fc2ブログ

下川駅跡(名寄本線) ~2023夏~



スキージャンプ界のレジェンド葛西紀明を生んだ町、下川。町内のスキー場には幾多の名選手を輩出してきたジャンプ台が設置される。現在は人口約3千人の小さな町であるが、大正15年(1926)珊瑠鉱山が操業を開始し金や銀を産出、昭和16年(1941)には下川鉱山が操業を開始して銅・亜鉛を産出し、林業の発展も相まって同35年(1960)には1万5千人を超える人口を有していた。しかし栄華は長く続かない。昭和58年(1983)下川鉱山が休山、同61年(1986) 珊瑠鉱山が休山して人口が激減、更には平成元年(1989)交通インフラの要だった名寄本線が廃止され、過疎化が進む。

下川駅は大正8年(1919)名寄線名寄~下川駅間開通に伴い終着の一般駅として開業、翌年(1920)に上興部まで延伸開通しその中間駅となった。昭和9年(1934)珊瑠森林鉄道(1956年廃止)が開業、同17年(1942)中名寄森林鉄道(1959年廃止)が開業して木材集散地として駅は賑わいをみせ、町と共に駅も全盛を迎える。しかし1960年代から始まったモータリゼーションの進展と過疎化の進行から利用者は減少の一途を辿り、昭和57年(1982)貨物取扱い廃止、同62年(1987)荷物取扱い廃止、平成元年(1989)ついには名寄本線が全線廃止という運命を辿る。

空中写真_下川_USA-R327-45_1948(昭23)04
空中写真データ:国土地理院 整理番号下川_USA-R327-45_を基に作成
昭和23年(1948)撮影、下川駅周辺の空中写真。駅北側と南側に広大な土場があり山積みの木材で埋め尽くされている。北側土場には珊瑠森林鉄道、南側土場には中名寄森林鉄道を引き込んで盛んに木材が集めれられ、下川駅から鉄道輸送により搬出していた。

空中写真_名寄_CHO7712-C15-36_1977(昭52)03
空中写真データ:国土地理院 整理番号名寄_CHO7712-C15-36_を基に作成
昭和52年(1977)撮影、下川駅周辺の空中写真。森林鉄道が廃止されて20年近く経ち、広大な敷地を持っていた土場は一部が宅地化され、保管される木材もかなり減っている。木材需要が減り鉄道輸送も下火となっていることをうかがう。


下川駅跡01
ここが下川駅跡。かつては写真中央の交差点手前辺りに駅舎を構えていた。


鉄道記念碑
駅跡前、平成5年(1993)下川町により建立された鉄道記念碑。名寄本線の沿革を刻む。


まちおこしセンター「コモレビ」
駅跡前にある”まちおこしセンター「コモレビ」”。


下川駅跡04
駅跡より南側、下川町スキー場へ延びる道路。かつての土場は完全に消え失せている。


下川駅跡02
駅跡より興部方面。線路跡はふるさと道路に整備された。


下川駅跡03
駅跡より名寄方面。


にぎわいの広場01
駅跡より少し名寄側、にぎわいの広場に静態保存されるキハ22形気動車2両。


にぎわいの広場03
ここに保存される2両は昭和40年(1965)製造、北海道内を駆け巡り名寄本線の廃止と共に廃車となった。


にぎわいの広場04
下川行の行先プレート。


にぎわいの広場05
下川の短く暑い夏空の下、朱色の車体が映える。


にぎわいの広場06
今にも下川駅へ入線していきそうな光景だ。


にぎわいの広場07
ひと気が無く少々寂しい”にぎわいの広場”。


にぎわいの広場08
”にぎわいの広場”より下川町スキー場のジャンプ台。シーズンになれば未来のオリンピック選手が練習に励むのだろう。


下川町バスターミナル
駅跡前にある下川町バスターミナル合同センター。


下川町バスターミナル02
下川町バスターミナル合同センターに設けられる鉄道記念ホール。


下川町バスターミナル03
鉄道記念ホールでは下川駅をはじめ名寄本線に関連する資料を展示する。以下、展示写真をピックアップして紹介。


下川駅_下川バスターミナル_01
下川駅廃止年の平成元年(1989)に撮影、駅員のみなさん。


下川駅_下川バスターミナル_02
昭和55年(1980)撮影の下川駅。


下川駅_下川バスターミナル_03
薄く雪化粧された夕暮れ時の下川駅。初雪が長く寒い冬の到来を告げる中、降車客が足早に構内踏切を渡る。自分の部屋に飾りたいぐらいにすごく素敵な写真だ。


下川駅裏土場風景_S40年_鉄道記念ホール
昭和40年(1965)撮影、下川駅裏の土場。木材が山積みされる往時の貴重な写真。


下川町バスターミナル04
漫才師”おぼんこぼん”のサイン色紙。平成9年(1997)下川に訪れたらしい。「水曜日のダウンタウン」で仲直り企画をずっと見てきただけに、思わず目が留まってしまった。


下川町バスターミナル05
定期券や切符の展示。名寄本線を使い下川から名寄へ通っていた高校生は結構いたのだろうな。


下川町バスターミナル06
これからも忘れません!名寄本線。


下川町バスターミナル07
上名寄跨線橋のプレート。上名寄跨線橋は上名寄~矢文間の中間、国道239号と名寄本線の交差点に架けられていた。国道の整備により跨線橋が撤去され、取り外したプレートを展示している。


下川町バスターミナル08
下川駅に代わり今はここがまちの玄関口である。


訪問日:2023年8月15日(火)
FC2ブログランキング
関連記事
スポンサーサイト



テーマ : 北海道
ジャンル : 旅行

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

しまむー

Author:しまむー
自称りーまんな旅人。
北海道旭川市出身。18歳で実家を出て千葉県に移り住んで約30年、2022年11月転勤をきっかけに千葉県柏市から茨城県土浦市へ引っ越し。今は茨城県民として筑波山を仰ぎ見ながら日々を過ごす。

カレンダー
02 | 2024/03 | 04
- - - - - 1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
31 - - - - - -
高札場
【川越街道 旅の報告】
2013年1月13日(日)
武蔵国板橋宿を発ってから…
約5ヶ月の月日をかけて、川越城本丸御殿に到着しました!
川越時の鐘
【成田街道 旅の報告】
2012年7月8日(日)
下総国新宿を発ってから…
約5ヶ月の月日をかけて、成田山新勝寺・寺台宿に到着しました!
新勝寺大本堂と三重塔
【会津西街道街道 旅の報告】 2012年1月22日(水)
下野国今市宿を発ってから…
約1年6ヶ月の月日をかけて、
会津鶴ヶ城に到着しました!
鶴ヶ城
【 水戸街道 旅の報告 】 2010年5月5日(水)
武蔵国千住宿を発ってから…
約3ヶ月の月日をかけて、
水戸の銷魂橋に到着しました!
水戸弘道館
【 日光街道 旅の報告 】 2010年1月10日(日)
江戸日本橋を発ってから…
8ヶ月の月日をかけて、
東照大権現が鎮座される
日光東照宮に到着しました!
日光東照宮陽明門
【 中山道 旅の報告 】
2008年10月13日(月)
江戸日本橋を発ってから…
1年10ヶ月もの月日をかけて、 ついに京都三条大橋に到着しました!
京都三条大橋

応援のコメントありがとうございました。(^人^)感謝♪
最近の記事
カテゴリー
最近のコメント
データ取得中...
月別アーカイブ
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

お気に入りブログ
ブログ内検索
QRコード
QRコード
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

FC2カウンター