日永の追分

【2014年5月3日(土)旧東海道 石薬師宿→四日市宿 道中】
四日市市小古曽から追分に入って間もなく、追分という地名の由来になった日永の追分に。日永三郷(日永・六呂見・泊の3ヶ村を指す)の一つ、旧泊村(現 四日市市泊町)の枝郷だった追分は、東海道から伊勢街道が分岐する日永の追分があり、古くから伊勢参りを目的に多くの旅人が往来、追分近辺には鍵屋や浅草屋、尾張屋、野口屋等の旅籠が街道沿いに並び、名物の追分まんじゅうを食べさせる茶屋等もあって間の宿として賑わった。今も伊勢神宮の遥拝鳥居が立ち、嘉永2年(1849年)建立の追分道標等が残る。遥拝鳥居に隣接して設けられた手水所で、こんこんと落ちる水は”追分鳥居の水”と呼ばれ、ここから500m程西に位置する丘陵地、泊山からの湧水。昭和4年(1929年)稲垣末吉という地元出身の事業家が自費で水道管を敷設し、泊山の湧水をここまで引いてきたのがはじまりで、今も多くの人がその水を求めて訪れる。


より大きな地図で 日永の追分 を表示


泊第7号踏切
四日市市追分3丁目で三重県道407号に合流、泊第7号踏切を渡る。


日永の追分
日永の追分に。右方向が旧東海道の県道407号、鳥居下を潜り抜けて先に続く道が旧伊勢街道である。旅籠や饅頭屋が並び賑わった間の宿も今は昔。最近まで名物の追分まんじゅうを製造販売する岩嶋屋があったが、現在は廃業してしまいその味を堪能することはできない。残念なことだ。


隷書東海道五十三次 四日市・日永村追分
隷書東海道五十三次 四日市「日永村追分」。三重県立美術館ホームページより。遥拝鳥居の両脇に”名物まんぢう”の看板を掲げる店があり、店内では客がくつろぎつつ饅頭を食べている。

三重県立美術館
http://www.bunka.pref.mie.lg.jp/art-museum/index.shtm

伊勢神宮遥拝鳥居
伊勢神宮遥拝鳥居。桑名の一の鳥居に次ぐ二の鳥居にあたる。初代の鳥居は安永3年(1774年)の奉献、20年に1度の伊勢神宮式年遷宮の度に建て替えられ、現在の鳥居は昭和48年(1973年)式年遷宮の折、伊勢神宮内宮の別宮の一社、伊雑宮(いざわのみや)の鳥居を昭和50年に移設したもので9代目にあたる。この鳥居も約40年の年月を経ており、そろそろ10代目へ建て替えの計画があるのかも。


日永の追分道標
嘉永2年(1849年)建立の追分道標。「右京大坂道 左いせ参宮道」と刻む立派な道標。道標隣の常夜燈は初代遥拝鳥居の奉献時には存在していたと考えられている。「ひたり さんくう道」と竿石に刻む。


追分鳥居の水
日永追分の手水所。追分鳥居の水を求めて、次々と水を汲みに人が訪れる。


追分鳥居の水
こんこんと流れ落ちる追分鳥居の水。


日永の追分
伊勢神宮遥拝鳥居下から旧東海道(三重県道407号・国道1号)を望む。


東海道日永郷土資料館
日永の追分を後にし、旧東海道を江戸方へ向かって間もなく、東海道日永郷土資料館が右手に。袖蔵を備える旧商家の建物を借用し資料館として整備された。日永の土産物として知られた”日永足袋”や”日永うちわ”をはじめ、日永地区に関する歴史民俗資料等を展示しているとのことだが、開館時間を過ぎていたため見学できず。


伊勢蔵
醤油・味噌を製造販売する伊勢蔵。


旧東海道 近鉄泊駅入口
近鉄泊駅入口付近を行く旧東海道。


東海道名残の一本松
旧東海道の先に一本松が目に留まる。


東海道名残の一本松
かつて泊村集落と日永集落の間は松並木の縄手道で、この一本松だけが今に残り往時を偲ぶ。東海道名残の一本松と呼ばれる。


旧東海道 日永5丁目
日永5丁目の旧東海道にて。電柱に「カラスの巣残置中」の貼り紙。


日永5丁目の電柱にて
見上げると確かにカラスの巣らしきものが。何かと嫌われ者のカラスであるが、中には卵があるのか、ヒナがいるのか、情け心から撤去できなかったのだろう。


日永一里塚跡
旧日永村の集落に入って間もなく、「史跡日永一里塚址」の碑が家と家の狭い隙間に立つ。


日永一里塚跡
江戸日本橋から100里目(約393km)、京三条大橋からは25番目(実測で約105km地点)となる日永一里塚跡。東海道分間絵図を見ると東塚に榎1本、西塚に榎1・松3本が塚上に植えられていたことがわかるが、現在は跡形も無い。


旧東海道 日永4丁目
旧日永村集落。東海道を往来する旅人相手に日永足袋や日永うちわ、なが餅を売る店があった。中でも日永うちわは伊勢参詣客に人気の土産品で、全盛期には10数軒の製造元があったが、現在は「稲藤」の1軒が残るのみ。なが餅は笹井屋が四日市北町の旧東海道三滝橋南詰に場所を移して製造販売を続ける。日永足袋は製造されていない。


長命山薬師堂
長命山薬師堂。伊勢安国寺(四日市市西日野町に跡地)の薬師如来坐像を安置する。この薬師如来坐像は天正年間(1573年~1592年)伊勢安国寺炎上の時、千種忠治が運び出して日永の実蓮寺に安置、文化13年(1816年)実蓮寺近くの現在地に移されたと云う。鎌倉時代中期の制作と考えられている。


日永神社
天照大御神を主祭神に祀る日永神社。元は南神明社と称し、明治40年(1907年)現社名に。創祀は建仁年間(1201年~1204年)と云われるが、織田信長による兵火で古記録や神宝類が焼失したため沿革は不明とのこと。


旧東海道 日永4丁目
日永4丁目を行く旧東海道。


林光山両聖寺
林光山両聖寺。四日市市の無形文化財に指定される”日永つんつく踊り”が毎年お盆に境内で披露される。”日永つんつく踊り”は古くから日永に伝わる踊りで、その起源は天白川に築堤する際の地搗き歌とも、実蓮寺境内に滝川一益の母の隠居所を建築する際の地搗き歌にあるとも伝わる。


天白橋
天白橋で天白川を渡る。


天白橋より
天白橋より西の空を望み。


天白橋北詰
天白橋北詰。


日永山興正寺
真宗高田派、日永山興正寺。天正2年(1754年)に旧地(津の一身田)より現在地へ移って以来、織田信長・豊臣秀吉・徳川家康の保護を受けた。天白川の流れが境内の西・南辺を囲むように流れているのは、天白川築堤の際、滝川一益の命により堀の役目とするよう川筋を曲げたことが理由と伝わり、昔の人はこの堤を滝川堤と呼んだという。


旧東海道 日永2丁目
日永2丁目を行く旧東海道。


水沢道旧道分岐
東海道から水沢(すいざわ、現 四日市市水沢町)方面へ至る道が分岐していた。写真直進方向が旧東海道、左折が水沢道旧道。分岐点に水沢道標が残る。


水沢道標
水沢道標。約200年前に大坂の古銭収集家、河村羽積が建立。碑表面には「水澤は藍より出て紅葉哉 大坂 羽積み」、裏面に「猿丸大夫名歌古跡すい澤へ是より三里」と刻む。水沢には楓谷(もみじだに)という紅葉の名所があり、古来より多くの文人墨客が訪れた。三十六歌仙の一人、猿丸大夫が楓谷で詠んだという名歌を下に紹介。小倉百人一首の第5番。

奥山に 紅葉踏み分け 鳴く鹿の 声聞くときぞ 秋は悲しき


うどん岡廣屋
日永1丁目、うどん岡廣屋の前を通り抜けて。


大宮神明社
日永神社と同じく、天照大御神を主祭神に祀る大宮神明社。 元は舟付明神と称し、昔は麓に海が迫っていた岡山の地(現 四日市南高校)にあり、永禄5年(1562年)焼失して現在地へ遷座した。摂社の二柱大神社は大己貴命(おおなむちのみこと)と少彦名命(すくなびこなのみこと)を祭神に祀り、病気平癒の神として名を知られる。


旧東海道 日永1丁目
鹿化橋南詰、日永1丁目の旧東海道。


鹿化橋
鹿化(かばけ)川を鹿化橋で渡れば日永1丁目から赤堀南町に。


鹿化川夕景
鹿化川夕景。


落合橋
赤堀南町と赤堀1丁目の境を流れる落合川に架かる落合橋。この橋を挟んで両側の旧東海道沿いは旧赤堀村の集落が軒を連ねていた。


鈴木薬局(旧鈴木製薬所)
寛延3年(1750年)旧赤堀村東海道沿いの現在地に創業、吸い出し薬の赤万膏・無ニ膏を製薬する鈴木薬局(旧鈴木製薬所)。代々勘三郎の名を受け継ぎ、250年以上もの長きにわたり製薬業を営む。現在の建物は嘉永5年(1852年)の建築。


旧東海道 南浜田町
南浜田町を行く旧東海道。


旧東海道 中浜田町
中浜田町を行く旧東海道。


旧東海道 浜田町
現在の四日市市浜田町は旧浜田村の集落中心部。四日市宿に隣接する旧浜田村は、鵜森神社前の旧東海道筋を中心として南北に町並みを発展させ、幕末には現在の浜田町・中浜田町・南浜田町にわたり町並みを延ばした。


表参道スワマエ入口
旧東海道は表参道スワマエとなりアーケードの道に。この辺りが四日市宿京方出入口と思われる。


表参道スワマエ
表参道スワマエを通って諏訪神社に着いたところで本日の歩き旅は終わり。


近鉄四日市駅
近鉄四日市駅から津駅へ移動、宿泊先のホテルサンルート津に。


【旧東海道歩き 第8日目】JR加佐登駅→庄野宿→石薬師宿→四日市宿→近鉄四日市駅 歩行距離約18km
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1日目(2013/5/19)三条大橋→大津宿 MAP
2日目(2013/7/13)大津宿→草津宿 MAP
3日目(2013/7/14)草津宿→石部宿 MAP
4日目(2013/8/3)石部宿→水口宿 MAP
5日目(2013/8/4)水口宿→土山宿 MAP
6日目(2013/10/13)土山宿→坂下宿→関宿 MAP
7日目(2014/3/9)関宿→亀山宿→庄野宿 MAP
8日目(2014/5/3)庄野宿→石薬師宿→四日市宿 MAP
9日目(2014/5/4)四日市宿→桑名宿→七里の渡し跡 MAP
10日目(2014/6/8)七里の渡し跡→宮宿→鳴海宿 MAP
11日目(2014/11/2)鳴海宿→池鯉鮒宿 MAP
12日目(2015/4/4)池鯉鮒宿→岡崎宿 MAP
13日目(2015/5/23)岡崎宿→藤川宿 MAP
14日目(2015/7/19)藤川宿→赤坂宿→御油宿 MAP
15日目(2015/9/22)御油宿→吉田宿 MAP
16日目(2015/11/29)吉田宿→二川宿 MAP
17日目(2016/2/20)二川宿→白須賀宿→新居宿 MAP
18日目(2016/4/3)新居宿→舞坂宿→浜松宿 MAP
19日目(2016/5/6)浜松宿→見付宿 MAP
20日目(2016/5/7)見付宿→袋井宿 MAP
21日目(2016/6/25)袋井宿→掛川宿 MAP
22日目(2016/7/17)掛川宿→日坂宿→金谷宿 MAP
23日目(2016/10/8)金谷宿→島田宿 MAP

高札場
【川越街道 旅の報告】
2013年1月13日(日)
武蔵国板橋宿を発ってから…
約5ヶ月の月日をかけて、川越城本丸御殿に到着しました!
川越時の鐘
【成田街道 旅の報告】
2012年7月8日(日)
下総国新宿を発ってから…
約5ヶ月の月日をかけて、成田山新勝寺・寺台宿に到着しました!
新勝寺大本堂と三重塔
【会津西街道街道 旅の報告】 2012年1月22日(水)
下野国今市宿を発ってから…
約1年6ヶ月の月日をかけて、
会津鶴ヶ城に到着しました!
鶴ヶ城
【 水戸街道 旅の報告 】 2010年5月5日(水)
武蔵国千住宿を発ってから…
約3ヶ月の月日をかけて、
水戸の銷魂橋に到着しました!
水戸弘道館
【 日光街道 旅の報告 】 2010年1月10日(日)
江戸日本橋を発ってから…
8ヶ月の月日をかけて、
東照大権現が鎮座される
日光東照宮に到着しました!
日光東照宮陽明門
【 中山道 旅の報告 】
2008年10月13日(月)
江戸日本橋を発ってから…
1年10ヶ月もの月日をかけて、 ついに京都三条大橋に到着しました!
京都三条大橋

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