垂井宿

【第37日目】2008年5月24日(土) 垂井宿→関ヶ原宿



前回の歩き旅から約2ヶ月後の5月下旬、再び垂井の地に立つ。天候は前回の続きが如く雨降りで、天気予報によると1日中雨が降り続く気配。なので、今思い返しても垂井宿は雨の印象が強いのだが、何の因果か広重が描いた浮世絵の垂井宿も雨の情景である。そもそも垂井宿は水に深い縁があり、宿場近郊にある垂井の泉という湧き水に宿名の由来がある。

垂井宿から相川を隔てた北側一帯の府中地域は古代律令制のもとに置かれた美濃国府跡である。国府は奈良時代から平安時代にかけて機能していた大規模な国の出先機関(地方官庁)で、全国六十数ヶ所に設置されたが、室町時代には完全に消滅し、ほとんどがその所在さえ不明となっていた。美濃国府は近年の発掘調査によって正殿や東西の脇殿等、政庁跡の遺構が見つかり、平成の世になってようやくその場所が特定されたのである。

垂井宿には紙屋塚なる史跡があるのだが、その辺りは美濃国府で使われる紙の管理を一手に担う役所があったらしく、そのことを後世に伝えるために紙屋塚は築かれたのだろう。官営の紙漉き場もあったというから、紙漉きに必要な清水は垂井の泉が利用されていたのかもしれない。垂井宿は天保14年(1843年)当時、宿長さ東西7町程(約763m)、人口1179人、家数315軒、本陣1、脇本陣1、旅籠27軒。 江戸(東)方から東町、中町、西町と続き本陣・脇本陣は中町に置かれていた。宿場の中ほどに美濃国一の宮であった南宮大社の大鳥居が構え、垂井宿を印象付けるシンボル的存在となっている。


垂井宿東町
垂井宿東町から中山道の歩き旅を再開する。やはり前回同様、垂井宿は今日も雨。


紙屋塚
これが紙屋塚。一見して地味な場所にある地味な史跡だが、古代律令国家の時代を伝えるロマン溢れる場所なのだ。


旧旅籠亀丸屋
枡形の跡と思われる小さく鉤の手に曲がった街道筋に旧旅籠の亀丸屋・西村家がある。安永6年(1777年)建築の建物は200年程前から旅籠を営み、現在も当時の姿を残して旅館業を続けている。浪花講、文明講の指定旅館であった。


垂井宿の問屋跡・金岩家付近
写真右手前から2軒目の家は代々垂井宿の問屋や庄屋等の要職を務めた金岩家。


垂井宿・本陣跡付近 垂井宿本陣跡
栗田家が本陣職を務めた垂井宿本陣跡。現在は安田歯科と栄松堂という和洋菓子店の敷地と化し、本陣の遺構は全く残っていない。


南宮大社の大鳥居
宿場の中心部、中山道に面した所に南宮大社の大鳥居が構えている。この鳥居を潜り抜けた先に垂井の泉があり、更にひたすら行けば南宮大社に至る。鳥居周辺では毎月五の日と九の日、六斎市と呼ばれる市が月に6度立ち大勢の人で賑わった。


垂井の泉
宿場名の由来となった垂井の泉。県指定の天然記念物である大ケヤキの根元から湧き出している。


旧商家・油屋卯吉家
文化年間末頃(1817年頃)建築の旧商家・油屋卯吉家。江戸時代には油を商う商家だったが、明治以後小林家が亀屋と称して旅籠を営んだ。


本龍寺山門
本龍寺の山門や書院玄関は金岩脇本陣の門と玄関を移築したものという。


長屋氏屋敷跡
垂井の長者、長屋氏屋敷跡。宿場から少し南へ外れた所にある。南北朝の争乱期に北朝方の後光厳天皇が仮御所にされ、後に足利尊氏が滞在したという。


旧旅籠長浜屋
旧旅籠の長浜屋は200年前の間取りを残している。明治22年(1889年)に東海道線の新橋~神戸間が開通するまで旅籠を営んでいた。現在はお休み処として保存公開されている。


西の見付跡
垂井宿西の入口、西の見付跡。広重が描いた浮世絵の垂井はここを通行する大名行列の様子を描いている。


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今日の垂井宿の写真は見慣れた光景で嬉しいです
垂井の泉の北側の細い道を西に少し入ると飲める泉が有ります
小さな泉ですがそこの水がせせらぎになって近所の人が洗濯や野菜を洗ったりしています
洗濯をしていても魚が逃げないのに驚きました
この記事はゆっくりと進めてください
KENさんに教えてもらって読んでますがもっと早く知れば良かったと思います
自分が知らない中山道やいつも見ている景色などで見ていても新鮮です
お紅の渡しは自宅からすぐ近くです
ゆっくりと記事を進めてください
これからの関ヶ原や今須の通りや寝物語の里等や柏原宿をどのように旅されたか楽しみです
さかのぼってこのブログを読んでいます

マサヒさん、こんばんは。
なるほど、なるほど。垂井近辺は今なお、きれいな清水が湧き出しているのですね。昨今、飲料できる湧水も少なくなってきている中、西美濃にもそのような泉があるのは意外です。是非ともその水を味わってみたいものです。

中山道の歩き旅ものんびりですが、ブログの記事もかなりのんびり書いています。なかなか、写真の整理や調べ事が追いつかず記事の更新が遅れています。三条大橋に到着する時にはリアルタイムに記事を書きたいのですがねぇ・・・

垂井宿の亀丸屋さんの写真、情緒があってとてもいいですね。
雨がトーンを落としているからなのでしょうか。旧街道の雰囲気が写真から伝わってきます。

しまむーさんの更新がちょうど私の歩く前の予習になっています^^
いつも参考にさせていただき、ありがとうございます。

ビア・ヘーロさん、こんばんは。
過酷な炎天下の中、美江寺宿まで歩かれたようで、本当にご苦労様でした。私もそろそろ間近に迫った京都に向けて歩みを進めなければならないと思っているのですが、この時期はなかなか腰が重くなってしまいます。去年の夏は木曽路の山中を歩いていたのでまだよかったのですが、京都付近の近江路となると相当厳しい暑さが待っているでしょうからね。お互い中山道の歩き旅を楽しみましょう。

はじめまして。

たまに見せていただいています。

雨の風情が歴史ロマンをなおかきたてます。
行ってみたくなります。

No title

幕府さん、はじめまして。
雨は歩くには実にうっとうしいのですが、旧宿場町には少々薄暗いくらいの空に雨の風情が良く似合いますね。しとしと降る雨に濡れ、静けさ漂う旧宿場町の雰囲気は好きです。今後ともたまにブログを見て、コメントでも頂ければ幸いです。
プロフィール

しまむー

Author:しまむー
自称りーまんな旅人。
千葉県在住。

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東海道 東海道を歩いてます。


1日目(2013/5/19)三条大橋→大津宿 MAP
2日目(2013/7/13)大津宿→草津宿 MAP
3日目(2013/7/14)草津宿→石部宿 MAP
4日目(2013/8/3)石部宿→水口宿 MAP
5日目(2013/8/4)水口宿→土山宿 MAP
6日目(2013/10/13)土山宿→坂下宿→関宿 MAP
7日目(2014/3/9)関宿→亀山宿→庄野宿 MAP
8日目(2014/5/3)庄野宿→石薬師宿→四日市宿 MAP
9日目(2014/5/4)四日市宿→桑名宿→七里の渡し跡 MAP
10日目(2014/6/8)七里の渡し跡→宮宿→鳴海宿 MAP
11日目(2014/11/2)鳴海宿→池鯉鮒宿 MAP
12日目(2015/4/4)池鯉鮒宿→岡崎宿 MAP
13日目(2015/5/23)岡崎宿→藤川宿 MAP
14日目(2015/7/19)藤川宿→赤坂宿→御油宿 MAP
15日目(2015/9/22)御油宿→吉田宿 MAP
16日目(2015/11/29)吉田宿→二川宿 MAP
17日目(2016/2/20)二川宿→白須賀宿→新居宿 MAP
18日目(2016/4/3)新居宿→舞坂宿→浜松宿 MAP
19日目(2016/5/6)浜松宿→見付宿 MAP
20日目(2016/5/7)見付宿→袋井宿 MAP
21日目(2016/6/25)袋井宿→掛川宿 MAP
22日目(2016/7/17)掛川宿→日坂宿→金谷宿 MAP
23日目(2016/10/8)金谷宿→島田宿 MAP

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