山王茶屋

2011年4月23日、山王峠の会津側登り口にあった山王茶屋について詳しく調べたいと思い、奥会津博物館を訪ねることにした。奥会津博物館は奥会津地方で暮してきた人々の民具や道具、約24000点を収蔵し、そのうち約3000点を展示。会津の山中に暮らしてきた先人たちの生活文化を垣間見ることができる。敷地内には木地小屋に炭焼き小屋、染屋(藍染め・旗染め・型染めを業とする商家)や馬宿(仲附の旅籠)が移築復元され、山王茶屋もこの一角に移築されて往時の姿を留めており、もし会津西街道を訪ねてみようという方がおられるなら、まずはここに訪問することをお勧めしたい。さてさて、前置きはこれくらいにして、この博物館で知り得た山王茶屋について紹介しよう。

山王茶屋は積雪期の山王峠を往来する通行人の便を図るため、元和3年(1617年)に渡部家が家屋を構えたのがはじまりとされ、以来代々に渡って茶屋を営んできた。しかし、慶応4年(1868年)戊辰戦争の戦火に遭って焼失、翌年の明治2年(1869年)に再建されたのが、現在も残る山王茶屋の建物である。焼失の原因は会津軍を追討する西軍(芸州・佐賀・宇都宮藩)側の焼き討ちによるものと解説板には書かれており、おそらくは地元に伝わる口伝等を参考にしたのだろう。しかし、この点に少々違和感を覚えた。果たして後顧の憂いの無い追って側である新政府軍が宿泊施設を焼き討ちするのだろうか…と。普通に考えれば、退却側の会津藩兵が新政府軍を少しでも足止めするために焼き討ちしたと考えるのが妥当であり、新政府軍を西軍と書いていることからみても、地元住民の心情を考慮した上での解説なのかもしれない。

明治2年(1869年)に山王茶屋が再建されるにあたって、焼失前の場所から街道を挟んで斜向かいに建物を移し、東向きを西向きに変えたという。以来、長きに渡って通行人に休息の場を供してきたが、昭和初期頃に輸送手段が鉄道に移り変わり、街道の往来が衰退したため、ついには廃業に追い込まれたようだ。山王茶屋の跡地は”道の駅たじま”から約400m山王峠側、日吉神社付近にある民家の敷地内で、現在は更地になっている。どうせなら旧道と共に元々建てられていた場所に保存していてほしかった。その方が歴史的建造物としての価値は高かっただろう。道標等もそうだが、旧街道関係の遺構はそれがあった場所の地理的な要素が重要なのであり、興味を惹かれる部分であろう。下の地図に山王茶屋跡地の詳細を記してみたので参照して欲しい。

会津西街道 山王茶屋


奥会津博物館
奥会津博物館。詳細はこちらから↓

南会津町ホームページ・奥会津博物館
http://www.minamiaizu.org/kyouiku/index105.php?DocID=392


山王茶屋
山王茶屋。平成14年に解体工事がはじまり、平成17年に移築復元。現在は古民家レストラン山王茶屋となって利用されている。


山王茶屋
武士階級のみが利用する”乗り込み”と呼ばれる玄関を備え、本陣形式の格式を備える。そのため、茶屋本陣とも呼ばれていたようだ。


山王茶屋04
山王茶屋内部、勝手・土間の様子。


山王茶屋
山王茶屋内部、十畳の座敷から奥の部屋を望む。


山王茶屋にて
山王茶屋にて。


江戸期の山王茶屋跡
奥会津博物館から山王茶屋跡へ移動。写真は会津西街道の旧道から国道を跨いで山王茶屋跡を望んでいる。戊辰戦争以前の山王茶屋は左手国道上辺りにあり、再建後は国道向こうの旧道右手に建てられていた。


山王茶屋跡
再建後の山王茶屋跡地。写真手前から奥の民家へ続く道が旧道で、山王茶屋は右手の更地になっている場所にあった。標識が無いので予備知識が無ければ全くわからない。


山王茶屋跡
山王茶屋跡から山王峠方面の旧道を望む。


山王茶屋跡に残る湧き水
山王茶屋跡に残る湧き水。かつてはこの水を使って美味しい茶を入れ、旅人の疲れを癒したのだろう。参勤交代の途上に会津藩主も口にしたのかもしれない。


爪彫り不動
水の湧き出し口にある大石をよくよく見ると不動像が彫られている。ウソかホントか、今となっては調べようも無いが、弘法大師が爪で彫ったとの伝説があり、この湧き水を飲めばいかにもご利益がありそう。


山王茶屋付近の旧道 山王川
山王茶屋跡から山王峠へ向かう旧道(左写真)。旧道は山王茶屋から100m程先で山王川を渡河していたようで、右写真はその渡河地点と思われる場所。当然ながら橋は無く、対岸から先に続いていたはずの旧道の状態は不明。


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