高宮宿

高宮上布の集散地として賑わった高宮宿。高宮上布とは、高宮宿の周辺で生産された高宮布(麻布)によって織られる上質の麻織物で、彦根藩から将軍家に献上されるなどして全国的に有名であった。宿場内には高宮布を扱う商家が多くあり、また商売上手の近江商人によって他国へ売りさばかれ、高宮宿は豊かな経済力を誇っていた。

高宮宿の天保14年(1843年)当時の宿長さ南北7町16間(約793m)、人口3560人、家数835軒、本陣1、脇本陣2、旅籠23軒。中山道中では武蔵国の本庄宿に次ぐ規模の大きな宿場町で、多賀大社の門前町としても賑わった。宿場の南外れを犬上川が流れ、当時では珍しく無料で渡れる仮橋が架けられており、むちん(無賃)橋と呼ばれていた。


旧中山道・高宮町大北交差点
高宮町大北交差点の先から高宮宿の町並みが続く。


高宮宿
高宮宿を行く旧中山道。賑わいをみせた宿場の面影を留めている。


高宮宿
高宮宿の町並み。右手前の家が高宮布の布惣跡。


高宮布の布惣跡
高宮布の布惣跡・倉儀。布惣とは布を扱う現在の問屋みたいなもの。高宮布が7つの蔵一杯に集められ出荷された。それが平時で年12回繰り返されたといい、豊かな宿場町だったことを物語る。


高宮神社
古くは十禅師宮と称した高宮神社。鎌倉時代の創建と伝わるが明治3年の大洪水によって旧記が流され沿革がほとんどわからなくなってしまった。


提灯製造 馬場
高宮宿にある提灯屋さん。


高宮宿・多賀大社大鳥居
旧中山道筋の多賀大社参道入口に構える大鳥居。ここから約4kmの参道を行けば社殿に辿り着く。

お伊勢に参らばお多賀に参れ お伊勢はお多賀の子でござる

と、唄われるほど江戸時代には多賀信仰が盛んであった。ちなみに多賀大社の祭神は伊邪那岐命(いざなぎのみこと)・伊邪那美命(いざなみのみこと)であり、両神の御子である天照大神(あまてらすのおおかみ)が伊勢神宮の祭神であることから、このような歌詞になっている。多賀大社は古事記や延喜式に記載が見られるほどの古社で、延命長寿の神として名高く、今も多くの参詣客が訪れる。高宮宿のシンボル的存在となっている大鳥居は寛永年間(1624~1643年)の建立。


小林家住宅

たのむぞよ 寝酒なき夜の 古紙子

松尾芭蕉が貞享元年(1684年)に宿泊した小林家。この時、芭蕉は小林家から新しい紙子羽織を贈られ、詠んだのが上の句である。その後、芭蕉の古い紙子を収めて庭に塚を造り、紙子塚と名付けた。


高宮宿ふれあいの館
江戸時代の高宮宿には2軒の脇本陣が置かれ、ここがその一軒で問屋場を兼ね、門前は高札場となっていた。現在は「高宮宿ふれあいの館」があり、高宮宿や犬上川越えの”むちん橋”に関する展示がされている。

この時、突然の豪雨に見舞われ、しばしここで雨宿り。


高宮宿小林本陣跡
小林家が務めた高宮宿本陣跡。当時の表門だけが現存している。


円照寺
街道を挟んで本陣跡の向かい側にある円照寺。明応7年(1498年)高宮氏の重臣、北川九兵衛が仏堂を建立したのが起源。境内に明治天皇ゆかりの「止鑾の松」や「家康公腰懸石」がある。


高宮宿南外れの町並み
高宮宿南外れの町並み。街道の先は犬上川を渡る高宮橋で、そこで高宮宿は終わり。


高宮橋と犬上川
犬上川に架かる高宮橋。かつては”むちん橋”という無料で渡れる仮橋が架けられていた。平時の犬上川は地下を流れているため徒歩渡しできたのだが、水量が増すと地表に川水が現れ仮橋が架けられた。現在も平時の犬上川は地下川なのだが、昨日から降り続く雨のおかげで、写真を見ての通りの有り様である。


むちん橋地蔵尊
高宮橋の袂に鎮座する「むちん橋地蔵尊」。昭和52年(1977年)橋脚改修工事の際に発掘された2体の地蔵尊を祀る。


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しまむーさん、こんばんは。昨日、鳥居本から高宮までの7.5キロを歩いてきました。暖かくなり、日も延びてきたので、昨年11月以来5ヶ月ぶりの再開です。
今回は、彦根城と多賀大社に行ったので、中山道は少ししか歩けなかった。彦根城と多賀大社に行ったついでに中山道を歩いた感じである。
彦根城は桜祭りが開かれており、大変賑わっていた。ひこにゃんも来ていた。そのため、天守閣に登るのに30分位かかった。その後、ご城下を散策したり、昼食を食べたりした。結局、鳥居本に着いたのは1時過ぎになり、歩行開始が遅くなってしまった。
桜や、いろいろな春の花を見ながら歩く。春のウォーキングは気分がいい。小野の集落を抜け、3時過ぎに高宮の宿場に入る。ここで急に多賀大社に行ってみたくなり、駅に向かう。次の電車まで40分くらいある。歩いちゃおうかと思ったが電車に乗る。結局、多賀大社には4時半に着く。広い敷地を持つ立派な神社だ。時間がないので手短にお参りを済ませ、5時の多賀大社駅初の電車に乗る。米原まで行き、新幹線で帰る。
中山道は7.5キロしか歩かなかったが、彦根城と多賀大社の分が6.7キロあったので、合計14.2キロ歩いた。中山道36日目であった。

さて、しまむーさんも、そろそろ東海道を歩き始めようと思っているのでは。もしかしたら、もう歩き始めていたりして。
プロフィール

しまむー

Author:しまむー
自称りーまんな旅人。
千葉県在住。

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現在の行程

東海道 東海道を歩いてます。


1日目(2013/5/19)三条大橋→大津宿 MAP
2日目(2013/7/13)大津宿→草津宿 MAP
3日目(2013/7/14)草津宿→石部宿 MAP
4日目(2013/8/3)石部宿→水口宿 MAP
5日目(2013/8/4)水口宿→土山宿 MAP
6日目(2013/10/13)土山宿→坂下宿→関宿 MAP
7日目(2014/3/9)関宿→亀山宿→庄野宿 MAP
8日目(2014/5/3)庄野宿→石薬師宿→四日市宿 MAP
9日目(2014/5/4)四日市宿→桑名宿→七里の渡し跡 MAP
10日目(2014/6/8)七里の渡し跡→宮宿→鳴海宿 MAP
11日目(2014/11/2)鳴海宿→池鯉鮒宿 MAP
12日目(2015/4/4)池鯉鮒宿→岡崎宿 MAP
13日目(2015/5/23)岡崎宿→藤川宿 MAP
14日目(2015/7/19)藤川宿→赤坂宿→御油宿 MAP
15日目(2015/9/22)御油宿→吉田宿 MAP
16日目(2015/11/29)吉田宿→二川宿 MAP
17日目(2016/2/20)二川宿→白須賀宿→新居宿 MAP
18日目(2016/4/3)新居宿→舞坂宿→浜松宿 MAP
19日目(2016/5/6)浜松宿→見付宿 MAP
20日目(2016/5/7)見付宿→袋井宿 MAP
21日目(2016/6/25)袋井宿→掛川宿 MAP
22日目(2016/7/17)掛川宿→日坂宿→金谷宿 MAP
23日目(2016/10/8)金谷宿→島田宿 MAP

高札場
【川越街道 旅の報告】
2013年1月13日(日)
武蔵国板橋宿を発ってから…
約5ヶ月の月日をかけて、川越城本丸御殿に到着しました!
川越時の鐘
【成田街道 旅の報告】
2012年7月8日(日)
下総国新宿を発ってから…
約5ヶ月の月日をかけて、成田山新勝寺・寺台宿に到着しました!
新勝寺大本堂と三重塔
【会津西街道街道 旅の報告】 2012年1月22日(水)
下野国今市宿を発ってから…
約1年6ヶ月の月日をかけて、
会津鶴ヶ城に到着しました!
鶴ヶ城
【 水戸街道 旅の報告 】 2010年5月5日(水)
武蔵国千住宿を発ってから…
約3ヶ月の月日をかけて、
水戸の銷魂橋に到着しました!
水戸弘道館
【 日光街道 旅の報告 】 2010年1月10日(日)
江戸日本橋を発ってから…
8ヶ月の月日をかけて、
東照大権現が鎮座される
日光東照宮に到着しました!
日光東照宮陽明門
【 中山道 旅の報告 】
2008年10月13日(月)
江戸日本橋を発ってから…
1年10ヶ月もの月日をかけて、 ついに京都三条大橋に到着しました!
京都三条大橋

応援のコメントありがとうございました。(^人^)感謝♪
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