徳満駅(宗谷本線) ~縁起切符の入場券も今は昔~
利尻礼文サロベツ国立公園の中、サロベツ原野にある徳満駅。付近には広大なサロベツ原野を一望する宮の台展望台がある。宗谷本線終点の稚内駅から南へ5駅目、38.5km地点にあり、天塩郡豊富町字徳満に所在。開業は天塩線(現 宗谷本線)が全通する大正15年(1926)で、一般駅として開業した。開業当初の所在地名は福満(ふくみつ)といい、駅が開業するにあたり駅名を福満とすべきところ、富山の城端線に同音名の”福光(ふくみつ)駅”があったため、駅名を”とくみつ”に変えたという。今の地名が徳満なので、駅名に合わせて地名も変えられたということなのだろう。昭和52年(1977)貨物取扱いを廃止、同59年(1984)荷物取扱いが廃止され、旅客業務も取り止めとなって無人化した。徳を満たす”という縁起の良い駅名から、かつては記念入場券がもてはやされることもあったが、今年(2021)利用客減少により廃止予定。

1980年代に撮影した徳満駅旧駅舎。開業当時の原形を留めていたこの駅舎は平成12年(2000)に撤去、現駅舎に改築されてしまった。

サロベツ原野を縦断する国道40号から西側(日本海側)へ少しはいた所、ひっそりと佇む徳満駅。

駅前には何もなく。

物置にしか見えない待合所。

しかし、しっかりと”徳満駅”と書かれた駅名板を掲げている。

待合所の隣に簡易式のトイレがある。

駅舎内は狭いながら4席のベンチを設置。満席なら密です。

ベンチ前には雪国には必須アイテムのスノーダンプ。

窓には何ゆえか”健康十訓”。

待合所の隅に置かれていた。

徳満駅の駅ノート。

来訪者へのおもてなしを感じる待合所出入口。

平成12年(2000)に撤去された前駅舎の写真を掲げる。

小さな駅の物語。どんな小さな駅にも、そこで働いた人や利用した人の思い出があり歴史があるのです。

窓際に掲げられるきっぷ運賃表と発車時刻表。

きっぷ運賃表。

発車時刻表。1日に上り(幌延・音威子府・名寄方面)4本、下り(稚内方面)3本の列車が発着する。

名寄方面乗車口。

ホームより稚内方面。

ホームより待合所と駅前の様子。

駅名標。次駅に”かぶとぬま”が上貼りされているのは、平成13年(2001)に芦川駅が廃止されたため。”かぶとぬま”を剥がせば”あしかわ”が出てくるはず。

徳満駅構内。

駅付近には国道6号沿いに徳満会館をはじめ数軒の建物があるのみ。

駅前通りより徳満駅。

静寂の中にひっそりと明かりを灯す徳満駅。

待合所出入口に貼られた運休のお知らせ。

待合所で列車を待つ人はいない。

寒くてじっとしてられない。

列車がやって来る気配はなく、訪れる人もいない静かな夜。もうすぐこの駅は役目を終える。
訪問日:2021年1月3日(日)、4日(月)

1980年代に撮影した徳満駅旧駅舎。開業当時の原形を留めていたこの駅舎は平成12年(2000)に撤去、現駅舎に改築されてしまった。

サロベツ原野を縦断する国道40号から西側(日本海側)へ少しはいた所、ひっそりと佇む徳満駅。

駅前には何もなく。

物置にしか見えない待合所。

しかし、しっかりと”徳満駅”と書かれた駅名板を掲げている。

待合所の隣に簡易式のトイレがある。

駅舎内は狭いながら4席のベンチを設置。満席なら密です。

ベンチ前には雪国には必須アイテムのスノーダンプ。

窓には何ゆえか”健康十訓”。

待合所の隅に置かれていた。

徳満駅の駅ノート。

来訪者へのおもてなしを感じる待合所出入口。

平成12年(2000)に撤去された前駅舎の写真を掲げる。

小さな駅の物語。どんな小さな駅にも、そこで働いた人や利用した人の思い出があり歴史があるのです。

窓際に掲げられるきっぷ運賃表と発車時刻表。

きっぷ運賃表。

発車時刻表。1日に上り(幌延・音威子府・名寄方面)4本、下り(稚内方面)3本の列車が発着する。

名寄方面乗車口。

ホームより稚内方面。

ホームより待合所と駅前の様子。

駅名標。次駅に”かぶとぬま”が上貼りされているのは、平成13年(2001)に芦川駅が廃止されたため。”かぶとぬま”を剥がせば”あしかわ”が出てくるはず。

徳満駅構内。

駅付近には国道6号沿いに徳満会館をはじめ数軒の建物があるのみ。

駅前通りより徳満駅。

静寂の中にひっそりと明かりを灯す徳満駅。

待合所出入口に貼られた運休のお知らせ。

待合所で列車を待つ人はいない。

寒くてじっとしてられない。

列車がやって来る気配はなく、訪れる人もいない静かな夜。もうすぐこの駅は役目を終える。
訪問日:2021年1月3日(日)、4日(月)

スポンサーサイト