会津田島祇園祭③
会津田島祇園祭の本祭は終盤戦。本町・中町・上町・横町の大屋台が、その屋台上に乗せた子供たちの「オーサーン、ヤレカケロー」の掛け声に励まされながら町内を駆け巡る。それぞれの大屋台は諸所に停められて歌舞伎を上演し、一幕が終わると再び曳き回される。江戸時代から会津田島祇園祭では大屋台上で子供歌舞伎が上演されてきたが、明治初期に”学制 ”の制定等により禁止されてからは途絶えてしまう。昭和25年(1950年)から10年間程は地元青年会で屋台歌舞伎が演じられ、近年になって子供歌舞伎復活の機運が高まり、平成6年(1994年)約120年ぶりに復活を果たした。

まずは、屋台歌舞伎出演者の挨拶から。

中屋台の上演がはじまるところ。

演目は”一谷嫩軍記 須磨の浦の段”。平家物語の熊谷次郎直実と平敦盛を題材にした狂言である。

オーサーン、ヤレカケロー!の掛け声に励まされながら曳かれる本屋台。

本屋台での上演は”南山義民の碑 喜四郎子別れの段”。享保5年(1720年)南会津で起こった百姓一揆、南山御蔵入騒動を題材に作られた演目。

上屋台が曳かれているところ。

上屋台では中屋台と同じく、”一谷嫩軍記 須磨の浦の段”が大人によって演じられていた。

本降りになってきた雨の中、西屋台が曳かれる。

”時津風日の出の松 鴫山城内の段”を演じる西屋台。演目は田島の鴫山城が舞台。戦国時代に城主の長沼盛秀が伊達政宗の軍勢に攻められ、恭順か抗戦するかの判断に迷い、恭順派の家老隼人之助が身を賭して伊達家との和睦を嘆願するといった内容。

西屋台の後姿を眺めつつ、田島を後にする。

まずは、屋台歌舞伎出演者の挨拶から。

中屋台の上演がはじまるところ。

演目は”一谷嫩軍記 須磨の浦の段”。平家物語の熊谷次郎直実と平敦盛を題材にした狂言である。

オーサーン、ヤレカケロー!の掛け声に励まされながら曳かれる本屋台。

本屋台での上演は”南山義民の碑 喜四郎子別れの段”。享保5年(1720年)南会津で起こった百姓一揆、南山御蔵入騒動を題材に作られた演目。

上屋台が曳かれているところ。

上屋台では中屋台と同じく、”一谷嫩軍記 須磨の浦の段”が大人によって演じられていた。

本降りになってきた雨の中、西屋台が曳かれる。

”時津風日の出の松 鴫山城内の段”を演じる西屋台。演目は田島の鴫山城が舞台。戦国時代に城主の長沼盛秀が伊達政宗の軍勢に攻められ、恭順か抗戦するかの判断に迷い、恭順派の家老隼人之助が身を賭して伊達家との和睦を嘆願するといった内容。

西屋台の後姿を眺めつつ、田島を後にする。

スポンサーサイト