池田の渡し

時間が押して歩けなかった天竜橋から池田の渡船場間の旧東海道をカバーすべく、日を設けて歩いてきたので早速道中の様子を記事に書いておこう。詳細は前の記事に書いたので概説と補足を簡潔に。池田の渡しは明治7年(1874年)に天竜橋の前身である船橋が架橋されるまで東海道筋に存在した天竜川渡船、東岸の池田村とその対岸中野町に渡船場が設けられていた。また、池田から見付宿への東海道は南側に大きく迂回して長森立場や中泉町を通るルートだったため、ここをショートカットする池田近道と呼ぶ間道があった。ショートカットしてしまうのは現代人も変わらぬ人間の性、池田近道を旅人が頻繁に往来したため寛政年間(1789年~1801年)に道中奉行が往来禁止としている。なお、この池田近道は見付宿を起点とする姫街道の一部をなす。

東海道名所記(万治年間、1658年~60年刊行)より天竜川についての記載を下に抜粋。当時の渡船賃と新田義貞のエピソードを紹介している。
「小天龍 大天龍 舟渡しの川なり。武士には船賃なし 商人百姓には銭六文をとる ことさら物まうてのともからには 三疋五疋をかきましてとるなり むかし新田左中将義貞と 足利の高氏とかつせんあり  よし貞うちまけて都にのぼられけるとき 此川に浮橋を渡して 軍兵どもをわたしはてて後に みづから渡らんとし給ふに ながれつよくして 浮橋の中四五間きれて侍べりしを よし貞ことともせず よろひをもぬかずとびこえられし也 まことに奇特の名将なりき」
*原文中の変体仮名は平仮名に変換




天竜橋跡碑
明治11年(1878年)完成、昭和8年(1933年)に廃橋となった名物木橋、天竜橋跡の東袂。天竜橋跡碑が設置され往時を偲ぶ。


旧東海道 長森
天竜橋跡東詰の旧東海道を長森立場方面。前回訪れたときはこちらを進んだが、前回は振り返って池田方面へ。


旧東海道 長森
池田方面へ延びる旧東海道。


長森交差点
長森交差点から先、池田入口、小立野I.C交差点にかけて旧東海道は県道・国道の主要道と交差。かつてこの辺りは松並木の街道が池田へ向けて延びていた。


旧東海道 池田
池田の旧東海道入口に。


旧東海道 池田
黒板壁の長屋門が沿道に建ち旧街道の面影を残す。


池田の常夜灯
街道筋にある池田の常夜灯。寛政9年(1797年)建立。


旧東海道 池田
板塀の質感がいかにも旧家の趣き。


旧東海道 池田
池田を行く旧東海道。


下之渡船場跡
下之渡船場へ続く旧道。


天龍川渡船場跡碑
下之渡船場跡には天龍川渡船場跡碑が立つ。


粒見堂観音
天白神社参道入口にある粒見堂観音。永享6年(1434年)妙法寺二代目僧侶が夢に見たお告げにより天竜川で聖観世音を発見したと伝わる尊像を祀る。


天白神社
旧池田村の鎮守、天白神社。江戸時代には池田宿大名神と称す。古より池田近辺に住む力自慢の若者が集まり、天竜川を境に東西に分かれて角力(相撲)で競技、喧嘩角力と呼ばれ世に知られていたという。その風習が今も残り、毎年の祭礼で子供相撲が行われている。


中之渡船場跡
天白神社の境内西側が中之渡船場跡。


中之渡船場跡
中之渡船場跡へ続く旧道。


旧東海道 池田
上・中之渡船場間の旧東海道。食料品店”八百宗”や”かずや洋品店”が沿道にあり、池田の中心部らしい町並み。


旧東海道 池田
杉田屋製菓舗や太田薬局、仲屋商店等の店舗が沿道に並ぶ。


上之渡船場跡
上之渡船場跡への旧道。


上之渡船場跡
上之渡船場跡から池田市街への旧道。池田橋跡の東詰にあたり碑を設けている。池田橋は明治15年(1882年)天竜橋上流約1.5km地点に架橋の木橋、昭和初期に天竜橋と共に撤去された。


上之渡船場跡
上之渡船場跡。堤防外側にそれっぽい石畳を敷く。


池田の渡し公園
堤防の内側、河川敷は池田の渡し公園として整備される。


上之渡船場
現代の上之渡船場入口。


池田の渡し
現代の上之渡船場には船着場が設けられ、毎年4月中旬からゴールデンウイークにかけて開催される”池田熊野の長藤まつり”で池田の渡しを再現運行しているようだ。


池田の渡し
江戸時代に思いを馳せ、ここから渡し船に乗って対岸の中野町へ行ってみたい。


池田の渡しにて
池田の渡しにて。


池田の渡し歴史風景館
上之渡船場への旧道入口にある池田の渡し歴史風景館。


池田の渡し歴史風景館
こじんまりとした無人の資料館ながら、往時の池田の渡しを模型展示する。旧東海道歩きの旅人には休憩がてらに見学できる有り難い施設。


上之渡船場跡
池田の渡し歴史風景館前には常夜灯。渡し船で往来する旅人を見続けてきたのだろう。


池田の町並み
上之渡船場跡から東へ延びる道。


熊野の長フジ
行興寺境内にある”熊野(ゆや)の長フジ”。平安時代末期に平宗盛(平清盛の三男)に仕えた熊野御前が植えたとの伝承がある。熊野は謡曲熊野や平家物語に登場する人物。


熊野の長フジ
熊野の長フジは1本が国指定、5本が県指定の天然記念物。いずれも見事な枝を延ばすフジの巨木、これほどのものはなかなかお目にかかれない。4月下旬から5月上旬に見頃を迎える。


ゆやの墓・ゆやの母の墓
ゆやの墓・ゆやの母の墓。700年前のものとか。


行興寺門前
行興寺を後に。ここで池田の渡しの散策は終い。池田の渡しの散策前に見学した金原明善生家を追記しておこう。

江戸時代末期、天保3年(1832年)安間村(現 浜松市東区安間町)の名主の家に生まれた金原明善(きんぱらめいぜん)。青年期より天竜川の氾濫で幾度となく大水害を経験した明善は明治8年(1875年) 治河協力社を設立し、 築堤工事をはじめ堤防の補強改修など生涯を通して天竜川の治水に尽力、特に明治18年(1885年)から始めた植林による天竜川の治水事業は流域に多大な好影響を及ぼし、治水もさることながら林業振興にも貢献した。明善が育てた山林は金原林や金原模範林と呼ばれ、現在は金原治山治水財団が管理する。金原治山治水財団のホームページで明善の生涯を映像で見ることができるので、興味のある方はこちらから↓

金原治山治水財団
http://wm-meizen.jp/index.html


金原明善生家
金原明善生家。安間村の名主を務めた旧家らしい佇まい。


金原明善生家
実は見学者入口は勝手口で、西側のこちらが正式な入口。門の奥は玄関に通じており貴賓用の出入口に使われた。


金原明善生家
勝手口から屋内に入れば明善の遺品等、その功績を知る展示が見られる。


金原明善生家・客間
金原明善生家の客間。


金原明善生家・玄関
こちらが正式な出入口の玄関。


金原明善生家・庭
小ぢんまりとしながらも心落ち着く庭。


金原明善生家二階
金原明善生家の二階。展示物を所狭しと置く。



金原明善記念館の歌碑
金原明善生家の向かい、金原明善記念館の敷地一角に明善の功績を称えた歌碑を置く。

木を植えて 天龍の川 治めんと 心も固く 若き日の明善


撮影日:2016年7月16日(土)
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