十三峠越え②

槙ケ根の追分からは上りの坂道。坂の頂は祝峠と呼ばれ付近に姫御殿跡と子持ちの松跡、すぐ先に首なし地蔵という少々穏やかではない地蔵がある。石畳の乱れ坂を下り、乱れ橋を渡る。四ツ谷の集落へ入れば道はお継原坂の緩やかな上りに。


十三峠旧道・祝峠への上り
槙ケ根の追分から祝峠へ向かう上りの旧道。


祝峠の馬頭観音
坂の途中にある馬頭観音。


姫御殿跡
坂を上りきると旧道を見下ろす高台に姫御殿跡があり、ここを祝峠と呼ぶ。付近に松かさ(松の子)を多くつける子持松という大木があり、枝越しに馬籠(孫目)が見えることから、子と孫が続いて縁起が良いとされてきた。縁起もさることながら眺望も良かったので、文化元年(1804年)十二代将軍家慶に嫁いだ楽宮(さぎのみや)や文久元年(1861年)和宮の下向による通行の際、仮御殿を建て御休所となった。


子持松跡
子持松跡付近の旧中山道。写真左手が子持松の跡で、現在は何代目かの松の若木が立っている。奥に姫御殿のある祝峠。


首なし地蔵
首なし地蔵は宝暦6年(1756年)に地元住民によって旅行者の安全を願って建立された。もちろん当初は首が付いていたのだが、無くなってしまった理由についてこんな話が伝わる。説明板より抜粋して紹介。

『昔、二人の中間(ちゅうげん)がここを通りかかった。夏のことで汗だくであった。「少し休もうか」と松の木陰で休んでいるうちにいつの間にか二人は眠ってしまった。しばらくして一人が目覚めてみると、もう一人は首を切られて死んでいた。びっくりしてあたりを見回したがそれらしき犯人は見あたらなかった。怒った中間は「黙って見ているとはなにごとだ!」と腰の刀で地蔵様の首を切り落としてしまった。』

中間とは武家に奉公する士分の者のこと。言われなき難癖をつけられたうえ、首を刎ねられるとは何とも可哀想な地蔵様である。私と同じような思いだったのか、首を付けようと何人かの人が試みたというが、現在も見ての通りである。


「中山道みだれ坂」の石碑
「中山道みだれ坂」の石碑。ここから乱れ坂の下り。


下座切場跡
坂の途中にある下座切場跡。街道を通行する要人を村役人が土下座で迎えたところ。


乱れ坂の石畳
乱れ坂の石畳。乱れ坂は「みたらし坂」「祝い上げ坂」とも呼ばれる急勾配の坂道。そのため大名行列が乱れ、旅人の息が乱れ、女人の裾も乱れるほどだったので、「乱れ坂」の名が付いたという。


乱れ川と乱れ橋
乱れ坂を下りきったところに流れるのが、これまた乱れ川といわれた小さな川。今は静かな流れだが、昔は石も流れるほどの急流だったという。宝暦年間(1751~1763年)飛脚たちが出資して土橋が 架けられ、「乱れ橋」とも「祝橋」とも呼ばれた。有料で通行させた頃もあったという。


お継原坂
お継原坂の緩やかな上りにさしかかれば、街道筋は四ツ谷集落の家並み。中山道四ツ谷休憩所の先、ぎふ建築住宅センター前に貴重な自動販売機があるので、ここで喉を潤そう。


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首なし地蔵のお話面白く拝見しました。
鎌倉の百八やぐらなどでも多くの石像は首がありません。
それは、明治の頃、博徒が石像の首を着物の袂に入れてばくちをすると縁起が良いと信じて、取ってしまったのだとか。

新緑の頃歩いてみたいコースです。

はじめまして。
すてきなブログですね。
本当に街道をトコトコと歩いているのですか?
すごい! i-230 
がんばって下さい。

しまむーさん、こんばんは

>首なし地蔵は宝暦6年(1756年)・・・

知ってるつもりでも、まだまだ知らないことばかりなので勉強になります。。猛省。。(^^ゞ

また、是非、お立ち寄りください
お待ちいたしております。。

今日も応援のポチッさせていただきます

ピンピンシニア さん、こんばんは。
首の無い地蔵は鎌倉にもあるのですね。その首が博徒の験担ぎに使われたいたとは、お地蔵さんも迷惑な話だったことでしょう。

話はそれますが、東京の両国にねずみ小僧の墓があり、この墓石を持っているとやはり博打に勝てるということで、墓がすっかり削り取られているなんてことを聞いたことがあります。
昔から最後の頼みは神様、仏様ということなんでしょうか・・・。

くじらさん、はじめまして。
そう、トコトコのんびりと中山道を歩き始めてから1年以上が過ぎました。
ようやく京の都が見えてきた感じです。
そろそろ桜の季節、新緑を迎えるウォーキングには絶好の時期に京都へ着けそうです。

happyさん、いつも応援のポチっ有難うございます。
私も知らないことばかりの中、歩きながら勉強させられています。
やはり中山道は歴史のある道なんだなぁ・・・と実感しますね。

度々happyさんのブログを読ませていただいています。私も普段は一サラリーマン、こういう話は勉強になります。
プロフィール

しまむー

Author:しまむー
自称りーまんな旅人。
千葉県在住。

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8日目(2014/5/3)庄野宿→石薬師宿→四日市宿 MAP
9日目(2014/5/4)四日市宿→桑名宿→七里の渡し跡 MAP
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