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布部駅(根室本線) ~北の国 此処に始る~

富良野駅から根室本線を新得・帯広方面へ向かって6.3km、布部駅がある。昭和56年(1981)に放映された”北の国から”の第1話で東京から北海道富良野への移住を決意した黒板五郎が、純と蛍を連れ汽車から降り立った駅がここだ。改札口で黒板一家を出迎えるのは草太兄ちゃん。奇策で軽いノリでよく喋る人ながら、どこか頼もしさを感じさせた。駅前には原作者で脚本家の倉本聰氏直筆の「北の国 此処に始る 倉本聰」と書かれた木製の看板を掲げる。

布部駅の開業は昭和2年(1927)、東京帝国大学(現 東京大学)演習林と麓郷地区の森林資源開発を目的として新駅の設置を請願したことをきっかけに一般駅として開設。昭和28年(1953)には230名程の乗車人員があったが、昭和40年代から利用客の減少に歯止めがかからず、”北の国から”が放映を始めた翌年の昭和57年(1982)、貨物・荷物取扱いと同時に旅客扱いも廃止され無人駅となった。来年(2024)3月31日の運行をもって廃止される根室本線(富良野~新得)と共に布部駅も役目を終える。




布部駅
”北の国から”の聖地のひとつ、布部駅。


布部駅
駅名に名付けられる所在地”ぬのべ”という地名の由来はアイヌ語にあり、北海道アイヌ語地名辞典によれば、「ヌム・オツ・ペ(木の実が・多い・処)」、または「ニヌム・オ・ペ(オニグルミの実が・ある・処)の2説がある。オニグルミは液汁から黒色の染料がとれ、アイヌ民族が繊維染めや魚を採る毒流しの材料に使っていたといわれる。


布部駅
駅前に設置される”ぬのべ”と”「北の国 此処に始る 倉本聰」を記す木製看板。


布部駅
駅前には立派な松が立ち象徴的存在となっている。


布部駅
駅より布部市街地へ延びる駅前通り。


布部駅
駅舎内改札口。ここで草太兄ちゃんが大きく手を振って黒板一家を出迎えた。


布部駅
改札口上にきっぷ運賃表と発車時刻表。新得・帯広・釧路方面は1日3本の普通と1本の快速列車が発着し全て東鹿越行、富良野・滝川方面は1日4本の普通列車が発着する。


布部駅
切符販売窓口の名残り。


布部駅
窓口には駅ノートこそ無かったものの”北の国から”の写真を掲げていた。


布部駅
色褪せた写真が時の流れを感じさせる。左の写真は黒板一家がここ布部駅に降り立ったときのもの。懐かしい…。


布部駅
こちらの写真は、駅前に”「北の国 此処に始る 倉本聰」を記す木製看板が設置された当時のものだろうか。


布部駅
「北の国から」パスポート VISA(査証)スタンプ。富良野市内の様々なロケ地にスタンプが設置され、聖地を巡りながらスタンプラリーを楽しめるらしい。このパスポートが欲しいなあと思った束の間。


布部駅
残念なことに「北の国から」パスポートは2021年5月16日をもって販売を終了していた。


布部駅
駅前側出入口。


布部駅
駅構内には島式ホーム1面を設ける。


布部駅
駅舎とホームを繋ぐ構内踏切。


布部駅
構内踏切より富良野方面。


布部駅
構内踏切より新得・帯広方面。駅舎とホームの間を通る2線は現在使われていないようだ。


布部駅
構内より駅舎。


布部駅
ホームの構内踏切口が滝川方面乗降口。


布部駅
ホーム構内踏切口より新得・帯広方面。


布部駅
ホーム中央に設置される駅名標。


布部駅
上写真の裏側。島式ホームの駅名標だけに両面仕様。釧路方面乗降口の標識は文字が判別しがたい。


布部駅
ホームより富良野方面。


布部駅
駅舎隣には開駅当時そのままではないかと思うほどに古い物置らしき小屋を残す。


布部駅
富良野側ホーム端の駅名標。


布部駅
新得・帯広方面のホーム端より同方面。


布部駅
残された時間はあと1年、再訪を期して布部駅を後に。


訪問日:2023年4月1日(土)
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山部駅(根室本線) ~富良野盆地南端、山部の開拓を支えた駅~

角川日本地名大辞典に「地名の由来はアイヌ語のヤムぺ(冷たい川)による(北海道駅名の起源)」と記される富良野市の山部地区。富良野盆地南端部、空知川流域の山間に位置し、東西南を囲む大雪山系と夕張山系の山脈から流れ出す清水は夏場であっても冷たいはずで、地名の由来となったアイヌ語の意味も理解できよう。北海道探査の先駆者、松浦武四郎は江戸末期に記した「丁巳日誌」に”ヤマイ”という地名を書き残している。

山部駅のはじまりは明治33年(1900)北海道官設鉄道十勝線(旭川~鹿越)に開設された信号停車場。同34年(1901)札幌農学校(後の北海道大学)の農場開発計画により3戸が入植、山部の開拓がはじまり信号停車場は一般駅に改められ貨物や旅客扱いを開始し、同41年(1908)には406戸もの入植者を数えた。大正4年(1915)山部村が成立、当時の戸数は685戸で人口4618人。昭和40年(1965)町制施行により山部町となるも翌年(1966)富良野市と合併した。山部駅は昭和40年代から過疎化の進行とモータリゼーションから斜陽の時代を迎え、当時の記録で1日約580人あった乗車人員が減少傾向となり、昭和59年(1984)貨物取扱い廃止、翌年(1985)に荷物取扱いが廃止され、さらに翌年(1986)駅員無配置となり切符販売を簡易委託する。

昭和63年(1988)現駅舎に改築。平成4年(1992)には乗車人員が157人まで減少し、同6年(1994)簡易委託も廃止される。同28年(2016)8月に北海道に大雨をもたらした台風10号の被害により富良野駅~音別駅間で橋梁流失や土砂流入が相次いで不通となり、東鹿越駅~新得駅間は復旧されることなく代行バスの運行を開始。これが利用者減少に拍車をかけJR北海道の調査によれば平成29年(2017)~令和3年(2022)にかけて山部駅の乗車人員1日平均は20人にまで減少。ついには来年(2024)3月31日の運行をもって根室本線(富良野駅~新得駅間)の廃止が決まり、これに伴い山部駅は消える。




山部駅
昭和63年(1988)に駅舎を改築した山部駅。


山部駅
周辺の景観に馴染む山小屋風の素敵な駅舎。


山部駅前
駅舎より駅前通り(道道544号麓郷山部停車場線)。


旅館やまべ
駅前の国道237号の交差点角で営業する”旅館やまべ”。駅前旅館は旅人を温かく迎え、そして旅立ちを温かく見送る存在。線路と共に駅が消えても旅館は無くらないでほしい。


旅館やまべ
”旅館やまべ”前、駅前通りの中央分離帯には「世界連邦平和都市宣言 北海道発祥地・山部」を宣言するタワー。


山部駅
山部駅の駅舎内に。


山部駅
駅前側の出入口。


山部駅
ホーム側の出入口。


山部駅
ホーム側出入口横に掲示する発車時刻表と普通運賃表。


山部駅
簡易委託駅時代の名残りを感じる切符売場。


山部駅
切符売場の窓口には記念写真。いつなのかわからないが、ここで盛大なハロウィンパーティーが開かれたようだ。


山部駅
駅舎を出てホームに。”滝川方面ワンマンカー乗車口”と”ワンマン乗車口釧路方面”の標識が並ぶ。


山部駅
構内側の駅舎。


山部駅
駅舎横、ホーム沿いに並ぶ倉庫らしきレトロな建物。


山部駅
板張りとレンガ造り。


山部駅
名所案内にある東大樹木園は東京大学北海道演習林の一部を富良野市が借り受け一般公開、5月中旬にはエゾヤマザクラが咲き誇る。


山部駅
駅舎隣接の1番ホームより2番ホームを望む。


山部駅
1番ホームと2番ホームを繋ぐ構内踏切。


山部駅
2番ホームの滝川方面ワンマン乗降口。


山部駅
2番ホームより富良野・滝川方面。


山部駅
2番ホームの駅名標と名所案内。


山部駅
14:28発東鹿越行が1番ホームへ入線。


山部駅
降車する客は無く2名が乗車。


山部駅
定刻通りに列車は発車し。


山部駅
誰もいなくなった駅は再び静けさを取り戻す。今夏に再びここを列車で訪ねよう。


訪問日:2023年4月1日(土)
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下金山駅(根室本線) ~かつて地域の林業を支えた駅~

山部駅から新得・帯広方面へ向かって8km、空知郡南富良野町字下金山に所在する下金山駅。富良野盆地の最南端、大雪山系と夕張山系を繋ぐ山脈を空知川が貫き、その上流側の小さな平地部に下金山の集落が形成される。角川日本地名大辞典によれば『地名は砂金が豊富に採取された金山の下手に位置することによる。なお、江戸期の松浦武四郎「丁巳日誌」に「トナシベ」が見える。明治39年植民区画が測設され、清水農場が開設されて開拓が始まる。同40年には37戸の小作人が入植。同41年下金山簡易教育所設置。開拓期の主要な作物はキビ・ジャガイモ・裸麦・ダイズ・アズキなど。』と記す。

清水農場が開設されてから7年後の大正2年(1913)、一般駅として下金山駅が開業する。山部村西達布の農産物集積地となって駅周辺に市街を形成、同9年(1920)には西達布へ至る森林軌道(通称西達布本線)が敷設され木材の集積地として賑わいを見せ、昭和5年(1930)下金山木工場が開業して林業の隆盛と共に市街は発展した。同14年(1939)下金山駅が200m滝川寄りに移転し駅舎改築、同30年(1955)下金山中学校が開校、昭和32年(1957)当時の世帯数と人口は251戸・1388人を数えた。

昭和40年(1965)製材需要の減少から下金山木工場閉鎖、過疎化が加速して同50年(1975)には144戸・513人まで減少。同57年(1982)下金山駅は貨物・荷物取扱いを廃止すると共に旅客業務も廃止して無人駅となり、その翌年(1983)現駅舎に改築した。JR北海道が公表した駅別乗車人員(H29~R3の5年平均)によれば下金山駅の乗車人員は3.8人。来年(2024)3月31日の運行をもって廃止される根室本線(富良野駅~新得駅間)と運命を共にして廃駅となる。




下金山駅
かつて農産物や製材の集散場として賑わいをみせた下金山駅。


下金山駅前
駅前に設けられた小さなロータリーが往時を偲ぶ。


下金山駅
山間の田舎にあって洒落たこの駅舎は昭和58年(1983)に建て替えられた。


下金山駅
駅舎の大きさに反して待合室は意外に狭い。


下金山駅
隣駅の山部駅と同じく無人駅となって後に改築された駅舎ながら切符販売窓口を設ける。無人化後に切符販売が簡易委託されていたのだろう。


下金山駅
現在は富良野駅が管理。


下金山駅
窓口上に掲げる発車時刻表と普通運賃表。


下金山駅
窓越しに望む駅構内。


下金山駅
駅舎と島式ホームの間が大きく離れているのはかつて線路が敷かれていた名残り。


下金山駅
駅舎横にある板張りの相当古そうな小屋。移転当時に建てられたものだろうか。利用目的は不明。


下金山駅
ホーム端の出入口より駅舎。旅客は駅舎からこの砂利道を歩いてホームへ上がり列車に乗車する。


下金山駅
ホーム上ではここが”しもかなやま”であることをアピール。


下金山駅
劣化気味の駅名標。


下金山駅
駅名標と駅舎。


下金山駅
ホームより新得・帯広方面。


下金山駅
かつてホームと駅舎の間に分岐した線路が本線から途切れながらも残されている。


下金山駅
ホームより富良野方面。


下金山駅
駅構内を一通り歩いて駅舎に戻り。


下金山駅前
次は夏に車窓からこの景色を眺めよう。


訪問日:2023年4月1日(土)
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プロフィール

しまむー

Author:しまむー
自称りーまんな旅人。
北海道旭川市出身。18歳で実家を出て千葉県に移り住んで約30年、2022年11月転勤をきっかけに千葉県柏市から茨城県土浦市へ引っ越し。今は茨城県民として筑波山を仰ぎ見ながら日々を過ごす。

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