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釧網本線 釧路湿原駅

昭和63年(1988)に新たに設置された釧網本線の釧路湿原駅。釧路湿原を一望する細岡展望台への最寄り駅で、付近に民家などはなく、観光客の休憩所である”細岡ビジターズラウンジ”があるくらいで、乗降客は観光目的の私のような人だけだろう。開業当初は臨時駅だったが、平成8年(1996)常設の駅になっている。無人駅ながら単式ホーム1面1線にログハウス風の立派な駅舎が設けられており、鉄道で観光客を呼び込もうとする意気込みは感じるが、乗降人員の平均は1日で10名程だという。釧路郡釧路町字トリトウシ原野に所在、駅名の由来は述べるまでもないだろう。釧路と網走を結ぶ快速「しれとこ摩周号」の停車駅。




釧路駅
”天然温泉幣舞の湯 ラビスタ釧路川”で快適な一夜を過ごし、朝の8時過ぎ歩いて釧路駅に。


釧路駅
駅舎前にある動輪碑を拝んで。


釧路駅
8:57発の快速「しれとこ摩周号」に乗車すべく改札へ。


釧路駅
1番線ホームで発車を待つ快速「しれとこ摩周号」。


快速しれとこ摩周号
キハ54形に付けられた素敵なヘッドマーク。


釧路湿原駅
釧路駅を発車して20分も経たないうちに釧路湿原駅着。


釧路湿原駅
私を降ろしてすぐに快速「しれとこ摩周号」は発車。


釧路湿原駅
駅名標。


釧路湿原駅名所案内
名所案内。細岡展望台までは900メートル。


釧路湿原駅
駅舎に掲げる駅名板が素敵。


釧路湿原駅
駅舎と乗降ホーム。


釧路湿原駅06
木材をふんだんに使ってログハウス風に建てられた駅舎。自販機が設置されていて旅人には有難い配慮も。


釧路湿原駅
駅舎内より改札側。


釧路湿原駅掲示板
掲示板には帰りの列車を必ず確認しておくようにと注意書き。理由は公共交通機関がJRしかなく、次の帰りの列車が数時間こない場合があるから。釧路からタクシー呼んだら相当な料金がかかるだけに。


釧路湿原駅発車時刻表
発車時刻表。私は釧路湿原駅9:16発の快速「しれとこ摩周号」でここに来たので、帰りは13:14発釧路行。滞在できる時間は約4時間。


釧路湿原駅きっぷ運賃表
きっぷ運賃表。釧路駅までは440円。


釧路湿原駅
駅舎正面。


釧路湿原駅
9:41発の釧路行普通列車が到着。


釧路湿原駅
釧路湿原駅を後にして細岡展望台へ行ってみよう。


細岡展望台
10分程歩いて細岡展望台に。


細岡展望台
残念ながら天候が悪く雄阿寒岳、雌阿寒岳は望めず。


細岡展望台02
しかし、釧路川が悠々と流れる原風景の大湿原を堪能できましたよ。


岩保木水門
細岡展望台より岩保木水門。釧路川と人工河川の「新釧路川」が分岐する地点に設けられている。


細岡ビジターズラウンジ
細岡展望台から釧路湿原駅方面に戻り細岡ビジターズラウンジへ。


細岡ビジターズラウンジ
細岡ビジターズラウンジの売店で釧路湿原駅の”北の大地の入場券”を購入。
ひと休みし、まだ時間があるので隣の細岡駅まで歩いて行ってみよう。


撮影日:2020年8月6日(木)
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釧網本線 細岡駅

釧路湿原駅から網走方面の隣駅が細岡駅。駅間距離は2.4kmなので歩いて行くとなると約30分程、細岡ビジターズラウンジを出発する時間が10:40で、のんびり散策しながら歩いても11:30には間違いなく着くだろう。帰りに乗車するつもりの釧路湿原駅13:14発の釧路行列車は細岡駅通過なので、細岡駅を見学して復路を歩いて戻ってきても十分すぎる程に間に合いそう。ということで、歩いて細岡駅へ行ってみることに。

細岡駅は昭和2年(1927)釧網線(釧路駅~標茶駅間)の開通に伴い一般駅として開業、同48年(1973)貨物・荷物取扱いが廃止され、駅員配置が運転扱い要員のみとなり切符販売を簡易委託化。同59年(1984)駅員配置を取り止め、同62年(1987)簡易委託も廃止され完全な無人駅となった。平成5年(1993)現在のログハウス風駅舎に改築された。駅名の起源は「釧路川左岸に”細い岡”が連なっている」「鉄道建設の際、監督官が”細岡”という姓だった」の2説がある。釧路郡釧路町字達古武に所在し、駅名や施設、展望台に細岡という名が使われているが地名は存在しない。




中の沢踏切
細岡ビジターズラウンジから細岡駅へ向かう途中、中の沢踏切で釧網本線を渡る。


仮監峠踏切
中の沢踏切から細岡駅の間にある仮監峠踏切。


仮監峠踏切
仮監峠はここから東へ約3.5km、旧国道391号にあった峠で、この小路がそこに続いていたのだろう。今はおそらく途絶えている。


細岡駅
細岡ビジターズラウンジを発って約40分で細岡駅に着く。


細岡駅前
駅前に唯一ある建物の2軒長屋。


細岡駅前
入口や窓は塞がれ、人が住んでいる様子を感じない。


細岡駅
釧路湿原駅と同様にログハウス風の小ぢんまりとした駅舎。


細岡駅前広場
細岡駅前広場。


細岡・達古武園地案内図
駅前にある「細岡・達古武園地案内図」。釧路湿原駅ができる前はここが細岡展望台への最寄り駅だった。今は駅近くに人が住んでる気配を感じないので、カヌーステーションを利用する人が乗降するぐらいか。


細岡駅
当然ながら駅舎内もログハウス風で小ぎれい。


細岡駅思い出ノート
細岡駅思い出ノート。


細岡駅きっぷ運賃表
きっぷ運賃表。


細岡駅発車時刻表
発車時刻表。上り(網走方面)下り(釧路方面)とも1日6本の列車が停車する。


細岡駅
駅構内網走方面。


細岡駅
駅構内釧路方面。


細岡駅
駅手前で線路が軽くS字に曲がっているのは、かつて駅構内が複線だった名残り。昔は相対式ホームを有し列車交換ができた。


細岡駅
細岡駅を後に。


細岡駅
駅入口の通りに看板が立っていた。「釧路川カヌーツーリング、ウチダザリガニ釣り堀体験、シベリアンハスキー犬ぞり観光」、どれもやってみたいが一人旅だとなかなかねえ…。


北海道とうきび茶
細岡駅から30分かけて再び細岡ビジターズラウンジへ戻り、北海道とうきび茶を飲みながらしばし休憩。


釧路湿原駅
釧路湿原駅に戻り。


釧路湿原駅
駅舎は細岡駅よりこちらの方が数倍大きい。


釧路湿原駅
13:14発釧路行の”快速しれとこ摩周号”が到着。これに乗って釧路へ戻ります。


釧路駅
20分ちょっとで釧路駅着。


釧路フィッシャーマンズワーフMOO
釧路空港行きのバスが車で結構時間があったので、歩いて複合商業施設の”釧路フィッシャーマンズワーフMOO”へ。


食事処しつげん
施設内ある”食事処しつげん”で遅めの昼飯に。


食事処しつげん
釧路ラーメンのメニューを見て”しつげんラーメン”に即決。


食事処しつげん
細切りの釧路昆布が取り囲み、ホタテとネギと赤ナルトを中央に配置。見事に釧路湿原をラーメンで表現していました。タレは塩味、がっつりの時よりも飲んだ後に食べたくなるラーメンです。


釧路フィッシャーマンズワーフMOO
ラーメンを食べ終えて施設内をぶらぶら。UFOキャッチャーに水?


釧路フィッシャーマンズワーフMOO
なんと景品が生きた毛ガニ!さすが釧路です。500円玉入れてやってみたけど逃げられるW。


釧路フィッシャーマンズワーフMOO
”釧路フィッシャーマンズワーフMOO”の建物後方部。コロナ禍がなければ今頃は観光客で賑わってるんだろうなあ…。


釧路川と幣舞橋
釧路川の岸壁より幣舞橋を望み。


若蛭子丸
漁船が1隻、釧路川を遡ってきました。船名は若蛭子丸。


若蛭子丸
お疲れさまでした!私も歩いて釧路駅に戻りバスで釧路空港へ向かいます。


撮影日:2020年8月6日(木)
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抜海駅(宗谷本線) ~廃止危機にある最北の木造駅舎~

宗谷本線の終着”稚内駅”から14.4kmの2駅目、稚内市抜海村字クトネベツに所在する抜海駅。大正13年(1924)一般駅として開業、昭和59年(1984)旅客業務を取り止め無人駅となって現在に至っている。日本最北の木造駅舎は開業当初の姿を残しており、90年近くの歳月を考えれば歴史的建造物と言っても過言ではないだろう。しかし昨年(2020)3月、JR北海道が廃止方針を示す宗谷本線にある29駅のうち、沿線自治体は13駅について廃止を受け入れる方針と報じ、抜海駅はその1つに含まれ廃止の危機に直面。この報道を知った地元住民や鉄道ファンが存続を求め、稚内市が2021年度の維持管理費を負担することで存続が決まった。しかしながら2022年度以降の存続については不透明な状況で、維持管理費の負担先が決まらなければ再び廃止の危機に直面することになるだろう。




抜海駅前
駅前通りより抜海駅を望み。駅前には民家が1軒あるぐらい。


抜海駅
長年にわたり風雪に耐えてきた木造駅舎。


抜海駅
一部の壁面が改装されているが、昭和を感じさせる趣ある佇まい。


抜海駅前通り
抜海駅より駅前通り。抜海の集落はここから約2km東に行った日本海沿岸にあるので、駅前には1軒の民家があるだけ。


抜海駅
本日は上り下りとも2本の列車が運休との知らせ。午前中は列車がやってこない。


抜海駅
駅舎出入口は玄関フード室を設ける北海道仕様。フード室内にトイレの出入口が設けられている。


抜海駅
汲み取り式のトイレ。温風ヒーターで暖房中だった。


抜海駅
内玄関の扉上には正月らしい謹賀新年の飾り。


抜海駅
切符売場や手荷物扱い窓口は塞がれているが、有人駅時代の面影をよく留めている。


抜海駅
駅舎出入口。


抜海駅
かつての切符売場には駅ノートや訪問者名簿が置かれている。


抜海駅
抜海駅は1985年放映のテレビドラマ「少女に何が起こったか」のロケ地。なんと永遠のアイドル”きょんきょん”の初主演ドラマらしい。もしこんなタイトルで日曜21時のTBSでドラマがはじまったら、間違いなく見てしまうだろうなあ。


昔の芦川駅
芦川駅(2001年廃止)の写真が掲示されていた。


抜海駅
SLが走っている頃の宗谷本線と抜海駅の写真も。


抜海駅きっぷ運賃表
きっぷ運賃表。稚内駅まで340円。


抜海駅発車時刻表
発車時刻表。1日に停車する列車は上り(名寄方面)4本、下り(稚内方面)3本。しっかり計画を立てないと列車でここに来るのは難しい。


抜海駅
かつての手荷物扱い窓口は塞がれているが、手荷物置き場はしっかり残っている。


抜海駅
改札口。駅員が改札業務を行う場所に仕切り板が残っていた。


抜海駅
改札口の外は風雪を凌ぐフード室が設けられる北海道らしい構造。


抜海駅
駅構内より稚内方面。ホームが2面2線の構造であるが、今は通常運行の列車がここで行違うことはない。


抜海駅
駅構内より名寄方面。


抜海駅
ホーム側の駅舎も古き良き素敵な顔を見せています。


抜海駅
昭和を感じさせる駅名板。北海道の鉄道遺産として後世に残してほしいと強く思う。


抜海駅
名所案内には抜海岩陰住居跡(市指定文化財)と天然お花畑。雪解けの後にまた来たい。


抜海駅
名寄側ホーム端に設置される旅客通路の踏切警報機。


抜海駅
駅より名寄方面。大雪が降ったため五十嵐道踏切辺りで除雪作業をしていた。こんな光景を見ると、真冬の北海道は列車を走らせるために苦労が本当に多いと思う。


抜海駅
駅舎左隣りにある発電設備。これにて抜海駅を後に。


訪問日:2021年1月4日(月)
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抜海駅(宗谷本線) ~雪暮夜~

厳冬期を迎えた最北の地、暮れなずむ銀世界は瞬く間に闇の中へ色を失ってゆく。そんな時、最北に木造駅舎を残す抜海駅を訪ねて。




抜海駅26
静寂に包まれる暗闇の中にその存在を示すように明かりを灯す抜海駅。旧駅事務室は保線要員の詰め所として利用されており、わずかにテレビかラジオの放送音が漏れてくる。


抜海駅


抜海駅


抜海駅


抜海駅


抜海駅
今の時間は18:14なので、8分後に名寄行き普通列車がやってくるはず。


抜海駅
しかし待合所には誰もいない。


抜海駅


抜海駅


抜海駅


抜海駅


抜海駅


抜海駅


抜海駅
名寄行き普通列車が到着する時間を過ぎても列車はやって来ない。眠りにつこうとする最北の原野に、けたたましいディーゼル音が響き渡る。そんな光景を見たかった。


訪問日:2021年1月3日(日)
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勇知駅(宗谷本線) ~日本最北の貨車駅舎~

宗谷本線の終着”稚内駅”から南へ22.7km、南稚内駅と抜海駅を挟んで3駅目にあるのが勇知駅。稚内市抜海村字上勇知に所在、北海道でも北端の小さな集落にある無人駅ながら、ここが日本最北の貨車駅舎を備える駅であり、一部のコアなファンには知られた存在。大正13年(1924)天塩北線の稚内駅(現・南稚内駅) ~ 兜沼駅間が開通するに伴い一般駅として開業、昭和57年(1982)貨物取扱い廃止、同59年(1984)2月に荷物取扱いが廃止され、11月に無人化した。それから時を経ずに有人駅時代の木造駅舎が撤去されたようで、1980年代に今に見る貨車駅舎に改築された。駅名の由来となっている所在地名”勇知”の語源は、アイヌ語の「イ・オッ・イ(イオチ)」にあるとされ、訳すと「それ・多い・ところ」になり、”それ”が指すものは蛇だという。今はどうかわからないが、昔は蛇が多く生息していたのだろう。




勇知駅
日本最北の貨車駅舎、勇知駅。駅前にあるモダンな建物は上勇知診療所。


勇知駅
駅舎前には交通安全の幟がはためく。


勇知駅
シンプルなグレー外装の勇知駅。


上勇知診療所
建物が新しい上勇知診療所。きっとこんな最北の小さな集落にある診療所にも新型コロナの影響があるのだろう。


勇知駅前
勇知駅より駅前通り。


勇知駅
駅舎入口扉には列車運休のお知らせ。本日午前中は列車がやって来ない。


勇知駅
狭くて暖房もないが、なんだか温かみを感じる駅舎内。


勇知駅08
ベンチにはクッションを置き、背もたれには真心あるカバー。出入口扉には正月を祝う飾りつけをしている。地域住民の方々に愛され守られてるんだなあ。


勇知駅
駅舎隅にある箱型の装置は何?


勇知駅
箱を覗いてみると「KS7260C レインビュータ NT-E」の表記があり、おそらく降雨量を測定する装置なのだろう。駅舎内にこんなものが設置されているのは初めて見た。どういった目的で測定しているのだろう。


勇知駅
レインビュータの上に駅ノート。


勇知駅
勇知駅きっぷ運賃表。


勇知駅
勇知駅発車時刻表。1日に上り(幌延・音威子府・名寄方面)4本、下り(稚内方面)3本の列車が発着する。


勇知駅
貨車駅舎ながらトイレを設置。


勇知駅
天井にはかつてストーブが設置されていた形跡。


勇知駅
ホーム側より駅舎。


勇知駅
駅名標と駅舎。


勇知駅
勇知駅構内。かつてはどんな駅舎があり、どんな人が駅員として働いていたのだろう。そんな想像をしてしまう。


勇知郵便局
駅前通りと道道510号の交差点角にある勇知郵便局。


池内商店
郵便局向かいには池内商店。軒先に自販機や公衆電話があり、食料品や日用品を扱っている店だろうか。本日は正月休みなのかシャッターで閉ざされているが、出入口に正月飾りが掲げられていた。


訪問日:2021年1月4日(月)
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兜沼駅(宗谷本線) ~サロベツ原野にあるキャンプ場への最寄り駅~

利尻礼文サロベツ国立公園の中、サロベツ原野にある兜沼公園への最寄り駅が兜沼駅。宗谷本線終点の稚内駅から南へ4駅目、28.5km地点にあり、天塩郡豊富町字上サロベツに所在。駅名の由来はすぐ近くにある兜沼、この沼はサロベツ原野の北側にあり、兜に似た形からその名が付いた。駅前一帯に兜沼の集落が形成される。大正13年(1924)天塩北線の稚内駅(現・南稚内駅) ~ 兜沼駅間が開通するに伴い一般駅として開業、昭和57年(1982)貨物取扱い廃止、同59年(1984)2月荷物取扱いが廃止され、11月に旅客業務が廃止され無人化した。昭和63年(1988)駅舎が改築され、今に見る小ぢんまりとした駅舎になった。来年(2021年)度より地元自治体による維持管理に移行される。




兜沼駅
兜沼駅。雪景色に溶け込むような白基調の外壁が印象的。


兜沼公園案内図
駅前に設ける兜沼公園案内図。


兜沼駅
北国らしい顔を見せる駅舎。


兜沼駅
駅舎出入口扉には1/3、4の運休を知らせる貼り紙が。


兜沼駅
小ぢんまりとした駅舎内もやはり小ぢんまりとしているが、事務室が設けられている。事務室は保線要員の休憩所なのだろう。


兜沼駅
駅舎内ホーム側の出入口。正月らしく謹賀新年の飾り付けがあり。


兜沼駅
待合所の定員は4名。


兜沼駅
きっぷ運賃表。


兜沼駅
発車時刻表ときっぷ運賃表。1日に上り(幌延・音威子府・名寄方面)4本、下り(稚内方面)3本の列車が発着する。


兜沼駅
壁面には旅情を誘う素敵な水彩画。


兜沼駅
駅構内に入ればホームの向こうに氷結した兜沼が。


兜沼駅
下り稚内方面。


兜沼駅
駅名標と駅舎。


兜沼駅
1番ホームに設置する踏切警報器。2番ホームへ行くには線路上を渡らなければならないので。


兜沼駅
上り音威子府・名寄方面。


兜沼駅
駅構内より駅前方面。


兜沼駅
北国の田舎らしい駅の雰囲気がいい。


兜沼駅
名寄方面乗車口。


兜沼駅
雪解けした春に兜沼はどんな姿を見せてくれるのだろう。


兜沼駅前
兜沼駅より駅前通り


兜沼郷土資料室
兜沼集落にある兜沼郷土資料室。この建物は昭和9年(1934)建築で、旧兜沼郵便局として昭和56年(1981)まで使用された。


兜沼郵便局
兜沼郷土資料室の隣にある兜沼郵便局。


開拓記念碑
郵便局敷地内にある開拓記念碑。宗谷本線が全通する23年前の明治36年(1903)、岐阜より12戸が当地に入植して開拓がはじまり、同41年(1908)に上サロベツ郵便取扱所(現 兜沼郵便局)が設けられた。


西13線踏切
兜沼駅南東側にある西13線踏切。兜沼公園へアクセスする道に設置されている。


兜沼公園
兜沼公園への出入口。夏にはキャンプで訪れる人も多くいるのだろうが、今は降り積もった雪が訪れた人を拒んでいるかのようだ。


訪問日:2021年1月4日(月)
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プロフィール

しまむー

Author:しまむー
自称りーまんな旅人。
北海道旭川市出身。18歳で実家を出て千葉県に移り住んで約30年、2022年11月転勤をきっかけに千葉県柏市から茨城県土浦市へ引っ越し。今は茨城県民として筑波山を仰ぎ見ながら日々を過ごす。

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現在の行程

東海道 東海道を歩いてます。


1日目(2013/5/19)三条大橋→大津宿 MAP
2日目(2013/7/13)大津宿→草津宿 MAP
3日目(2013/7/14)草津宿→石部宿 MAP
4日目(2013/8/3)石部宿→水口宿 MAP
5日目(2013/8/4)水口宿→土山宿 MAP
6日目(2013/10/13)土山宿→坂下宿→関宿 MAP
7日目(2014/3/9)関宿→亀山宿→庄野宿 MAP
8日目(2014/5/3)庄野宿→石薬師宿→四日市宿 MAP
9日目(2014/5/4)四日市宿→桑名宿→七里の渡し跡 MAP
10日目(2014/6/8)七里の渡し跡→宮宿→鳴海宿 MAP
11日目(2014/11/2)鳴海宿→池鯉鮒宿 MAP
12日目(2015/4/4)池鯉鮒宿→岡崎宿 MAP
13日目(2015/5/23)岡崎宿→藤川宿 MAP
14日目(2015/7/19)藤川宿→赤坂宿→御油宿 MAP
15日目(2015/9/22)御油宿→吉田宿 MAP
16日目(2015/11/29)吉田宿→二川宿 MAP
17日目(2016/2/20)二川宿→白須賀宿→新居宿 MAP
18日目(2016/4/3)新居宿→舞坂宿→浜松宿 MAP
19日目(2016/5/6)浜松宿→見付宿 MAP
20日目(2016/5/7)見付宿→袋井宿 MAP
21日目(2016/6/25)袋井宿→掛川宿 MAP
22日目(2016/7/17)掛川宿→日坂宿→金谷宿 MAP
23日目(2016/10/8)金谷宿→島田宿 MAP
24日目(2016/10/9)島田宿→藤枝宿 MAP
25日目(2016/12/24)藤枝宿→岡部宿 MAP
26日目(2017/3/19)岡部宿→丸子宿→府中宿 MAP
27日目(2017/5/6)府中宿→江尻宿 MAP
29日目(2017/11/4)由比宿→蒲原宿 MAP
30日目(2018/2/11)蒲原宿→吉原宿 MAP

高札場
【川越街道 旅の報告】
2013年1月13日(日)
武蔵国板橋宿を発ってから…
約5ヶ月の月日をかけて、川越城本丸御殿に到着しました!
川越時の鐘
【成田街道 旅の報告】
2012年7月8日(日)
下総国新宿を発ってから…
約5ヶ月の月日をかけて、成田山新勝寺・寺台宿に到着しました!
新勝寺大本堂と三重塔
【会津西街道街道 旅の報告】 2012年1月22日(水)
下野国今市宿を発ってから…
約1年6ヶ月の月日をかけて、
会津鶴ヶ城に到着しました!
鶴ヶ城
【 水戸街道 旅の報告 】 2010年5月5日(水)
武蔵国千住宿を発ってから…
約3ヶ月の月日をかけて、
水戸の銷魂橋に到着しました!
水戸弘道館
【 日光街道 旅の報告 】 2010年1月10日(日)
江戸日本橋を発ってから…
8ヶ月の月日をかけて、
東照大権現が鎮座される
日光東照宮に到着しました!
日光東照宮陽明門
【 中山道 旅の報告 】
2008年10月13日(月)
江戸日本橋を発ってから…
1年10ヶ月もの月日をかけて、 ついに京都三条大橋に到着しました!
京都三条大橋

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