物見峠越え②

物見峠から先は謡(うとう)坂の下り。案内板に坂の名の由来が書かれていたのでそのまま引用する。『この辺りの上り坂がとても急なため、旅人たちが自ら歌を唄い苦しさを紛らわしたことから、「うたうさか」と呼ばれていたのが次第に転じ、「うとうざか=謡坂」になったのだともいわれています。』

しかし、江戸方からは鼻歌交じりに歩く軽快な下り坂。逆にここを上ってくる旅人には重宝されたのであろう唄清水や一呑の清水、地蔵の清水の名水が今も水脈を残している。十本木立場跡や石畳など、中山道の風情を色濃く残す謡坂を紹介。


謡坂上
物見峠から先は謡(うとう)坂の下りがはじまる。


唄清水 謡坂
唄清水と呼ばれる湧水が今も水脈を残している。昔は旅人の喉を潤し憩いの場を提供したのであろうが、現在は生水での飲用はしないようにと、立て看板で注意喚起されている悲しい現実が。旧謡坂村を知行地としていた尾張藩千村氏の千村平右衛門源征重(五歩)がこの清水を歌に詠んだことにちなみ、唄清水と呼ばれるようになった。

馬子唄の 響きに波たつ 清水かな



謡坂
竹林の中を抜け謡坂の集落へ。


謡坂の集落 謡坂の集落
謡坂の集落では「中山道謡坂 竹炭」の看板を置く家が目を引く。


一呑清水
謡坂の集落を過ぎて広い県道に合流にすると、左手路傍に一呑の清水が湧く。この清水は皇女和宮が通行の際、賞味し称えたと伝わる名水。やはり生水での飲用はできないとのこと。


十本木立場跡
十本木立場跡入口付近。県道から左の小径に続く旧道へ入ると、十本木立場跡である。宝暦5年(1756年)刊行の「岐蘇路安見絵図」に記載が見られる古くからあった立場で、10本の松並木があったことから十本木の名が付けられた。現在その由来となった松の形跡はない。


地蔵の清水
泉のほとりに地蔵が置かれている地蔵の清水。この清水も昔は飲用されていたのであろうが、これも生水では飲用できないのだろう。この周辺には多くの湧水があったことを伺い知るだけである。


謡坂一里塚跡
江戸日本橋から94里目(約369km)にあたる謡坂一里塚。現在の塚は昭和48年(1973年)に地元有志の手で復元されたもの。十本木立場はこの一里塚を中心に形成されていた。


洗い場跡
立場当時、共同の洗い場だったという池が残されている。このような水場が残されているのも珍しい。昔はここで茶碗や皿を洗っていたのでしょう。


十本木立場跡 木曽街道六拾九次之内 御嶽
広重の浮世絵、木曽街道六十九次の御嵩はここ十本木立場をモデルに描いたといわれる。浮世絵は木賃宿と街道筋の様子を描写しており、ここに立って見比べてみると、なるほどと思わせる。そのポイントを似たようなアングルで撮影してみたが、案内板の所に大木が立っていれば完璧であろう。その写真と浮世絵を並べてみたが、どう思います?


十本木立場跡にて
浮世絵の木賃宿跡らしき場所に建つ家には、観光名所でよく見かけるこんなものまでが・・・。


謡坂石畳
十本木立場跡から先は謡坂石畳の下りである。旧街道には石畳がよく似合う。


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非公開コメント

浮世絵と現在残っている建造物。
絵の家の構造がとてもよく似ています。
その当時の家ではないにしても、雰囲気はとてもよく出ています。
日本橋から約370Km。
休日だけで歩かれていることに本当に頭が下がります。
私もたまに小田原まで歩きますが、歩くことによって、本当の「道」がわかるんだと思います。

こんにちは。

せっかくの清水なのに残念ですね。
やはり農薬その他の影響でしょうか。

山の中に行くと喉を潤してくれる湧き水の甘さが
なんともいえませんもの。

雰囲気出てますね。
見比べると当時の雰囲気がよくわかります。
今は余計なものがあるのでしょうけどこうやって見ると当時が
しのばれます。

私はここで歴史や地理の勉強をさせて頂いております。
情けないことに歴史も地理もまるっきり駄目なんです。(><)

ピンピンシニアさん、コメント有難うございます。
一里塚は用なしになってしまった明治以降、ほとんどが取り壊されてしまいましたが、中山道中には当時の姿を残しているものもあります。鴨之巣一里塚もその一つですが、このように塚がズレているのは珍しいとのこと。私も一里塚は街道左右に対をなして並んでいるものと思っていました。何らかの理由があるんでしょうが、それはわかりません。

広重の浮世絵御嵩のモデルとなったといわれる場所は、実際にそこに立ってみると浮世絵の世界が蘇えるような雰囲気がありました。立場に木賃宿があったのかという疑問はありますが・・・

ピンピンシニアさんは小田原近郊にお住まいということは、東海道ですね。
いつか、京都から江戸へ向けて東海道を歩いてみたいです。

シェイドさん、こんばんは。
昔の名水も生水では飲まないようにと注意書きがあったのには残念です。信濃・木曽辺りの山中では冷たい湧水で喉を潤すこともあったのですが、美濃路ではやはり人里が近いというとこともあり、飲料には適さないようです。ただ、その水を見ても飲む気にはなりませんでしたがね。

このブログで歴史や地理に興味をもっていただけるのなら、本当に嬉しいことです。ゴールの京都までもう少しですが、できるだけ見聞きして、歴史ある中山道の様子を紹介できるよう励みます。
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しまむー

Author:しまむー
自称りーまんな旅人。
千葉県在住。

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東海道 東海道を歩いてます。


1日目(2013/5/19)三条大橋→大津宿 MAP
2日目(2013/7/13)大津宿→草津宿 MAP
3日目(2013/7/14)草津宿→石部宿 MAP
4日目(2013/8/3)石部宿→水口宿 MAP
5日目(2013/8/4)水口宿→土山宿 MAP
6日目(2013/10/13)土山宿→坂下宿→関宿 MAP
7日目(2014/3/9)関宿→亀山宿→庄野宿 MAP
8日目(2014/5/3)庄野宿→石薬師宿→四日市宿 MAP
9日目(2014/5/4)四日市宿→桑名宿→七里の渡し跡 MAP
10日目(2014/6/8)七里の渡し跡→宮宿→鳴海宿 MAP
11日目(2014/11/2)鳴海宿→池鯉鮒宿 MAP
12日目(2015/4/4)池鯉鮒宿→岡崎宿 MAP
13日目(2015/5/23)岡崎宿→藤川宿 MAP
14日目(2015/7/19)藤川宿→赤坂宿→御油宿 MAP
15日目(2015/9/22)御油宿→吉田宿 MAP
16日目(2015/11/29)吉田宿→二川宿 MAP
17日目(2016/2/20)二川宿→白須賀宿→新居宿 MAP
18日目(2016/4/3)新居宿→舞坂宿→浜松宿 MAP
19日目(2016/5/6)浜松宿→見付宿 MAP
20日目(2016/5/7)見付宿→袋井宿 MAP
21日目(2016/6/25)袋井宿→掛川宿 MAP
22日目(2016/7/17)掛川宿→日坂宿→金谷宿 MAP
23日目(2016/10/8)金谷宿→島田宿 MAP

高札場
【川越街道 旅の報告】
2013年1月13日(日)
武蔵国板橋宿を発ってから…
約5ヶ月の月日をかけて、川越城本丸御殿に到着しました!
川越時の鐘
【成田街道 旅の報告】
2012年7月8日(日)
下総国新宿を発ってから…
約5ヶ月の月日をかけて、成田山新勝寺・寺台宿に到着しました!
新勝寺大本堂と三重塔
【会津西街道街道 旅の報告】 2012年1月22日(水)
下野国今市宿を発ってから…
約1年6ヶ月の月日をかけて、
会津鶴ヶ城に到着しました!
鶴ヶ城
【 水戸街道 旅の報告 】 2010年5月5日(水)
武蔵国千住宿を発ってから…
約3ヶ月の月日をかけて、
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水戸弘道館
【 日光街道 旅の報告 】 2010年1月10日(日)
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8ヶ月の月日をかけて、
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日光東照宮に到着しました!
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【 中山道 旅の報告 】
2008年10月13日(月)
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1年10ヶ月もの月日をかけて、 ついに京都三条大橋に到着しました!
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