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上名寄駅跡・矢文駅跡・岐阜橋駅跡(名寄本線) ~2023夏~



名寄本線起点の名寄駅から2駅目にあった上名寄駅。一つ手前の中名寄駅は名寄市に所在したが、当駅は上川郡下川町に所在した。下川町西部に位置する上名寄地区は中央を名寄川が横断して流れ沖積平野を形成、フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』「下川町」によれば、「1901年(明治34年)岐阜県郡上郡高鷲村および北濃村(いずれも現郡上市)から25戸の開拓団が名寄原野16線~19線に集団移住する(開拓元年)。」とあり、下川町で最も早く開拓が始まった地域である。

上名寄地区には12線に上名寄駅、16線に矢文駅、19線に岐阜橋駅の3駅があり、中でも大正8年(1919)名寄線名寄~下川間開通に伴い上名寄駅が開業したことで、鉄道輸送による木材搬出が盛んとなり駅周辺に市街を形成、木工場や澱粉工場などが建設され賑わいをみせた。斜陽の時代を迎えて昭和35年(1960)貨物取扱い廃止、同53年(1978)荷物取扱い廃止に併せて旅客取扱いが廃止され無人駅となり、平成元年(1989)名寄本線の全線廃止に伴い廃駅となる。

空中写真_下川_USA-R327-LR-26_1948(昭23)02
空中写真データ:国土地理院 整理番号下川_USA-R327-LR-26_を基に作成
昭和23年(1948)撮影、上名寄駅周辺の空中写真。駅の裏手と西側に広大な敷地を持った土場が見え、木材が山積みになっているのだろう。駅舎から国道に向かって駅前通りが延び、国道沿い南側には家が建ち並び市街が形成されている。


空中写真_名寄_CHO7712-C14-30_1977(昭52)03
空中写真データ:国土地理院 整理番号名寄_CHO7712-C14-30_を基に作成
昭和52年(1977)撮影、上名寄駅周辺の空中写真。無人駅になる1年前に撮影されたもの。千鳥式に配された相対式ホームと駅舎が見えるが、かつて駅裏手と西側にあった土場は消え失せている。市街東側の国道は新道に付替えられているが、わずかに旧道の路盤が確認できる。


中線跨線橋01
名寄本線(中名寄~上名寄)跡より上名寄方面、中線跨線橋を望む。


中線跨線橋02
中名寄駅と上名寄駅の中間地点に位置する中線跨線橋。上を跨ぐのは国道239号。


中線跨線橋03
中線跨線橋下より中名寄方面。


中線跨線橋04
中線跨線橋下より上名寄方面。


上名寄駅跡01
駅跡前の国道沿いにある上名寄12線バス停留所。


上名寄駅跡02
上名寄駅跡を示す駅名標のレプリカ。


上名寄駅跡03
裏面には沿革が記される。訪れた人にとってこういった配慮は有難い。


上名寄駅跡09
駅跡前、バス停留所の裏手には新しい下川町新規就農促進住宅。農業後継者の定住を目的として平成29年度に建てられた。


上名寄駅跡13
上名寄12線バス停留所と下川町新規就農促進住宅。


上名寄駅跡05
停留所待合室内。


上名寄駅跡06
ベンチにはお洒落な市松模様のマットが敷かれていた。


上名寄駅跡04
駅跡前より国道239号下川方面。店は無いが自販機を置く建物があり、奥左手に上名寄郵便局がある。


上名寄駅跡07
駅跡前より国道239号名寄方面。かつての賑わいを想像するには難しい現況。


上名寄駅跡12
停留所裏手。駅跡や駅前通りは野っ原と化し遺構は何も残っていない。


上名寄駅跡11
駅跡より下川方面。


上名寄駅跡10
駅跡より名寄方面。かつて広大な敷地を有した土場は見る影もない。


大正8年(1919)名寄~下川間が開通してから37年後、昭和31年(1956)16線に矢文仮乗降場が設けられ、同34年(1959)駅に昇格。単式ホーム1面1線を有するだけの無人駅だった。駅から約600m(徒歩8分)の場所に上名寄小学校(2003年廃校)があった。

空中写真_名寄_CHO7712-C14-32_1977(昭52)03
空中写真データ:国土地理院 整理番号名寄_CHO7712-C14-30_を基に作成
昭和52年(1977)撮影、矢文駅周辺の空中写真。16線道路の踏切から名寄方に向いて線路右側に単式ホームを設けていた。待合所は無い。


矢文駅跡03
国道より南へ延びる16線道路。かつては右手奥の畑になっている辺りにホームが見えていたはず。


矢文駅跡01
16線道路の踏切跡より名寄方面。路盤跡は農道と化し右側にあったはずの駅は農地となり跡形もない。


矢文駅跡02
踏切跡より下川方面。


矢文駅跡04
踏切跡より16線道路国道方面。


上名寄神社
16線道路の南端にある上名寄神社。立入禁止となっていて社殿を見ることができず。もうここには神様が鎮座されていないのだろうか。


昭和31年(1956)矢文駅と共に開業した岐阜橋駅。仮乗降場として19線に設けられ、同34年(1959)駅に昇格。駅名の由来は19線道路の名寄川に架けられた岐阜橋にある。この橋名は明治期に入植した岐阜の開拓団が名付けたものといい、現在の永久橋に引き継がれている。

空中写真_名寄_CHO7712-C15-33_1977(昭52)03
空中写真データ:国土地理院 整理番号名寄_CHO7712-C15-33_を基に作成
昭和52年(1977)撮影、岐阜橋駅周辺の空中写真。19線道路の踏切から下川方に向いて線路左側に単式ホームを設けていた。ホーム入口付近に待合所がみえる。


19線道路
19線道路南端より北方に延びる同道路。途中の道路右脇に岐阜橋駅、約1.0km先に名寄川が流れ岐阜橋が架かる。


岐阜橋駅跡01
19線道路の踏切跡より下川方面。倉庫手前辺りが岐阜橋駅跡。ホームや待合所は跡形なく消失している。


岐阜橋駅跡02
岐阜橋駅跡付近より名寄方面の路盤跡。


岐阜橋駅跡03
国道付近より19線道路。かつては左手に岐阜橋駅が見えていたはずだ。


訪問日:2023年8月15日(火)
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しまむー

Author:しまむー
自称りーまんな旅人。
北海道旭川市出身。18歳で実家を出て千葉県に移り住んで約30年、2022年11月転勤をきっかけに千葉県柏市から茨城県土浦市へ引っ越し。今は茨城県民として筑波山を仰ぎ見ながら日々を過ごす。

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