津藩の知ることとなり、その責任を取って清水伝左衛門という当時の番役人が切腹したという。その墓碑が横川如意輪観音堂に今も残っている。

会津西街道 横川宿


横川如意輪観音堂・横川関所跡
横川宿今市方(南側)入口に置かれていた横川関所。現在その跡地には横川如意輪観音堂があり、境内に”史跡 会津藩横川関所跡”の標柱が立てられている。


横川如意輪観音堂・横川関所跡
横川如意輪観音堂は江戸後期の建築と推定されており、昭和時代末の国道121号拡幅工事による若干の移動はあるものの、江戸時代からここにあったことは新編会津風土記(1803年から1809年にかけて編纂された会津藩領に関する地誌)に記載があり、確かなことと考えてよいだろう。しかし、創建年代や由緒についてはよくわからない。


示現神社
横川の示現神社。


横川宝篋印塔
横川宿内の今市方(南側)外れにある横川宝篋印塔の解説板。肝心の宝篋印塔は雪に埋もれて見えなかった。室町時代にこの地で没した三依姫の供養塔とも云われる。三依姫は下野国塩谷郡矢板川崎庄の城主、塩谷左衛門尉の子女で、三依郷六ヶ村を化粧田地として持参し、岩代国田島城主長沼氏に嫁いだと伝わる。後に生家の塩谷氏は滅亡、嫁ぎ先の長沼氏も将軍足利義満に反抗したため、やはり滅亡してしまう。その果てに流浪の旅を余儀なくされ、ようやく化粧田地である三依郷横川村に辿り着いたが、病に冒されこの地で生涯を閉じたという。


横川宿
横川宿の家並み。今市宿からここまで歩いてきて往時の様子を最も留めている宿駅。これから山王峠を越えようとする旅人、ようやく峠を越えてきた旅人が旅装を解いてくつろいだのだろう。そんな様子が今も伝わってくる。


旅館福田屋
旅館福田屋の屋号を掲げる旅籠風の建物。軒先はきれいに雪かきされているが、現在は営業していないように見える。歴史のありそうな佇まいだ。


横川宿
旅館福田屋の斜向かいにある立派な古建築。かつての名主宅だろうか。


横川宿
横川の集落はちょうど除雪作業の真っ最中。今冬の大雪で除雪車はフル稼働なのだろう。


横川宿
横川宿内会津方(北側)外れの家並み。これから先に山王峠が待ち受ける。


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男鹿高原駅

【2011年1月22日(土)会津西街道 横川宿】
国道121号の山王トンネルまで歩き、栃木県と福島県の県境を確認したところで本日の歩き旅は終了。国道121号を引き返し、男鹿高原駅へ向かう。この家路につくために利用した男鹿高原駅は、がなかなか印象に残る駅だったので、会津西街道とは特に関係ないが、あえて記事にしてみた。まずはウンチクから。

男鹿高原駅は野岩鉄道会津鬼怒川線の栃木県最北にある無人駅。周辺には全く店はもちろんのこと民家どころか自販機すら無い、鉄道マニアが言う秘境駅である。野岩鉄道株式会社のホームページにある駅情報にも「駅付近には、広場(緊急用ヘリポート)以外特に何もありません。国道121号線へは、駅を出て右へお進みください。」と書かれている程で、乗降客はほとんどいないらしい。

会津西街道 横川宿


国道121号 横川パーキング付近
国道121号横川パーキング付近。江戸期の旧道はこの辺りから西(写真左方向)に逸れて山中を登り、山王峠を越えていた。次回は雪解けを待ってこの旧道を使い峠越えを試みてみる。


国道121号 栃木県側の山王峠旧国道入口
栃木県側の山王峠旧国道入口。写真左手に道形がしっかり残っていることが確認できるだろう。昭和55年(1980年)に山王トンネルが開通するまで使われていた峠越えの旧国道は、ここからつづら折れに山の斜面を上っていた。現在、車両の通行はできない。


山王トンネル
栃木県と福島県の県境に位置する山王トンネル。このトンネルを抜ければ福島県である。現在はこのトンネルのおかげで、難所だったろう山王峠を苦も無くスルーできる。福島県へ足を踏み入れるのは次回の楽しみに取っておき、ここで国道121号を引き返して男鹿高原駅へ向かう。


男鹿高原駅前広場緊急ヘリポート
男鹿高原駅前広場緊急ヘリポート。冬場は看板が無ければただの雪原にしか見えない。登山客の遭難者や重傷者を緊急搬送するための施設と思われる。


男鹿高原駅
男鹿高原駅前通り。国道から駅へアクセスする道はしっかり除雪だけはされている。写真左手奥に見える建物が駅舎で、見ての通り駅周辺には何も無い。


男鹿高原駅
全く人気を感じないどころか、何も無い男鹿高原駅。赤字ローカル線がほとんど廃止になった現代では貴重な秘境駅だ。秋口にこの駅を利用しようと思ったら、熊除けの鈴が必須じゃないかと思えてしまう。横川集落の最寄駅ではあるが、集落まで約2kmの距離があり徒歩では少々遠い。再訪する時にはどんな駅前風景が見られるのか、ある意味楽しみではある。


【会津西街道歩き 第10日目】三依塩原温泉口駅→上三依宿→山王トンネル→横川宿→男鹿高原駅 歩行距離 約12.0km(GPSロガーによる)
男鹿高原駅から15:02発下今市行に乗車。前回同様、鬼怒川公園駅で下車して駅前食堂の”かめや”でビールを飲みながら至福のひと時を送る。腹ごしらえを終えた後は岩風呂へ。1日の疲れを癒して鬼怒川温泉駅で特急きぬ138号に乗り換え帰途につく。北千住駅に着くまで爆睡!
かめや
鬼怒川公園駅前にある”お食事処かめや”


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プロフィール

しまむー

Author:しまむー
自称りーまんな旅人。
千葉県在住。

Flashカレンダー
現在の行程

東海道 東海道を歩いてます。


1日目(2013/5/19)三条大橋→大津宿 MAP
2日目(2013/7/13)大津宿→草津宿 MAP
3日目(2013/7/14)草津宿→石部宿 MAP
4日目(2013/8/3)石部宿→水口宿 MAP
5日目(2013/8/4)水口宿→土山宿 MAP
6日目(2013/10/13)土山宿→坂下宿→関宿 MAP
7日目(2014/3/9)関宿→亀山宿→庄野宿 MAP
8日目(2014/5/3)庄野宿→石薬師宿→四日市宿 MAP
9日目(2014/5/4)四日市宿→桑名宿→七里の渡し跡 MAP
10日目(2014/6/8)七里の渡し跡→宮宿→鳴海宿 MAP
11日目(2014/11/2)鳴海宿→池鯉鮒宿 MAP
12日目(2015/4/4)池鯉鮒宿→岡崎宿 MAP
13日目(2015/5/23)岡崎宿→藤川宿 MAP
14日目(2015/7/19)藤川宿→赤坂宿→御油宿 MAP
15日目(2015/9/22)御油宿→吉田宿 MAP
16日目(2015/11/29)吉田宿→二川宿 MAP
17日目(2016/2/20)二川宿→白須賀宿→新居宿 MAP
18日目(2016/4/3)新居宿→舞坂宿→浜松宿 MAP
19日目(2016/5/6)浜松宿→見付宿 MAP
20日目(2016/5/7)見付宿→袋井宿 MAP
21日目(2016/6/25)袋井宿→掛川宿 MAP
22日目(2016/7/17)掛川宿→日坂宿→金谷宿 MAP
23日目(2016/10/8)金谷宿→島田宿 MAP

高札場
【川越街道 旅の報告】
2013年1月13日(日)
武蔵国板橋宿を発ってから…
約5ヶ月の月日をかけて、川越城本丸御殿に到着しました!
川越時の鐘
【成田街道 旅の報告】
2012年7月8日(日)
下総国新宿を発ってから…
約5ヶ月の月日をかけて、成田山新勝寺・寺台宿に到着しました!
新勝寺大本堂と三重塔
【会津西街道街道 旅の報告】 2012年1月22日(水)
下野国今市宿を発ってから…
約1年6ヶ月の月日をかけて、
会津鶴ヶ城に到着しました!
鶴ヶ城
【 水戸街道 旅の報告 】 2010年5月5日(水)
武蔵国千住宿を発ってから…
約3ヶ月の月日をかけて、
水戸の銷魂橋に到着しました!
水戸弘道館
【 日光街道 旅の報告 】 2010年1月10日(日)
江戸日本橋を発ってから…
8ヶ月の月日をかけて、
東照大権現が鎮座される
日光東照宮に到着しました!
日光東照宮陽明門
【 中山道 旅の報告 】
2008年10月13日(月)
江戸日本橋を発ってから…
1年10ヶ月もの月日をかけて、 ついに京都三条大橋に到着しました!
京都三条大橋

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