深名線 添牛内駅跡

幌加内市街から国道275号を北上すること約25km、国道239号(観月国道)が重複交差する場所に添牛内の市街地がある。地名の由来はアイヌ語の「ソー・ウシ・ナイ」(滝のある川)とされ、これは地区内西側を流れるソーウンナイ川を指しており、その流路に早雲内の滝を持つ。添牛内の起源は明治43年(1910年)温根別(現 士別市)から政和や朱鞠内方面への入植者に便宜を図るため、旧添牛内小中学校(現 添牛内コミュニティセンター)辺りに駅逓所が設置されたことに始まりがある。駅逓所とは北海道開拓期に道内各地に設けられた施設で、北海道における宿場の問屋場と言ったところ。人馬継立や宿泊、郵便業務の役割を担った。以来、駅逓を中心にして市街が形成、周辺一帯に岐阜や信州、阿波等からの団体入植がはじまり、明治44年(1911年)添牛内21線(現 添牛内橋付近)から温根別中線間に御料道路(現 国道239号)が開削されて移住者が増加、翌年に添牛内教育所(後の添牛内小中学校)が開校する。

添牛内駅が誕生するのは添牛内に入植がはじまってから約20年後の昭和6年(1931年)のこと。雨龍線(後の深名線)幌加内~添牛内間の延伸開通に伴い、添牛内市街から少し離れた約1km南西に添牛内駅は開業する。以来、駅を中心にして新たに市街が発達、従来からの市街(旧市街)に対して新市街と呼称された。幌加内町が全盛を迎える昭和20年代に添牛内地区の人口は約1800人を数え、郵便局や診療所、旅館をはじめ商店や理容院等が軒を連ね、人口増加を象徴するように駅前にはパチンコ屋もあったようだ。当時の添牛内駅は駅舎を持つ有人駅で、一般の旅客をはじめ、木材や澱粉等の積み出しで活況を呈した。しかし、昭和30年代から幌加内町の人口は減少の一途をたどり、昭和40年代には深名線の乗客や貨物輸送が激減、昭和57年(1982年)添牛内駅は無人化され、平成7年(1995年)深名線の廃線に伴い廃駅に。駅を失って添牛内地区は更に衰退、添牛内小中学校が開校88年目の平成12年(2000年)に廃校、翌年に添牛内郵便局も閉鎖された。




幌加内市街
約5ヶ月ぶりに訪れた幌加内町市街。前回とは全くの別景色、幌加内町は北海道内有数の豪雪地帯なのだ。
【関連記事】
深名線 幌加内駅跡


幌加内駅跡
幌加内駅跡。駅名標や記念碑、レールのモニュメントが設置されているのだが、雪に埋もれて何も見えない。


松家食堂
かつて幌加内駅前で蕎麦屋を営んだ旧松家食堂。


幌加内駅前
幌加内駅跡より旧駅前通りを望む。


朝明け食堂
旧駅前通り沿いにある朝明け食堂。


まるよしフードセンター
旧駅前通りと国道275号の丁字路角に”まるよしフードセンター”。写真右奥に”あじよし食堂”がある。あじよし食堂は幌加内産の手打ちそばを堪能できる一店、駅前の松家食堂と共に昔からあったことを記憶している。幌加内を訪れた時に度々ここで蕎麦を食べているので、思い出のある食堂だ。


幌加内市街
幌加内市街を後にし、国道275号を朱鞠内方面へ向かおう。


第三雨竜川橋梁
途中で第三雨竜川橋梁を撮影。雨竜川は凍結し川面に雪が積もる。第三雨竜川橋梁はいつまでも後世に残してほしい深名線の遺産だ。


政和駅跡
政和駅跡に立ち寄る。旧駅舎は健在だったが、8月に訪れた時にはあった幌加内町開基七十周年の記念塔が撤去されており唖然とする。政和のシンボル的存在だったのに…。残念の一言。
【関連記事】
深名線 第三雨竜川橋梁と政和温泉駅・政和駅跡


添牛内跨線橋
そしてこの記事の本題、添牛内に到着。まずは旧深名線鉄路跡に架かる国道239号(観月国道)の添牛内跨線橋へ。添牛内駅から深川方面へ約250mに位置し、ここから旧添牛内駅構内を一望できる。


添牛内跨線橋より添牛内駅跡を望む
添牛内跨線橋より添牛内駅跡を望む。写真右手に見える2棟の倉庫奥が旧添牛内駅。2棟の建物は農業倉庫のようだが、かつてそこにあった天塩川木材工業の遺構なのかもしれない。


添牛内駅跡
添牛内跨線橋より添牛内駅跡をズームイン。今となってはこんな所を汽車が走っていたとは想像し難い。


旧添牛内駅
旧添牛内駅。今も駅舎が残る。駅前通り沿いには山前家が1軒だけ残るが、除雪の状況から今は住む人はいないようだ。旧添牛内駅駅舎は山前家の倉庫として利用され現在まで存続したらしく、今後の動向が心配だ。この民家がある場所には、かつて日通の事務所と倉庫があったのだが、この建物がその遺構なのかは不明。


旧添牛内駅駅舎
旧添牛内駅駅舎。今後も残してほしい深名線の遺産である。


旧添牛内駅構内
旧添牛内駅構内から名寄方面を望む。


添牛内跨線橋
旧添牛内駅構内から深川方面の添牛内跨線橋を望む。かつての鉄路を感じられよう。


旧添牛内駅駅舎
雪に埋もれる旧添牛内駅駅舎。


添牛内新市街
添牛内新市街を行く国道275号。写真は朱鞠内方面を望む。かつて国道沿いに鉄道官舎や民家、様々な店が建ち並んだ添牛内の新市街も今は昔。過疎化が進んで建物は失われ、行き交う人も無く、市街とは表現しにくい状況。しかしながら、旧郵便局の建物を利用して霧立亭(写真沿道右の建物)が地元幌加内産の蕎麦を扱う蕎麦屋を商い、近年では日本一の作付面積を誇る蕎麦を産業にしてUターンやIターンによる移住者があり、若年層の人口が僅かながら増えているという。

次に訪れた時にはここで蕎麦を食べてみよう。そして、もう少し掘り下げて添牛内を見てみたいと思う。


撮影日:2014年12月30日(火)
【 参考サイト 】
添牛内Web同窓会

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