藤川宿

【2015年5月23日(土)旧東海道 藤川宿】
東海道五十三次37番目の宿場町、藤川。天保14年(1843年)当時の藤川宿人口1203人、家数302軒、本陣1軒、脇本陣1軒、旅籠36軒の小規模な宿場町。慶安元年(1648年)増大する東海道の通行量に対処するため、山中郷から住民を移して藤川村加宿の市場村が成立、ここを藤川宿東町として中町・西町の3町で宿場を形成した。しかしながら西隣が大宿の岡崎、東隣に飯盛女を多く抱えて賑わった赤坂宿があったため、藤川宿に宿泊する旅行客は少なく宿場の経営は苦しかったようだ。当初は2軒の本陣が置かれたが、江戸期を通して退転と交代を繰り返し、江戸時代後期には森川久左衛門の1軒が本陣を務め、大西喜太夫が経営する橘屋が脇本陣を務め本陣を補佐した。名産物は雲母、縄、網袋。雲母は藤川宿北側一帯の山中から産出、縄や網袋は宿場周辺で自生していたカラムシ(イラクサ科の多年草)から繊維をとり作られた。また、むらさき麦の産地としても知られており、松尾芭蕉がこの地を訪れた際、「ここも三河 むらさき麦の かきつばた」の句を詠んでいる。歌川広重は「東海道五十三次之内藤川 棒鼻ノ図 」の題を付け、藤川宿出入口で御馬献進(毎年旧暦8月に幕府より朝廷に馬を献上する行事)の行列を迎える宿役人の様子を浮世絵に描く。




藤川の十王堂
藤川宿京方外れにある成就院の十王堂。冥土で死者の罪を裁く10人の王を安置する。創建年不明、十王の台座裏に「宝永7庚寅年7月」と記されており、江戸時代中期の建立と推定されている。


藤川の十王堂
十王は秦広王、初江王、宗帝王、五官王、閻魔王、変成王、平等王、太山王、都市王、五道転輪王の総称。


十王堂の芭蕉句碑
爰も三河 むらさき麦の かきつはた

十王堂境内に立つ芭蕉句碑。寛政5年(1793年)建立。松尾芭蕉がこの地を訪れた際に詠んだ句、藤川は”むらさき麦”の産地として知られる一面もあった。


西棒鼻跡
藤川宿京方(西側)出入口の西棒鼻跡。石垣や傍示杭を復元する。


藤川小学校
西棒鼻跡付近、藤川小学校前を行く旧東海道。


旧東海道 岡崎市藤川町西町南
藤川宿の町並み。


伝誓寺
旧東海道より延びる参道の先に伝誓寺。裏手の山は権現山と称し、徳川家康の仕えた内藤家長の居城(藤川城)跡と伝わる。


宿場橋
百田川を跨ぐ宿場橋。


関山神社参道
関山神社参道。関山神社は藤川宿北側の山麓に鎮座、古くは赤山大明神と称す。周辺一帯で雲母を産出、雲母は藤川宿の名産物のひとつだった。


旧東海道 岡崎市藤川町中町南
藤川宿の中心部、中町。薬師山北麓に町家を連ね、本陣や脇本陣が置かれた。


藤川宿脇本陣跡
脇本陣橘屋跡。江戸時代中期の建築とされる脇本陣門が残る。宿駅伝馬制度の廃止後は藤川村役場が置かれた。


藤川宿資料館
脇本陣跡に建つ藤川宿資料館。


藤川宿資料館
藤川宿資料館内部。藤川宿に関するパネルや復元模型をはじめ、宿場内に掲げられていた高札を展示する。


藤川宿模型
藤川宿模型の中町辺り。写真手前が薬師山、山腹に薬師堂があったことに名の由来がある。


藤川宿高札
藤川宿に掲げられていた高札。


むらさき麦と脇本陣石垣
脇本陣跡裏手に残る石垣。隣接する畑でむらさき麦が栽培されており、春風に紫の麦穂を揺らす。そろそろ収穫を迎えるのだろう。江戸期に藤川宿一帯で作られたむらさき麦は、戦後まで細々と栽培が続けられたがいつしか消滅、平成6年(1994年)地元の人々の努力により栽培が復活した。


藤川宿本陣跡
森川本陣跡。昨年(2014年)森川家より岡崎市へ土地が寄付され、藤川宿本陣跡広場として整備された。


藤川宿復元高札
本陣跡に設置される復元高札。元々はここより江戸方(東側)の中町と東町(市場村)の境に高札場があった。


藤川宿本陣跡
本陣跡より薬師山を望む。薬師山の山腹にあった薬師堂は、現在廃堂となり本尊薬師像は称名寺本堂内に移されている。後で登ってみよう。


カラムシと本陣石垣
本陣跡裏手に残る石垣。宿場の名産品、縄や網袋の原料として使われたカラムシ(写真手前)が自生している。


藤川宿本陣跡
本陣跡より北側の山々を眺望。


旧旅籠銭屋
佇まいに宿場時代の面影を残す旧旅籠銭屋。


旧商家米屋
天保年間(1830年~43年)建築と推定される旧商家米屋。その屋号が示す通り米穀商を営み、戦後に薬局へ転業した。近年にその薬局も廃業、空き家になっていた建物をリニューアルし、藤川宿の発信基地として”むらさき小町”という店がオープンした。


旧東海道 岡崎市藤川町中町南
藤川宿中町の町並み。


問屋場跡
小林商店の場所が問屋場跡。


稱名寺
中町東端にある巌松山柳田院稱名寺。京都誓願寺を本山とする浄土宗西山深草派、阿弥陀如来座像を本尊とする。永禄11年(1568年)創建。
武田成信の墓
武田信玄の異母弟、河窪信実の末裔にあたる武田成信の墓(写真右端の墓)。成信は藤堂和泉守の家中だったが、宝暦13年(1763年)藤川宿で没したという。墓の裏に解説板が横たわっているのが悲しい。


旧旅籠田口屋
稱名寺参道入口に建つ旧旅籠田口屋。


粟生(あおう)人形店
藤川宿中町と東町(現 岡崎市市場町)の境にある粟生(あおう)人形店。特徴ある印象的な建物だ。


粟生人形店にて
粟生人形店にて。ツバメは子育ての季節、無事に育ち巣立ってほしい。


高札場跡
粟生人形店の向かいが高札場跡。


明星院
粟生人形店の裏手にある弘法山明星院。真言宗醍醐派、本尊は不動明王立像で片目不動と呼ばれる。元は山中郷舞木(現 岡崎市舞木町)の地にあり熊野那智山の末寺だったが、藤川村加宿の市場村成立に伴い延宝3年(1675年)に現在地に移転、天和年間(1681年~83年)京都醍醐三宝院末に改宗したと伝わる。工芸「蔵王権現懸仏」と絵画「那智山参詣曼荼羅」は岡崎市指定文化財。


徳性寺
旧東海道から徳性寺へ延びる参道。僅か100m程の参道に名鉄名古屋本線、山綱川、国道1号が横切る。


旧東海道 岡崎市市場町東町
旧東町(現 岡崎市市場町)を行く旧東海道。


藤川宿駐車場
市場町に設けられる藤川宿駐車場。


津島神社参道入口
津島神社参道入口。


津島神社参道
旧東海道より延びる津島神社参道。名鉄名古屋本線に分断されており、現在はこの参道を通って津島神社には行けない。


市場町の秋葉山常夜燈
市場町の秋葉山常夜燈。寛政7年(1795年)建立。


市場町に残る鉤の手
旧東町の江戸方(東側)端付近に残る連続する鉤の手の道筋。


東棒鼻跡
藤川宿江戸方(東側)出入口、東棒鼻跡。左が宿内に入る旧東海道。


東棒鼻跡
東西の棒鼻跡は広重が描いた浮世絵の景観を復元している。


Tokaido37_Fujikawa.
東海道五十三次之内藤川 棒鼻ノ図
ウィキペディア (Wikipedia): フリー百科事典「藤川宿」より引用


旧商家米屋
東棒鼻跡から藤川宿内を戻り再び米屋前に。


薬師山登山口
薬師山西側に登山口らしき階段を発見。早速登ってみよう。


薬師山登山道
階段を登りきった先、しばらく人が入っていない感じの心細い登山道が延びる。クモの巣を払いのけながら先へ進む。


薬師山登山道
登山道の山頂側に平坦地、薬師堂の跡か?


薬師堂跡
薬師堂跡と思われる平坦地。江戸時代中期に藤川宿で流行した疫病の退散を祈願するため、薬師如来を本尊に祀って薬師堂が建立された。明治6年(1873年)藤川宿で没した江戸力士”江戸ケ嵜”の追善相撲が稱名寺境内で興行された夜、火災に遭って御堂は本尊もろとも焼失。後に石仏の薬師如来像を祀り薬師堂を再建、これも老朽化して廃堂となり本尊は稱名寺本堂内に移された。


薬師山山中
薬師山山中に残る朽ちつつある小屋。


薬師山の小祠
小屋に守られて小祠があるが、これが何なのかは不明。廃堂になった薬師堂に関係していると思うが、長い間放置されたのだろう廃墟感が漂って寂しい。


薬師山登山道
小祠から東側の登山道は見ての通りの状態。まともに歩けそうにない。


薬師山
下山して薬師山を望む。


藤川宿にて
大荷物と「ビールは何派」のメッセージをを背負って歩く旅人、その後ろをついて藤川宿内の旧東海道を西へ戻り。


藤川駅
藤川駅から帰途につく。


【旧東海道歩き 第13日目】東岡崎駅→岡崎宿→藤川宿→藤川駅 歩行距離約11km
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1日目(2013/5/19)三条大橋→大津宿 MAP
2日目(2013/7/13)大津宿→草津宿 MAP
3日目(2013/7/14)草津宿→石部宿 MAP
4日目(2013/8/3)石部宿→水口宿 MAP
5日目(2013/8/4)水口宿→土山宿 MAP
6日目(2013/10/13)土山宿→坂下宿→関宿 MAP
7日目(2014/3/9)関宿→亀山宿→庄野宿 MAP
8日目(2014/5/3)庄野宿→石薬師宿→四日市宿 MAP
9日目(2014/5/4)四日市宿→桑名宿→七里の渡し跡 MAP
10日目(2014/6/8)七里の渡し跡→宮宿→鳴海宿 MAP
11日目(2014/11/2)鳴海宿→池鯉鮒宿 MAP
12日目(2015/4/4)池鯉鮒宿→岡崎宿 MAP
13日目(2015/5/23)岡崎宿→藤川宿 MAP
14日目(2015/7/19)藤川宿→赤坂宿→御油宿 MAP
15日目(2015/9/22)御油宿→吉田宿 MAP
16日目(2015/11/29)吉田宿→二川宿 MAP
17日目(2016/2/20)二川宿→白須賀宿→新居宿 MAP
18日目(2016/4/3)新居宿→舞坂宿→浜松宿 MAP
19日目(2016/5/6)浜松宿→見付宿 MAP
20日目(2016/5/7)見付宿→袋井宿 MAP
21日目(2016/6/25)袋井宿→掛川宿 MAP
22日目(2016/7/17)掛川宿→日坂宿→金谷宿 MAP
23日目(2016/10/8)金谷宿→島田宿 MAP

高札場
【川越街道 旅の報告】
2013年1月13日(日)
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2012年7月8日(日)
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京都三条大橋

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