舞坂の松並木から浜松城下へ

【2016年4月3日(日)旧東海道 舞坂宿→浜松宿】
舞坂宿東の見附を出れば浪小僧のお出迎え、その先から東隣の馬郡町まで松並木が続く。江戸時代に舞坂宿の加宿だった馬郡村(現 浜松市西区馬郡町)と坪井村(現 浜松市西区坪井町)を抜ければ立場(茶屋)本陣を設けた篠原村(現 浜松市西区篠原町)に。篠原村の先で東海道は蓮池(現 可美公園一帯)の北側を通り、高塚村(現 浜松市南区高塚町)・増楽村(同増楽町)・若林村(同若林町)・東若林村(同東若林町)の街村を経て、八丁畷(鳥井縄手)の直線道から浜松城下へ向かう。




新町交差点
舞坂宿東の見附を出れば新町交差点。その先に松並木が続く。


白王稲荷神社
新町交差点の北側にある白王稲荷神社。保存会設置の現地解説板によれば、地元では昔から”いなり山”の名で通称され、慶長9年(1604年)の史料にその名が見えるという。平成11年(1999年)現在地へ移転、翌年に京都伏見稲荷より分霊を迎えた。


舞阪町の東海道松並木
新町交差点からはじまる東海道松並木。


舞阪町の東海道松並木
舞阪町に残る東海道松並木。


浪小僧
松並木京方入口付近に置く浪小僧。昔、遠州灘の地引網漁で真っ黒な小僧がかかり、気味悪がった漁師たちが始末しようとしたところ、自分が浪小僧であることを名のり、命を助けてもらえば恩返しに海が荒れる前に海底で太鼓を叩いて知らせると言ったので、海に戻されたという。以来、海鳴りで天候の悪化を知らせるようになったと伝わる。遠州七不思議のひとつ。


舞阪町の東海道松並木
往時の東海道を偲ぶ松並木。やはり旧街道に松並木は似合う。


舞阪町の東海道松並木
松の保存には手間とお金がかかることを垣間見る。保存に携わる方々に感謝しながら松並木の旧東海道を歩こう。


舞坂橋跡
松並木の中に舞坂橋跡。古くは北に西長池という大池があり、南側から西長池に流れ込む小川がここで東海道を横切っていた。その小川を渡るために架けられていたのが舞坂橋、昭和10年頃まで存在していたらしい。


舞阪町の東海道松並木
舞阪町の東海道松並木。


舞阪町の東海道松並木
松並木の中に広重の浮世絵「舞坂今切真景」を刻む石碑を置く。


旧東海道 浜松市西区馬郡町
松並木を抜ければ馬郡町に。


春日神社
応永2年(1395年)奈良の春日大社より祭神を勧請し建立された春日神社。狛犬に代わり雌雄の狛鹿を置く。いかにも春日社らしい。


旧東海道 浜松市西区馬郡町
馬郡町の旧東海道筋は江戸時代に旧馬郡村の街村を形成、舞坂宿の加宿だった。


西本徳寺
永徳元年(1381年)開創、日蓮宗寺院の長久山西本徳寺。元の寺名は”大泉坊”。東海道分間絵図(元禄3年作成)には「大せん坊」の名で見られる。


東本徳寺
こちらが長久山東本徳寺。西本徳寺と宗派・山号も同じ。東海道分間絵図(元禄3年作成)には「せんかう坊」と記され、元の寺名”泉光坊”。大泉坊と泉光坊は本徳寺の一坊で、江戸時代中期以降に東西に分かれ改称したらしい。


旧東海道 浜松市西区馬郡町
馬郡東バス停付近の旧東海道。写真左手の道沿いに見える鞘堂には秋葉燈籠が納まっている。


馬郡の秋葉燈籠
馬郡バス停近くの秋葉燈籠。馬郡町から増楽町にかけて鞘堂に納まった秋葉燈籠が点在する。


旧東海道 浜松市西区馬郡町
旧家が所々に見られる馬郡町の旧東海道筋。


引佐山大悲院本尊観音堂跡
引佐山大悲院本尊観音堂跡。旧跡を示す碑が立つ。治安元年(1021年)定朝(平安時代後期の仏師)作と伝わる観世音菩薩像を安置していた御堂跡、東海道名所図会にも紹介があり往来の旅人から信仰を受けた。昭和42年(1967年)観音堂は老朽化のため解体、安住の場を失くした観音像は如意寺(浜松市西区馬郡町)に移し安置されている。


馬郡学校跡
観音堂跡の裏手に馬郡学校跡。馬郡学校は明治8年(1875年)創設、明治22年(1889年)篠原学校(後の篠原小学校)に合併した。


旧東海道 浜松市西区坪井町
馬郡町から坪井町へ。旧坪井村は東海道筋に街村を形成、馬郡村と共に舞坂宿の加宿だった。


坪井稲荷神社
坪井町に鎮座する稲荷神社。永享12年(1440年)伏見稲荷より勧請したと伝わる。


旧東海道 浜松市西区坪井町
坪井町を行く旧東海道。


愛宕神社
坪井町東端に鎮座する愛宕神社。文禄元年(1592年)京都愛宕社より勧請したと伝わる。


長里橋
篠原町に入って間もなく、長里橋を渡る。


旧東海道 浜松市西区篠原町
篠原小学校前の旧東海道。かつては松並木の街道。


篠原小学校前の名残松
篠原小学校前に残る名残松。倒れかけながらも絶妙なバランスを保って生き延びている。


旧東海道 浜松市西区篠原町
この辺りからが旧篠原村の街村。篠原村は舞坂宿の定助郷村、東側街道筋に大名等が休憩で利用する立場(茶屋)本陣があった。


篠原村高札場跡
篠原村高札場跡。


篠原一里塚跡
篠原一里塚跡。東海道宿村大概帳に「壱里塚 木立左松右榎 左右の塚共篠原村地内」と記す。江戸日本橋から67里目(約263km)、京三条大橋からは51番目(実測で約249km地点、七里の渡しを27.5kmとして測定)の一里塚。両塚とも現存せず。


神明宮
篠原町の神明宮。


篠原村立場(茶屋)本陣跡
立場本陣跡(写真右手前)より旧東海道江戸方を望む。篠原村の立場本陣は鈴木家が務め、大名等の身分が高い人たちに休息場を提供した。明治元年(1868年)明治天皇が休憩に立ち寄っている。本陣向かいには浅田屋という茶屋があった。


立場バス停
ローソン近くにある立場バス停。この辺りの字名が立場、地名に往時を偲べよう。


国道257号 浜松市高塚町
旧東海道は国道257号に合流、篠原町から高塚町へ。沿道にちらほら名残松が見られる。


如法山高蔵寺
本堂前に色とりどりの花壇を添える如法山高蔵寺。


高塚熊野神社大鳥居
高塚熊野神社大鳥居と参道。


高塚熊野神社
高塚熊野神社は延久年間(1069年~74年)創建、紀州熊野本宮の神主が諸国行脚の途中に祭祀したのがはじまりと伝わり、熊野三社権現と称した。安政の大地震が起きる前、神主が夢に見たお告げの通りに高い丘を築き、津波から村人を救ったとの伝説が残る。高塚の地名の由来とされるが、一説には津波の犠牲者をこの地に葬り、砂浜から運んだ砂で高い塚を築いたからともいう。


源十道路
参道から国道を挟んで浜辺方向へ延びる源十道路。現地解説板によれば、道の東に住む高橋登氏と西に住む高橋みち氏の曽祖父が高橋源十という方で、この名をもらい道名を付けたといわれる。


麦飯長者跡
麦飯長者、小野田五郎兵衛家跡。五郎兵衛は明治初年頃まで街道を往来する旅人に湯茶や麦飯を出してもてなし、いつしか麦飯長者と呼ばれる有名人に。この善行が浜松城下まで知れ渡り、小野田姓を許されて後に村役人・庄屋を務めたという。


高塚村高札場跡
高塚村高札場跡。


堀江領境界石
堀江領境界石の標柱。宝永2年(1705年)高塚村は旗本大沢氏の堀江領となり明治維新まで続いた。この辺りに堀江領を示す領界石があったらしい。解説板によれば、高塚町の東端、国道257号の南側に住んでいた高橋長兵衛家の前庭に境界表示の礎石があるとのこと。

是より東浜松領。

浜松藩領界石
「従是東濱松領」と刻む領界石。江戸時代に増楽村以東は浜松藩領、浜松側には本物の領界石が残っている。かつてはここより西側、高塚町と増楽町の境辺りにあったようで、国道拡幅に伴い現在地へ移された。


国道257号 浜松市南区増楽町
熊野神社(写真左手前)から先が旧増楽村。国道257号が貫き往時の面影は薄い。


国道257号 浜松市南区増楽町
旧増楽村の街村を貫く国道257号。旧高塚村から旧増楽・旧若林村にかけての南側には蓮池という大きく細長い池があった。現在の可美公園がその跡地。池の名に示す通り水面が蓮で敷き詰められる池だったようだ。


増楽熊野神社と叟蘿魂碑
増楽熊野神社の社殿横に叟蘿魂碑がある。永享4年(1432年)室町幕府6代将軍足利義教が駿府から京都へ帰る途次、この地にあった老松を見て感動し和歌に詠んだ。

植えておきなの松の根に けふ顕はるる君が千とせぞ

以来、村人はこの老松を”於岐奈乃末都(おきなのまつ)”や”叟蘿之松(そうらのまつ)”と呼んだ。やがて叟蘿(そうら)の読みから”増楽”の字を当て地名になったという。増楽を築いた先人たちに感謝し、地域の繁栄と除災を祈願して平成27年(2015年)、叟蘿魂碑が建立された。


増楽町の秋葉燈籠
増楽町に残る秋葉燈籠。鞘堂に納められその姿は見えない。


若林諏訪神社
若林町西端に鎮座する諏訪神社。大永4年(1524年)内田六郎兵衛なる者が上諏訪社より勧請して建立、明治中期頃まで内田家が代々神主を務めた。当初の社名は諏訪明神。社殿に青色を用いているのが印象的。


みたらしの池跡
諏訪神社境内東側は”みたらしの池”跡。昭和22年(1947年)まで可美小学校敷地南西辺りに存在した池で、小学校の建設に伴い埋め立てられた。昔は可美小学校の運動会で雨が降ると、みたらしの池を埋めたせいだと真しやかに囁かれたという。


若林町の名残松
若林町の国道257号沿いにある名残松。頑張って生き延びてと願うばかり。


可美小学校跡
可美市民サービスセンターの場所が可美小学校の旧地。


若林の松並木
若林の松並木。


若林町の松並木
松並木が歯抜けな状態で国道沿いに残る。


二つ御堂
国道257号を隔てて向きあう薬師堂と阿弥陀堂。合わせて二つ御堂と呼ぶ。藤原秀衡の愛妾が上京の途次、京に滞在していた秀衡死去の誤報を聞き阿弥陀堂を建立、薬師堂は京で病気が快復した秀衡が東国下向の際に心配してくれた愛妾に感謝の意を込めて建立したと伝わる。


東若林町の八幡神社
東若林町の八幡神社。創建年代不詳、天正7年(1579年)の棟札が残っている。祭神は品陀和気命(ほんだわけのみこと、応神天皇)で京都石清水八幡宮より勧請した。


若林一里塚跡
八丁畷(鳥井縄手)にあった若林一里塚跡。国道257号が通って道路拡幅されたためだろう、両塚とも消失。江戸日本橋から66里目(約259km)、京三条大橋からは52番目(実測で約253km地点、七里の渡しを27.5kmとして測定)の一里塚で、可美地区自治会連合会設置の解説板を設けている。


八丁畷(鳥井縄手)
東若林町から浜松城下に向かって八丁畷(鳥井縄手)の直線道が延びる。昔は沿道に松並木が続いていた。


堀留川と鎧橋
八丁畷(鳥井縄手)を横切る堀留川とそこに架かる鎧橋。平安時代、比叡山延暦寺と鴨江寺(浜松市中区鴨江)は鴨江寺の戒壇設置を巡って争いとなり、比叡山の僧兵が鴨江寺を攻めた。鴨江寺側の僧兵はここで水田一帯に水を張り、鎧を着て橋を守り固め応戦、後に鎧橋と名付けられたという。双方で戦死者が千人を数えたといい、その亡骸を鎧橋北側に葬り塚が築かれた。千塚(血塚とも)と呼ばれたと伝わる。


よろい橋バス停
鎧橋北側にある”よろい橋バス停”。ここは今から約900年に比叡山延暦寺と鴨江寺の僧兵が対峙した言わば古戦場。戦死者を葬ったとされる千塚(血塚とも)がどこに築かれていたのか今となってはわからない。平安の昔に思いを馳せてここを歩く。


八丁畷(鳥井縄手)
八丁畷(鳥井縄手)の旧東海道上を、歩く旅人を嘲笑うかのごとく新幹線が過ぎ去る。


西浅田交差点
西浅田交差点、東海道本線に阻まれ旧東海道は一時消失、この高架橋先で浜松城下へ入ってゆく。


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しまむー

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自称りーまんな旅人。
千葉県在住。

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現在の行程

東海道 東海道を歩いてます。


1日目(2013/5/19)三条大橋→大津宿 MAP
2日目(2013/7/13)大津宿→草津宿 MAP
3日目(2013/7/14)草津宿→石部宿 MAP
4日目(2013/8/3)石部宿→水口宿 MAP
5日目(2013/8/4)水口宿→土山宿 MAP
6日目(2013/10/13)土山宿→坂下宿→関宿 MAP
7日目(2014/3/9)関宿→亀山宿→庄野宿 MAP
8日目(2014/5/3)庄野宿→石薬師宿→四日市宿 MAP
9日目(2014/5/4)四日市宿→桑名宿→七里の渡し跡 MAP
10日目(2014/6/8)七里の渡し跡→宮宿→鳴海宿 MAP
11日目(2014/11/2)鳴海宿→池鯉鮒宿 MAP
12日目(2015/4/4)池鯉鮒宿→岡崎宿 MAP
13日目(2015/5/23)岡崎宿→藤川宿 MAP
14日目(2015/7/19)藤川宿→赤坂宿→御油宿 MAP
15日目(2015/9/22)御油宿→吉田宿 MAP
16日目(2015/11/29)吉田宿→二川宿 MAP
17日目(2016/2/20)二川宿→白須賀宿→新居宿 MAP
18日目(2016/4/3)新居宿→舞坂宿→浜松宿 MAP
19日目(2016/5/6)浜松宿→見付宿 MAP
20日目(2016/5/7)見付宿→袋井宿 MAP
21日目(2016/6/25)袋井宿→掛川宿 MAP
22日目(2016/7/17)掛川宿→日坂宿→金谷宿 MAP
23日目(2016/10/8)金谷宿→島田宿 MAP

高札場
【川越街道 旅の報告】
2013年1月13日(日)
武蔵国板橋宿を発ってから…
約5ヶ月の月日をかけて、川越城本丸御殿に到着しました!
川越時の鐘
【成田街道 旅の報告】
2012年7月8日(日)
下総国新宿を発ってから…
約5ヶ月の月日をかけて、成田山新勝寺・寺台宿に到着しました!
新勝寺大本堂と三重塔
【会津西街道街道 旅の報告】 2012年1月22日(水)
下野国今市宿を発ってから…
約1年6ヶ月の月日をかけて、
会津鶴ヶ城に到着しました!
鶴ヶ城
【 水戸街道 旅の報告 】 2010年5月5日(水)
武蔵国千住宿を発ってから…
約3ヶ月の月日をかけて、
水戸の銷魂橋に到着しました!
水戸弘道館
【 日光街道 旅の報告 】 2010年1月10日(日)
江戸日本橋を発ってから…
8ヶ月の月日をかけて、
東照大権現が鎮座される
日光東照宮に到着しました!
日光東照宮陽明門
【 中山道 旅の報告 】
2008年10月13日(月)
江戸日本橋を発ってから…
1年10ヶ月もの月日をかけて、 ついに京都三条大橋に到着しました!
京都三条大橋

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