赤坂宿

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東海道五十三次之内赤阪 旅舎招婦ノ図
ウィキペディア (Wikipedia): フリー百科事典「赤坂宿 (東海道)」より引用


【2015年7月19日(日)旧東海道 藤川宿→赤坂宿】

夏の月 御油より出でて 赤坂や

松尾芭蕉が赤坂宿で詠んだ句である。赤坂宿は西の藤川宿から約9km、東へ行けばわずか約2kmで御油宿に着く。赤坂宿と御油宿間は東海道五十三次で最も宿駅間が短く、夏に月が出でる短さを例えて芭蕉はこの句を詠んだ。東隣の御油宿や吉田宿と共に飯盛女が多く置かれた宿場で、多くの男どもが足を留めて賑わいを見せた。歌川広重は「東海道五十三次之内赤坂 旅舎招婦ノ図」の題を付け、旅籠で働く飯盛女と旅人がくつろぐ様子を浮世絵に描く。この浮世絵のモデルとなったとされるのが旅籠大橋屋、慶安2年(1649年)創業で元は「伊右エ門鯉屋」の屋号、現在の建物は享保元年(1716年)の建築とされる。最近まで旅館業を続けていたが、今年(2015年)3月、360年に渡る歴史に幕を閉じた。リアルに江戸時代の旅籠を実感できる宿泊施設だっただけに、廃業の報は実に惜しい。

天保14年(1843年)当時、赤坂宿の町並み長さ8町30間(約930m)、人口1304人、家数349軒、本陣3軒、脇本陣1軒、旅籠62軒。家数の2割が旅籠というのは他宿に比して多い。いかにここで旅装を解く旅人が多かったことが記録に残る数字からうかがえよう。当初の本陣は彦十郎家の1軒、江戸中期に庄左衛門家・弥兵衛家・又左衛門家が加わって本陣4軒となり、宿駅伝馬制度が廃止される直前の慶応4年(1868年、明治元年)には彦十郎家・長崎屋・桜屋の3本陣、輪違屋が脇本陣を務めている。宿内には赤坂陣屋が設けられ三河の天領支配の中心をなした。




音羽中学校
旧東海道は音羽中学校前で豊川市長沢町から赤坂町へ。


赤坂町西縄手の常夜灯
赤坂町西縄手の常夜灯。皇紀二千六百年と刻んでいることから昭和15年(1940年)建立なのだろう。


杉森八幡社参道入口
杉森八幡社参道入口。この辺りは赤坂宿の京方(西側)端にあたり、ここから少し京方の沿道に見附跡の標柱がある。


杉森八幡社社殿と大クスノキ
杉森八幡社拝殿と大クスノキ。杉森八幡社は大宝2年(702年)持統上皇が伊勢神宮領御厨跡に大神宮と八幡社を勧請し、両宮に神鏡を奉納したと伝わる古社。社殿前に聳えるクスノキは推定樹齢千年、2本の木の根株が一本化しており、夫婦楠とも呼ばれる。


赤坂の舞台
杉森八幡社境内にある赤坂の舞台。明治5年(1872年)に舞台開きをしたと伝わり、平成12年(2000年)改修復元。回り舞台を備えた芝居小屋で、現在も年1回10月に歌舞伎公演が行われている。


旧東海道 豊川市赤坂町紅里
二村編物教室前を行く旧東海道。


赤坂陣屋(大藪)跡
赤坂陣屋(大藪)跡。当初の陣屋は大藪地内にあったが、元禄2年(1689年)神木屋敷(現 赤坂保育園敷地)に移された。幕末に三河県役所に改められ、明治2年(1869年)再び大藪の地に移転した。明治5年(1872年)廃止。


御休処よらまいかん
旧東海道沿いにある”御休処よらまいかん”。平成14年(2002年)オープンの旅籠をイメージした休憩施設。当時の建築様式を再現しているというが、残念ながら訪れた時間が遅く入館できず…。


高札場跡
”御休処よらまいかん”の斜向かいが高札場跡(写真右手前)。


高札場跡
塀際にひっそりと高札場跡の標柱。ぼんやり歩いていたら見過ごしそう。


正法寺参道
正法寺参道。


正法寺本堂
太子山正法寺。聖徳太子が赤坂の地に太子堂を築いたことに起源があると伝わり、創建は弘仁7年(816年)、万巻上人の開基とされる。


正法寺の有楽椿
正法寺のワビスケ(有楽椿)。樹齢400年、1月上旬から3月下旬に花の見頃を迎える。


赤坂陣屋(神木屋敷)入口跡
大橋屋の右際が赤坂陣屋(神木屋敷)入口跡。元禄2年(1689年)大藪の地より移転した赤坂陣屋の入口がここにあった。現在の陣屋跡は赤坂保育園の敷地になっている。


大橋屋
赤坂宿最大の見どころ、旅籠大橋屋。慶安2年(1649年)創業、元は「伊右エ門鯉屋」の屋号で旅籠を営んだ。享保元年(1716年)の建築と伝わる店構え、江戸時代の佇まいを今に残す。


大橋屋
窓越しに内部を少々拝見。創業から約360年、今年(2015年)3月まで旅館業を続けていただけに廃業の報せは非常に残念。


大橋屋
江戸時代の旅籠を今に伝える大橋屋。一度だけでもここに泊まってみたかった。


大橋屋
大橋屋2階の壁面に掲げる絵。多くの飯盛女を抱えて賑わった赤坂宿、広重の浮世絵「東海道五十三次之内赤坂 旅舎招婦ノ図」はここ大橋屋をモデルにしたとされる。往時の様子を垣間見よう。


大黒屋商店
大橋屋から江戸方へ3軒隣、日用雑貨の大黒屋商店。


浄泉寺本堂と蘇鉄
浄泉寺本堂と蘇鉄。浄泉寺は天正16年(1588年)創建、境内の蘇鉄は広重の浮世絵「東海道五十三次之内赤坂 旅舎招婦ノ図」に描かれる蘇鉄とされ、明治20年頃に宿内の旅籠から移された。


尾崎屋
赤坂紅里信号の丁字路北角、明治元年創業(1868年)の尾崎屋商店。「曲輪 民芸品 製造卸問屋」の軒行燈を掲げる。曲輪とは”曲げわっぱ”のことで、桧や杉の薄板を円筒形に曲げて作った木製の箱、主に弁当箱を製造販売している。


尾崎屋
尾崎屋の軒行燈。


赤坂紅里交差点
赤坂紅里信号の丁字路突き当たり右手辺りが庄左衛門家本陣跡。


復元高札
赤坂紅里信号の丁字路南角に設ける復元高札。


彦十郎家本陣跡
彦十郎家本陣跡。江戸期を通して赤坂宿本陣を務めたのは彦十郎家の1軒だけで、最も格式の高い本陣だったと思われる。彦十郎家は宝永8年(1711年)町並図で確認できる本陣4軒の中で最も広い敷地を有し、問屋場も兼ねていた。


赤坂宿問屋場(伝馬所)跡
彦十郎家本陣跡の斜向かいに問屋場跡(写真左手前の民家)。


又左衛門家本陣跡
問屋場跡の右隣り、長福寺参道入口前に又左衛門家本陣があった。写真左手が又左衛門家跡、その奥隣に弥兵衛家本陣が並んでいた。幕末には両家とも没落したのか、本陣に両家の名は見られない。


伊藤屋酒店
又左衛門家本陣跡にある伊藤屋酒店。小店ながら老舗感たっぷり。


又左衛門家本陣跡
長福寺参道入口より又左衛門家本陣跡・問屋場跡を望む。


長福寺
うなぎ屋横に延びる長福寺参道。長福寺は平安時代中期に三河国司の大江定基が愛人力寿姫の死を悼み、その菩提を弔うために寄進した聖観世音菩薩立像を安置する。


長福寺本堂とヤマザクラ
長福寺本堂とヤマザクラ。境内で枝を延ばすヤマザクラは推定樹齢約300年、赤坂町内で最大級の桜の古木だという。


熊野谷観音
長福寺本堂の高台にある熊野谷観音。


うなぎ屋
赤坂宿中心部、京方面を望む。


旧東海道 豊川市赤坂町紅里
宿内には旧商家の建物が所々に残る。


河口社入口
旧東海道から分岐する小路角に河口社入口の標柱、その角にはハイカラな建物。元々は医院だろうか。


関川神社とクスノキ
赤坂宿江戸方(東側)に鎮座する関川神社。境内に聳えるクスノキは推定樹齢約800年、木の根元がえぐれている部分は慶長14年(1609年)の大火による焼け跡と云う。


関川神社の芭蕉句碑
関川神社の芭蕉句碑。


赤坂宿東の見附跡
赤坂宿江戸方(東側)出入口、東の見附跡。


御油の松並木
東の見附跡から先、沿道には御油の松並木。


御油の松並木
赤坂宿と御油宿の間、約600mに渡って松並木が残る。


弥次喜多茶屋
松並木の中で営業している弥次喜多茶屋。しかし時間が遅かったためか、閉店しているよう。いい雰囲気の店なので、次の機会には寄りたい。


御油の松並木
東海道中膝栗毛の一場面に描かれる御油の松並木。
御油の茶屋で松並木に悪狐が出没して人を化かすという話を鵜呑みにする弥次と喜多。次の赤坂へ先に宿をとりに行った喜多、弥次は薄暗い松並木の中を一人後を追う。しかし喜多は一人だと狐に化かされる不安におそわれ、松並木の土手で弥次を待つことに。そこに弥次が追付き、先に赤坂へ行ったはずの喜多がここにいるはずがなく、狐が化けているに違いないと勘繰り、ひと騒動を起こす。そんな物語がここを舞台に描かれている。

幸いに私は狐に化かされることもなく暗がりの松並木を通り抜けた。今でもそんな雰囲気を残す松並木の道である。


御油駅
御油駅に着、ここから家路につく。


【旧東海道歩き 第14日目】旧東海道歩き 藤川駅→藤川宿→赤坂宿→御油宿→御油駅 歩行距離約15km
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1日目(2013/5/19)三条大橋→大津宿 MAP
2日目(2013/7/13)大津宿→草津宿 MAP
3日目(2013/7/14)草津宿→石部宿 MAP
4日目(2013/8/3)石部宿→水口宿 MAP
5日目(2013/8/4)水口宿→土山宿 MAP
6日目(2013/10/13)土山宿→坂下宿→関宿 MAP
7日目(2014/3/9)関宿→亀山宿→庄野宿 MAP
8日目(2014/5/3)庄野宿→石薬師宿→四日市宿 MAP
9日目(2014/5/4)四日市宿→桑名宿→七里の渡し跡 MAP
10日目(2014/6/8)七里の渡し跡→宮宿→鳴海宿 MAP
11日目(2014/11/2)鳴海宿→池鯉鮒宿 MAP
12日目(2015/4/4)池鯉鮒宿→岡崎宿 MAP
13日目(2015/5/23)岡崎宿→藤川宿 MAP
14日目(2015/7/19)藤川宿→赤坂宿→御油宿 MAP
15日目(2015/9/22)御油宿→吉田宿 MAP
16日目(2015/11/29)吉田宿→二川宿 MAP
17日目(2016/2/20)二川宿→白須賀宿→新居宿 MAP
18日目(2016/4/3)新居宿→舞坂宿→浜松宿 MAP
19日目(2016/5/6)浜松宿→見付宿 MAP
20日目(2016/5/7)見付宿→袋井宿 MAP
21日目(2016/6/25)袋井宿→掛川宿 MAP
22日目(2016/7/17)掛川宿→日坂宿→金谷宿 MAP
23日目(2016/10/8)金谷宿→島田宿 MAP

高札場
【川越街道 旅の報告】
2013年1月13日(日)
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京都三条大橋

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