国府立場と伊奈立場

【2015年9月22日(火)旧東海道 御油宿→吉田宿】
欠間追分から御油一里塚跡を過ぎれば立場の置かれた旧国府村(現 豊川市国府町流霞)の街村に着く。国府村は近辺に三河国府の国庁が置かれていたことに村名の由来があるのだろう。国府駅東側にある曹源寺や三河總社(豊川市白鳥町上郷中)辺りが国庁跡、ここから東の地に三河国分寺(豊川市八幡町本郷)、更に北東へ行けば三河国分尼寺跡史跡公園(豊川市八幡町忍池)があり、奈良時代から平安時代にかけて三河国の中心がここにあったことを今に物語ろう。そんな歴史を持つ国府村は御油宿の定助郷村で、毎月4と9の日に六斎市が開かれ五穀やタバコ、縄・莚薪・青物などが売買され、東海道筋には立場が置かれて旅人や人足などが足を休め賑わった。国府立場を過ぎれば東海道は小田渕縄手の松並木、八枚橋(現 五六橋辺りか?)を渡って旧小田渕村(現 豊川市小田渕町)桜町の街村に至る。

桜町の街村を通り抜けて佐奈川を渡って間もなく、伊奈立場(現 豊川市伊奈町新町・茶屋)に着く。伊奈立場は寛永年間(1624年~45年)伊奈村の東海道筋に移住者が居を構え新町・八丁・茶屋の集落を形成、貞享4年(1687年)江戸方端の茶屋町に吉田藩主小笠原長祐が御馳走御茶屋を建てたことが立場としてのはじまり。そのため茶屋町立場と称するのが一般的だったようだ。後に茶屋本陣と俗称される立場茶屋の加藤家が”良香散”という腹薬を売り、この立場の名より知られる街道筋で評判の名薬だったという。この加藤家の生まれである俳人鳥巣は松尾芭蕉と親交があり、貞亨5年(1688年)鳥巣に会うため芭蕉が加藤家を訪れている。


 

欠間追分
欠間追分から江戸へ向けて旧東海道を歩こう。


御油一里塚跡
欠間追分から江戸方へ約200m、蒲郡信用金庫(がましん)の国府支店辺りが御油一里塚跡。江戸日本橋から76里目(約298km)、京三条大橋からは42番目(実測で約206km地点、七里の渡しを27.5kmとして測定)の一里塚。両塚とも現存せず。


旧東海道 豊川市国府町流霞
御油一里塚跡の少し先から旧立場国府の町並み。


大社神社
国府の東海道筋京方端に鎮座する大社神社。旧街道沿いに石垣と白壁が続く。江戸後期の安永・天明年間、国府村内には田沼意次の陣屋が置かれていたが、意次の失脚に伴って廃止されたという。この白壁の石垣はその陣屋から流用されたものと伝わる。


大社神社
大社神社社殿と社務所。大社神社は天元・永観年間(978年~985年)大江定基が三河守に着任の折、三河国の安泰を祈念して出雲大社より大国主命を勧請、合わせて三河国中諸社の神々を祭神に祀ったと社伝にあるという。幕末に徳川14代将軍家茂は長州征伐の戦勝を祈願して短刀を奉納している。


大社神社
大社神社は明治5年(1872年)国府村の総氏神となった。


大社神社と旧東海道
大社神社と旧東海道。


八平次記念館八の蔵
大社神社南側、旧東海道筋にある”八平次記念館八の蔵”。土蔵を改装した多目的ホールがあるらしい。


新栄町2丁目交差点
新栄町2丁目交差点の旧東海道。


藤原屋
藤原屋・旧豊川国府郵便局前を行く旧東海道。


旧東海道 豊川市国府町流霞
坂井洋品店や日用雑貨の伊川屋、河合宝石時計メガネ店などの個人商店が並ぶ。


旧東海道 豊川市国府町流霞
伊川屋と寝具店すずぜん前を行く旧東海道。


伊藤うば車店
伊藤うば車店。乳母車を専門に扱う店もあるんですね。


薬師堂(瑠璃殿)
国府町の商店に並んである薬師堂(瑠璃殿)。


吉文字屋
衣料用品店の吉文字屋。


旧東海道 豊川市国府町流霞
寿し・うなぎ屋の”だるま”辺りが旧国府立場の江戸方出入口。路傍に秋葉山常夜燈が残る。


国府村の秋葉山常夜燈
旧国府立場の江戸方出入口付近に残る秋葉山常夜燈。寛政12年(1800年)国府村の火除け、村中安全を祈願して建立されたもの。


大社神社御旅所
国府町薮下の旧東海道沿いにある大社神社御旅所。


国府交番
国府交番前で旧東海道は国道1号に合流。写真左の交番らしからぬ日本建築が国府交番。


国道1号 豊川市白鳥町
豊川市白鳥町を行く国道1号(旧東海道)。


旧東海道 豊川市白鳥町
国道1号の白鳥跨線橋横に残る旧東海道。道筋はこの先で名鉄名古屋本線により分断されている。


旧東海道 豊川市白鳥
白鳥跨線橋横、旧東海道を江戸方から京方を望む。


旧東海道 豊川市白鳥
白鳥跨線橋横の旧東海道は道路下を潜り抜けているが…。


旧東海道 豊川市白鳥
水没のため通行不能。


旧東海道 豊川市白鳥4丁目
白鳥跨線橋より。旧東海道を横切る名鉄名古屋本線線の列車。


名鉄豊川線
旧東海道の北側を走り抜ける名鉄豊川線の赤列車。


旧東海道 豊川市白鳥
かつての東海道はこの辺りから右方向へ向かっていたが、国道1号の白鳥跨線橋により消失。


旧東海道 豊川市白鳥町
白鳥5丁目西交差点付近、国道1号から旧東海道は直線に延びる。昔は松並木の街道で、小田渕縄手と呼ばれた。


山桃交差点
山桃交差点付近、小田渕縄手の旧東海道。


西古瀬橋
西古瀬川の旧東海道に架かる西古瀬橋。


西古瀬川河畔にて
西古瀬川河畔にて。地味なので蛾かと思ってしまうが、セセリチョウという蝶の仲間。


旧東海道 豊川市小田渕町
西古瀬川と白川の間、小田渕町の旧東海道。わたなべ珈琲店が素敵な佇まい。


五六橋
白川に架かる五六橋。


旧東海道 豊川市小田渕町02
白川を渡れば旧桜町(現 豊川市桜町)の街村が佐奈川辺りまで続いていた。桜町は小田渕村より旧東海道筋に移住して街村を形成、桜の名所だったことから桜町と名付けられたという。


稲荷神社
小田渕町不垂に鎮座する稲荷神社。慶安元年(1648年)小田渕村より桜町に移住した村民の鎮守として創建、宇迦御魂命を祭神に祀る。


稲荷神社境内
小田渕の稲荷神社境内。


若宮白鳥神社参道入口
桜町の旧東海道、若宮白鳥神社参道入口付近。


若宮白鳥神社遥拝所
若宮白鳥神社遥拝所。参道が国道1号に分断されたため、容易に参拝できなくなったために設けられたと思われる。同所に江戸中期の歌人冷泉為村(れいぜいためむら)の歌碑、桜町に訪れた際に詠んだ歌を刻む。

散り残る 花もやあると 桜村 青葉の木かげ 立ちぞやすらふ


若宮白鳥神社参道
若宮白鳥神社参道。国道の向こうに鳥居が見える。ここから神社は近いようで遠いのだ。


旧東海道 豊川市桜町
桜町を行く旧東海道。


旧東海道 豊川市桜町
かつて桜町の旧東海道筋には蕎麦切りを名物にする茶屋が多くあったようだ。


佐奈橋
桜町の江戸方外れ、旧東海道は佐奈橋で佐奈川を越える。

旧東海道 豊川市伊奈町新町畑
佐奈川を渡れば旧伊奈立場(現 豊川市伊奈町新町・茶屋)に。


速須佐之男神社
速須佐之男(はやすさのおの)神社前を行く旧東海道。


速須佐之男神社
速須佐之男神社社殿。旧伊奈村新町の氏神で、天王社と呼ばれていた。


旧東海道 豊川市伊奈町新町
伊奈町新町を行く旧東海道。


山本太鼓店
伊奈町新町の旧東海道筋にある山本太鼓店。旧街道筋では何度か目にした太鼓店であるが、ご多分に漏れずこの店も老舗感たっぷり。江戸時代の創業だろうか。


伊奈一里塚跡
山本太鼓店の軒先にある伊奈一里塚跡の碑。江戸日本橋から75里目(約295km)、京三条大橋からは43番目(実測で約211km地点、七里の渡しを27.5kmとして測定)の一里塚。両塚とも現存せず。


旧東海道 豊川市伊奈町茶屋
伊奈町茶屋、迦具土(かぐつち)神社前を行く旧東海道。


迦具土神社
迦具土神社入口に立つ鳥居。


迦具土神社と茶屋集会所
迦具土神社と茶屋集会所。延宝8年(1680年)創建と伝わり、伊奈村茶屋町の氏神だったと思われる。


伊奈村立場茶屋 加藤家跡
伊奈村立場茶屋の加藤家跡。江戸時代に名薬”良香散”を製造販売していた。松尾芭蕉が訪れ、東京遷都の折に明治天皇が休息した加藤家、今はこの解説板と芭蕉と鳥巣の句碑を残すのみである。

かくさぬぞ 宿は菜汁に 唐が羅し (芭蕉)

ももの花 さかひしまらぬ かきね哉 (鳥巣)


旧東海道 豊川市宿町
伊奈立場を抜けて小坂井村の街村(現 豊川市宿町)に入る。宿場寿しのある辺りが京方端。


古民家カフェ もくせいの花
古民家カフェもくせいの花。店の佇まいがいい感じだったので、ちょっと休憩にと立ち寄ってみたが…。


古民家カフェ もくせいの花
日・月・祝日は定休日のようで…。


明光寺
諏訪山明光寺。


明光寺境内の五輪塔
明光寺境内の五輪塔。野川(現 佐奈川)の川筋にこの五輪塔を置き、現在の豊川市蔵子と宿町の地境を決めていた。これを両者で奪い合って地境争いを繰り広げたらしい。恐らく川筋が度々変わり、地境がはっきりしなかったことが原因なのだろう。五輪塔は下の部分しかなく、上の部分は蔵子地区にあるようで、いまだに和解ができていないのかも。


宿集会所
宿集会所前を行く旧東海道。


旧東海道 豊川市小坂井町西浦・北浦
小坂井町西浦・北浦の旧東海道。


小坂井町の秋葉神社
小坂井町の秋葉神社。


小坂井町の秋葉神社
秋葉神社境内の常夜燈は文化5年(1808年)建立。


旧東海道・伊那街道の分岐点
秋葉神社南側の交差点は旧伊那街道の分岐点。写真交差点左折の道が旧伊那街道。


小坂井踏切
JR飯田線を渡る小坂井踏切。


山二呉服店
山二呉服店。旧街道に呉服店はよく似合う。


菟足神社
菟足(うたり)神社入口付近から旧東海道は低地に向かって下る。


菟足神社一の鳥居
菟足神社一の鳥居。この石鳥居は元禄4年(1691年)吉田城主小笠原長重が寄進したもの。


菟足神社
白鳳15年(686年)の創建と伝わる古社、菟足神社。菟上足尼命(うなかみすくねのみこと)を祭神に祀る。紀元前3世紀頃、東方にある不老不死の霊薬があると聞いた秦の始皇帝が、徐福に霊薬の探索を命じる。徐福が渡来したとされる伝説がこの地にあり、菟足神社で中国的な生贄神事が行なわれてきたことがその伝説を裏付ける一因という。


菟足神社貝塚
菟足神社貝塚。縄文時代の貝塚で、ほとんどがハマグリとシジミだという。写真の地面に白く見えるのは貝殻。太古の昔に人間が居住するに適していた地ということ。


菟足神社貝塚にて
境内の路傍に落ちていた貝殻。縄文時代に生きていたハマグリの貝殻だろうか、手にしてみれば何とも表現のしようがない往古を思う感慨に耽るのである。


若宮社
菟足神社の旧東海道を挟んで向かいにある若宮社。


才ノ木交差点
菟足神社から台地を下りて才ノ木交差点に。菟足神社南東側、豊川放水路が流れるこの辺りの低地は、平安時代には大小の洲を形成する入江で、対岸には船で渡っていたといい、枕草子に書かれる”しかすがの渡し”はこの近辺にあったとされる。弁慶が大雨でここを対岸に渡れず、逗留していた際に植えたと伝わる松が菟足神社一の鳥居付近にある。


子だが橋碑
国道247号(小坂井バイパス)と愛知県道496号が交差する才ノ木南交差点南側、旧東海道(県道496号)沿いにひっそりとある子だが橋碑と解説板。その昔、この辺りには子だが(子断が)橋があり、生贄神事があった菟足神社の春の大祭初日、この橋を最初に渡る若い女性を生贄にする風習があったと伝わる。ある年の春の大祭初日、贄狩りする村人の娘が偶然通りがかってこの橋を渡ってしまい、「子だがやむを得ん」と生贄に差し出してしまう。それ以来”子だが橋”の名が付いたという。本当の話なのかどうか今となっては確かめようもないが、現代では信じがたい伝説である。


万石橋
豊川放水路に架かる高橋手前、善光寺川に架かる万石橋。


旧万石橋
万石橋の下には昭和28年(1953年)改築の旧万石橋が残る。昭和40年(1965年)豊川放水路の通水に伴い現万石橋を架橋、不要となった旧橋がそのまま残っているのは珍しい。


旧万石橋
旧万石橋は往時のままに今も問題なく渡れる。


高橋
豊川放水路に架かる高橋。ここを渡った先で豊川市から豊橋市に。


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東海道 東海道を歩いてます。


1日目(2013/5/19)三条大橋→大津宿 MAP
2日目(2013/7/13)大津宿→草津宿 MAP
3日目(2013/7/14)草津宿→石部宿 MAP
4日目(2013/8/3)石部宿→水口宿 MAP
5日目(2013/8/4)水口宿→土山宿 MAP
6日目(2013/10/13)土山宿→坂下宿→関宿 MAP
7日目(2014/3/9)関宿→亀山宿→庄野宿 MAP
8日目(2014/5/3)庄野宿→石薬師宿→四日市宿 MAP
9日目(2014/5/4)四日市宿→桑名宿→七里の渡し跡 MAP
10日目(2014/6/8)七里の渡し跡→宮宿→鳴海宿 MAP
11日目(2014/11/2)鳴海宿→池鯉鮒宿 MAP
12日目(2015/4/4)池鯉鮒宿→岡崎宿 MAP
13日目(2015/5/23)岡崎宿→藤川宿 MAP
14日目(2015/7/19)藤川宿→赤坂宿→御油宿 MAP
15日目(2015/9/22)御油宿→吉田宿 MAP
16日目(2015/11/29)吉田宿→二川宿 MAP
17日目(2016/2/20)二川宿→白須賀宿→新居宿 MAP
18日目(2016/4/3)新居宿→舞坂宿→浜松宿 MAP
19日目(2016/5/6)浜松宿→見付宿 MAP
20日目(2016/5/7)見付宿→袋井宿 MAP
21日目(2016/6/25)袋井宿→掛川宿 MAP
22日目(2016/7/17)掛川宿→日坂宿→金谷宿 MAP
23日目(2016/10/8)金谷宿→島田宿 MAP

高札場
【川越街道 旅の報告】
2013年1月13日(日)
武蔵国板橋宿を発ってから…
約5ヶ月の月日をかけて、川越城本丸御殿に到着しました!
川越時の鐘
【成田街道 旅の報告】
2012年7月8日(日)
下総国新宿を発ってから…
約5ヶ月の月日をかけて、成田山新勝寺・寺台宿に到着しました!
新勝寺大本堂と三重塔
【会津西街道街道 旅の報告】 2012年1月22日(水)
下野国今市宿を発ってから…
約1年6ヶ月の月日をかけて、
会津鶴ヶ城に到着しました!
鶴ヶ城
【 水戸街道 旅の報告 】 2010年5月5日(水)
武蔵国千住宿を発ってから…
約3ヶ月の月日をかけて、
水戸の銷魂橋に到着しました!
水戸弘道館
【 日光街道 旅の報告 】 2010年1月10日(日)
江戸日本橋を発ってから…
8ヶ月の月日をかけて、
東照大権現が鎮座される
日光東照宮に到着しました!
日光東照宮陽明門
【 中山道 旅の報告 】
2008年10月13日(月)
江戸日本橋を発ってから…
1年10ヶ月もの月日をかけて、 ついに京都三条大橋に到着しました!
京都三条大橋

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