杖衝坂

【2014年5月3日(土)旧東海道 石薬師宿→四日市宿 道中】
その昔、石薬師宿を出た東海道は谷底に流れる浪瀬川を石橋で渡り、木田村の枝郷だった大谷の集落を通り抜けていた。現在は浪瀬川の川面から結構な高さに平坦な国道1号が通っているが、今も左岸に崖状のきつい斜面が見られ、昔はここを左右に曲折させて道を通していたようだ。東海道分間絵図には「此所おほり坂」と書かれているように見える。大谷の東隣に小谷の集落があり、それを過ぎれば旧東海道は国道1号に合流、その先から市域が変わって四日市市釆女町に。国道1号の北側路傍に采女一里塚跡の石碑を見ながら進み、采女食堂の先で国道を右に分かれて旧道を行けば、間もなく杖衝坂の下りに差し掛かる。杖衝坂(杖突坂とも書く)は日本武尊の故事が伝わる急勾配の坂道。日本武尊は東国を平定しての帰途、伊吹山の神と戦い傷ついたことで病に倒れ、その弱り切った身体をおして大和帰還を目指す。この急坂に差し掛かったところで、剣を杖代わりにして何とか坂を登りきったという。”杖衝坂”と呼ばれる所以である。


より大きな地図で 杖衝坂 を表示


国道1号 自由ヶ丘
石薬師宿を出て国道1号に合流、浪瀬川を渡る。


浪瀬川
谷間を流れる浪瀬川を国道1号より望む。写真左手が右岸にあたる石薬師側、左岸は崖状の斜面になっており、擁壁に固められている。昔は水面近くに石橋を架けて往来の旅人を通していたようだ。


木田町大谷交差点付近
木田町大谷交差点付近。この先、国道を右に分かれる道が旧東海道で、その沿道には旧大谷村の家並みが続く。


旧東海道 木田町
旧大谷村(現 鈴鹿市木田町)の集落。


旧大谷村の集落にて
旧大谷村の集落にて。


旧東海道 下大久保町・国分町
下大久保町・国分町の境を行く旧東海道。この辺りが旧国分村の枝郷小谷村の集落にあたる。


単直庵・延命地蔵尊
国道1号に合流する手前、単直庵と延命地蔵尊の小堂が並ぶ。


国道1号 釆女南交差点付近
釆女南交差点付近の国道1号。鈴鹿市から四日市市釆女町に。


豊富稲荷神社
国道1号沿いの南側に鎮座する豊富稲荷神社。


国道1号 釆女食堂付近
豊富稲荷神社の先には采女食堂。


釆女一里塚跡
国道1号の対向車線側に釆女一里塚跡碑を発見。あやうく見逃すところだった。江戸日本橋から101里目(約397km)、京三条大橋からは24番目(実測で約100km地点)となる一里塚。現在は一里塚どころか旧東海道の面影すら残していない。


旧東海道 釆女町
釆女一里塚跡の少し先、国道1号から旧東海道が右に分かれる。丘陵を緩やかに下る国道を左下に見ながら平坦な旧道を進む。


旧東海道より四日市市街を望む
旧東海道より四日市市街を望む。


血塚社
杖衝坂の手前、血塚社の鳥居が目に留まる。


日本武尊御血塚
日本武尊御血塚。傷つきながらも杖衝坂を登りきった日本武尊が、ここで血を洗い流したと伝わる。


杖衝坂
杖衝坂に差し掛かる旧東海道。


杖衝坂
丘陵から内部川の低地に向かって急勾配を下る杖衝坂。


杖衝坂の芭蕉句碑
歩行(かち)ならば 杖つき坂を 落馬かな

杖衝坂の芭蕉句碑。宝暦6年(1756年)村田鵤州による建立。貞享4年(1687年)松尾芭蕉は紀行”笈の小文(おいのこぶみ)”の道中、伊賀へ向かう途次に杖衝坂を馬で登っていたところ、落馬の憂き目にあってこの句を詠んだ。芭蕉が咄嗟のことで季語が入らなかったことを弁解していることで知られる。


杖衝坂03
舗装こそされてはいるが、急坂に日本武尊の故事を偲ぶ杖衝坂。


大日井戸と弘法井戸
杖衝坂には弘法大師の伝説も。水に窮していた村人が、弘法大師が杖で指し示す場所を掘ったところ、清水が湧き出たという”弘法の井戸”が今も残る。その井戸の下手にもう一つ井戸があり、こちらは”大日の井戸”と呼ばれる。地元の伝承ではかつて坂の中腹にあった大日堂の閼伽水(あかみず、仏に手向ける水のこと)として使われた井戸だという。


杖衝坂
杖衝坂を下る旧東海道。


うつべ町かど博物館
坂の途中に”うつべ町かど博物館”。内部(うつべ、明治22年(1889年)采女・小古曽・貝塚・波木・北小松の5ヶ村が合併して内部村となる)地区の歴史や文化を伝える。訪問時には残念ながら閉館しており見学できず。

うつべ町かど博物館(内部地区ホームページ)
http://www.utsube.jp/tiikinodantai/dantai/matikadomuseum/machikadotoppage/machikadotoppage.html

杖衝坂の金刀比羅宮
杖衝坂の上り口に鎮座する金刀比羅宮。


旧東海道 釆女町
杖衝坂を下りきって旧道は右折。杖衝坂下から成満寺参道入口にかけての旧東海道筋は、旧采女村の集落が軒を連ね、立場が置かれていた。


旧東海道 釆女町
旧采女村の集落内、旧東海道は連続して鉤の手に曲げられている。


成満寺
参道の向こうに成満寺。


旧東海道 釆女町
旧釆女村の集落北(江戸方)外れを行く旧東海道。この先、国道1号から内部川対岸にかけての旧道は消失。


菊屋本店
杖衝坂付近、国道1号沿いにある菊屋本店。

菊屋本店http://www.kikuyahonten.com/original2.html


采女の杖衝
菊屋本店で銘菓”采女の杖衝”を購入、腹が減っていたこともあり早速食す。杖衝をイメージしたごく普通の最中と思いきや、中にはつぶ餡に混じって餅が入っており、これがアクセントになって最後まで飽きずに食べられる。秀逸な最中だ。


内部橋
内部川を国道1号の内部橋で渡る。


采女橋跡
内部橋より内部川上流を望む。元禄16年(1703年)作成の東海道分間絵図を見ると、かつて内部橋付近の内部川は2筋の流れで、”つえつき川”と呼ばれ、東海道の渡河地点には連続して2つの石橋が架けられていた。この石橋が采女橋と呼ばれていたようだ。内部橋から50m程上流部が采女橋跡にあたる。


旧東海道 釆女町
内部川左岸から北東へ延びる旧東海道。


旧東海道 釆女町
采女町と小古曽町の境付近、かつての東海道筋は小藪という集落で、現在は字名に地名を残す。


旧東海道 内部駅前
采女町から小古曽町に入り内部駅前を進む。


旧東海道 小古曽2丁目
小古曽2丁目の旧東海道筋は旧小古曽村の集落が軒を連ねた村の中心部、河村家が代々庄屋を務めていた。河村家は寛政年間(1789年~1801年)に”大人良薬 天元養気円”や”小児薬 健脾円”等の薬を開発、上方で重宝されて広く世間に知れ渡ったという。


米田山願誓寺
真宗高田派、米田山願誓寺。本堂と庫裡は寛政4年(1792年)の再建。建築や彫刻に長じていた第十世義道自らが再建されたとも。聖徳太子作と伝わる阿弥陀仏を本尊に祀る。


旧東海道 小古曽町2丁目
旧小古曽村の集落内、旧東海道は連続して鉤の手に曲げられ、江戸方の曲がり角には「左追分 右大治田」の道標が残る。東海道から大治田村(現 四日市市大治田)へ至る道が分岐していた。写真左折が旧東海道、直進の小路が大治田道旧道。


大治田道道標
「左追分 右大治田」と刻む道標。大正期、服部泰次郎による建立。


旧東海道 小古曽2丁目
小許曽(おごそ)神社参道入口と旧東海道。


小許曽神社
延喜式内社の小許曽神社。古来より伝わる「粥試し神事」が毎年1月に行われ、その年の作物の出来栄えを占う。


慈現山観音寺
黄檗山萬福寺(京都府宇治市)の末寺、慈現山観音寺。織田信長の兵火を免れた千手観音像を本尊に祀る。本堂は文化3年(1806年)の再建とみられ、山門は棟札より寛政12年(1800年)建築と判明している。四脚門の山門は屋根両端にマカラ(インド神話に登場する怪魚)を載せ、黄檗宗の特色を示す。


米田山大蓮寺
真宗高田派、米田山大蓮寺。本堂は文化10年(1813年)の再建、快慶作と伝わる阿弥陀如来立像を本尊に祀る。


旧東海道 小古曽1丁目
旧小古曽村の集落江戸方(北側)を行く旧東海道。


旧東海道 小古曽1丁目
重盛外科内科を過ぎれば四日市市小古曽から追分へ。


FC2ブログランキング
関連記事
スポンサーサイト

テーマ : 街道の旅
ジャンル : 旅行

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

しまむー

Author:しまむー
自称りーまんな旅人。
千葉県在住。

Flashカレンダー
現在の行程

東海道 東海道を歩いてます。


1日目(2013/5/19)三条大橋→大津宿 MAP
2日目(2013/7/13)大津宿→草津宿 MAP
3日目(2013/7/14)草津宿→石部宿 MAP
4日目(2013/8/3)石部宿→水口宿 MAP
5日目(2013/8/4)水口宿→土山宿 MAP
6日目(2013/10/13)土山宿→坂下宿→関宿 MAP
7日目(2014/3/9)関宿→亀山宿→庄野宿 MAP
8日目(2014/5/3)庄野宿→石薬師宿→四日市宿 MAP
9日目(2014/5/4)四日市宿→桑名宿→七里の渡し跡 MAP
10日目(2014/6/8)七里の渡し跡→宮宿→鳴海宿 MAP
11日目(2014/11/2)鳴海宿→池鯉鮒宿 MAP
12日目(2015/4/4)池鯉鮒宿→岡崎宿 MAP
13日目(2015/5/23)岡崎宿→藤川宿 MAP
14日目(2015/7/19)藤川宿→赤坂宿→御油宿 MAP
15日目(2015/9/22)御油宿→吉田宿 MAP
16日目(2015/11/29)吉田宿→二川宿 MAP
17日目(2016/2/20)二川宿→白須賀宿→新居宿 MAP
18日目(2016/4/3)新居宿→舞坂宿→浜松宿 MAP
19日目(2016/5/6)浜松宿→見付宿 MAP
20日目(2016/5/7)見付宿→袋井宿 MAP
21日目(2016/6/25)袋井宿→掛川宿 MAP
22日目(2016/7/17)掛川宿→日坂宿→金谷宿 MAP
23日目(2016/10/8)金谷宿→島田宿 MAP

高札場
【川越街道 旅の報告】
2013年1月13日(日)
武蔵国板橋宿を発ってから…
約5ヶ月の月日をかけて、川越城本丸御殿に到着しました!
川越時の鐘
【成田街道 旅の報告】
2012年7月8日(日)
下総国新宿を発ってから…
約5ヶ月の月日をかけて、成田山新勝寺・寺台宿に到着しました!
新勝寺大本堂と三重塔
【会津西街道街道 旅の報告】 2012年1月22日(水)
下野国今市宿を発ってから…
約1年6ヶ月の月日をかけて、
会津鶴ヶ城に到着しました!
鶴ヶ城
【 水戸街道 旅の報告 】 2010年5月5日(水)
武蔵国千住宿を発ってから…
約3ヶ月の月日をかけて、
水戸の銷魂橋に到着しました!
水戸弘道館
【 日光街道 旅の報告 】 2010年1月10日(日)
江戸日本橋を発ってから…
8ヶ月の月日をかけて、
東照大権現が鎮座される
日光東照宮に到着しました!
日光東照宮陽明門
【 中山道 旅の報告 】
2008年10月13日(月)
江戸日本橋を発ってから…
1年10ヶ月もの月日をかけて、 ついに京都三条大橋に到着しました!
京都三条大橋

応援のコメントありがとうございました。(^人^)感謝♪
最近の記事
カテゴリー
最近のコメント
データ取得中...
最近のトラックバック
月別アーカイブ
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

お気に入りブログ
ブログ内検索
RSSフィード
天気予報

-天気予報コム- -FC2-
QRコード
QRコード
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

FC2カウンター