fc2ブログ

坂下宿

【2013年10月13日(日)旧東海道 坂下宿】
鈴鹿峠の南麓、その上り口に鎮座する片山神社から約2km江戸方寄りに坂下宿は位置する。その宿場名は鈴鹿峠越えの坂道下にあったことに由来。阪之下とも書かれる。元々は片山神社の江戸方一帯の狭隘地に宿場があったが、慶安3年(1650年)の大雨で大規模な土砂崩れや土石流が起きたのか、町は壊滅的な被害を被り人的損害も大きかったといい、翌年に町全体が東側の現在地へ移転した。東海道難所の一つ鈴鹿峠を控えることから、参勤交代に往来する大名の宿泊や休憩が多かったのだろう、3軒もの本陣と1軒の脇本陣が置かれていたのが特徴。一般の宿泊も多かったようで、宿場規模の割に旅籠の数が多い。

江戸日本橋から数えて48宿目、京都三条大橋からならば6宿目となる坂下宿。天保14年(1843年)当時の宿内町並5町56間(約647m)、人口564人、家数153軒、本陣は梅屋と大竹屋、松屋の3軒、脇本陣が小竹屋の1軒、旅籠48軒。名物は蕎麦切や鮎の鮨、櫛等。坂下宿から約3km江戸方の東海道筋、鈴鹿川の対岸に名所筆捨山を望む筆捨茶屋があり、歌川広重は「東海道五十三次之内 阪之下」の題でここを浮世絵に描いてる。


より大きな地図で 坂下宿 を表示


坂下宿古町
片山神社から旧東海道を江戸方に向かって間もなく、ここ鈴鹿川源流の谷間が慶安3年(1650年)以前の坂下宿である。寛永14年(1637年)に寺社の他111軒の人家があったことが当時の検地帳から確認できるという。現在は古町という地名が残るのみで、家一軒すら見当たらない。


坂下宿古町
江戸時代末期の坂下宿家並図によれば古町にも数軒の民家があり、おそらくはその遺構なのだろう、土台の石垣が木立の中の所々に見られる。


坂下宿古町にて
鈴鹿川源流の畔に小屋。古町で唯一見られた建物。何なのか確認したところ↓


古町の石仏
小屋内には石仏が大事に安置されていた。


坂下宿古町
右手に鈴鹿川源流、山の斜面を開削して旧東海道は通されている。


坂下古町07
狭隘地を通り抜ければ国道1号の側道に合流。


荒井谷一里塚跡付近
旧東海道と国道1号の側道合流地点付近に荒井谷一里塚があったというが、国道敷設の際に撤去されたのだろう、その遺構はもちろんのこと、跡地を示すものすら無い。江戸日本橋から108里目(約424km)、京三条大橋からは17番目(実測で約71km地点)となる一里塚。


岩屋観音
万治年間(1658年~1660年)実参和尚が巨岩に穴を穿ち阿弥陀如来・十一面観音・延命地蔵を安置したという岩屋観音。御堂の横に清滝の水が落ち別名を清滝観音とも言う。葛飾北斎の錦絵”諸国滝廻り”全8図のうちの一つに取り上げられ、「東海道坂ノ下 清滝くわんおん」の画題で描かれている。


坂下宿
坂下宿に入って。京方出入口から鈴鹿峠方面を望む。


金蔵院跡
近隣で火事があり消防車やパトカーが停まる物々しい雰囲気。その消防車右奥に見える土台は金蔵院跡。別称を鈴鹿山護国寺と呼び、江戸時代初期には将軍家の御殿が置かれ、徳川家康や家光が休息に利用したとされる。慶安3年(1650年)の洪水後に古町より現在地へ移転したが、明治になって廃寺となり石垣だけが残されている。


坂下宿
坂下宿の町並み。


坂下宿
旧商家らしき民家の軒先からは放水ホースが。


中の橋
坂下宿の中央部、中乃橋。かつて中乃橋周辺には本陣や脇本陣が建ち並び宿場の中枢をなした。


小竹屋脇本陣跡
坂の下では大竹小竹 宿がとりたや小竹屋に

鈴鹿馬子唄に歌われた小竹屋脇本陣跡(写真右手)。”大竹小竹”の大竹とは本陣の大竹屋を指しており、本陣に宿をとるのは無理だが、せめて脇本陣の小竹屋には泊まってみたいという意が込められているという。


法安寺
中乃橋の北側にある法安寺。この寺の庫裡玄関は松屋本陣の門を移築したもので、坂下宿本陣の唯一残る貴重な遺構。


梅屋本陣跡
坂下宿にあった本陣3軒のうちの一つ、梅屋本陣跡(写真右手)。写真を見ての通り、現在は本陣の様子を想像するには難しい。


大竹屋本陣跡
坂の下では大竹小竹…の、大竹屋本陣跡。庶民が憧れた本陣も今は…。


前田屋
前田屋製菓。江戸時代に坂下宿のお隣、関宿の名物だった団子餅”志ら玉”を復活させて製造販売する。こし餡をくるむ白の生地に、赤・黄・緑の飾り玉をのせる可愛らしい見た目の”志ら玉”は、東海道を往来する旅人に親しまれた。関宿に販売店があるのでそちらで購入しよう。


坂下集会所
松屋本陣跡に建つ坂下集会所。


松屋本陣跡
松屋本陣跡碑。法安寺の庫裡玄関となった門はかつてここら辺にあったはず。


坂下宿
坂下宿東側の町並み。


河原谷橋
坂下宿江戸方入口に架かる河原谷橋。


FC2ブログランキング
スポンサーサイト



テーマ : 街道の旅
ジャンル : 旅行

プロフィール

しまむー

Author:しまむー
自称りーまんな旅人。
北海道旭川市出身。18歳で実家を出て千葉県に移り住んで約30年、2022年11月転勤をきっかけに千葉県柏市から茨城県土浦市へ引っ越し。今は茨城県民として筑波山を仰ぎ見ながら日々を過ごす。

カレンダー
02 | 2014/03 | 04
- - - - - - 1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31 - - - - -
高札場
【川越街道 旅の報告】
2013年1月13日(日)
武蔵国板橋宿を発ってから…
約5ヶ月の月日をかけて、川越城本丸御殿に到着しました!
川越時の鐘
【成田街道 旅の報告】
2012年7月8日(日)
下総国新宿を発ってから…
約5ヶ月の月日をかけて、成田山新勝寺・寺台宿に到着しました!
新勝寺大本堂と三重塔
【会津西街道街道 旅の報告】 2012年1月22日(水)
下野国今市宿を発ってから…
約1年6ヶ月の月日をかけて、
会津鶴ヶ城に到着しました!
鶴ヶ城
【 水戸街道 旅の報告 】 2010年5月5日(水)
武蔵国千住宿を発ってから…
約3ヶ月の月日をかけて、
水戸の銷魂橋に到着しました!
水戸弘道館
【 日光街道 旅の報告 】 2010年1月10日(日)
江戸日本橋を発ってから…
8ヶ月の月日をかけて、
東照大権現が鎮座される
日光東照宮に到着しました!
日光東照宮陽明門
【 中山道 旅の報告 】
2008年10月13日(月)
江戸日本橋を発ってから…
1年10ヶ月もの月日をかけて、 ついに京都三条大橋に到着しました!
京都三条大橋

応援のコメントありがとうございました。(^人^)感謝♪
最近の記事
カテゴリー
最近のコメント
データ取得中...
月別アーカイブ
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

お気に入りブログ
ブログ内検索
QRコード
QRコード
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

FC2カウンター