見付宿

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東海道五十三次之内見附 天竜川図
ウィキペディア (Wikipedia): フリー百科事典「見附宿」より引用


【2016年5月7日(土)旧東海道 見付宿】
見付宿は江戸日本橋から東海道五十三次を28宿目、京都三条大橋からは26宿目にあたり、西側に天竜川渡河を控えて往来の旅人で賑わった宿場町。古くは”見附”とも書く。京方から東海道を来るとここで初めて富士山が望めたといわれ地名の由来になったとも。つまり「富士山を見つけたぞ!」というわけだが、白須賀宿付近の潮見坂上で富士山が望めるようだし、広重も”東海道五十三次之内舞坂”の浮世絵に富士山を描いており、この説は怪しい。遠江国府が存在した古代、見付宿の南側一帯は今之浦という入り江になっており、海付(うみつけ)の地だったことに因むともいわれる。

元亀元年(1570年)徳川家康は遠江侵攻を本格化すべく、三河の岡崎城から遠江の浜松城へ居城を移すが、実は見付が当初の居城候補地だった。実際に家康は浜松城の築城以前、城之崎城(現 磐田城山球場一帯)の築城工事に取り掛かっている。城之崎城は当時低湿地帯だった今之浦の東方丘陵上を城域とする要害地なうえ、中世には宿場町として発展していた見付宿を城下町に利用できたわけであり、遠江侵攻の拠点にはもってこいの地に思える。しかし、武田信玄が健在である武田家の全盛期、天竜川の東に位置する見付の地では、武田家に攻められたときに天竜川が背水となるうえ、織田家の援軍も得られにくくなることから、家康は築城工事の中止を決断、居城を浜松の地に変更したといわれる。もしこの決断がなければ見付宿は城下町になり、今に見る町並みも随分と異にしたことだろうが、それ以前に武田信玄の西上作戦(三方ヶ原の戦い)に臨む家康が生き長らえることができたかどうか…。歴史を見れば徳川家にとって運命を左右する決断だったと言えよう。

見付宿の天保14年(1843年)当時の人口3935人、家数1029軒、うち本陣2軒、脇本陣1軒、旅籠屋56軒。本陣は神谷三郎右衛門家(南本陣)と鈴木孫兵衛家(北本陣)、脇本陣が文化2年(1805年)から大三河屋新左衛門家が務めた。京方から横町、西坂町、馬場町、東坂町と続く町並み。横町・西坂町境で東海道から本坂通(姫街道)が分岐、見付から天竜川渡船の”池田の渡し”へ通じる近道だったことから池田近道とも呼ばれる。歌川広重は「東海道五十三次之内見附 天竜川図」の題を付け、池田の渡しの様子を浮世絵に描く。名物は粟餅等。




只来坂旧道
磐田郵便局前から只来坂旧道の下りに。


只来坂旧道
只来坂旧道。坂下より撮影、右が新道。


東福山西光寺
只来坂下にある東福山西光寺。元和6年(1620年)入内のため江戸城から京へ向かう途次の東福門院(後水尾天皇の妃、2代将軍徳川秀忠と江の五女)が休憩に立ち寄った。この縁で東福門院より七堂伽藍や山号、地蔵菩薩像等を賜っている。この地蔵菩薩像は日切地蔵尊と呼ばれ、日を限って願えば叶うと古くから信仰され、今も多くの信仰者が参拝に訪れる。


東福山西光寺
西光寺の薬医門。中泉御殿の表門を移築したものと伝わる。


東福山西光寺
東福山西光寺は阿弥陀如来を本尊とする時宗の古刹。文永2年(1265年)真言宗の寺院として創建、建治・弘安年間(1275年~87年)に時宗へ改宗し修行道場となった。鴨川道場と呼ぶ。


西光寺の大楠
西光寺の大楠。現在は並び立つナギの木と共に恋愛成就のパワーズポットらしい。


加茂川橋
見付宿京方端に架かる加茂川橋。


加茂川
加茂川橋下を流れる加茂川。


西木戸跡
加茂川橋北詰が見付宿京方出入口の西木戸跡。


本坂通(姫街道)見付起点
本坂通(姫街道)見付起点。


本坂通(姫街道)
見付起点より本坂通(姫街道)。東海道をショートカットして池田の渡しへ行ける近道だったが、旅人が正規の東海道を通らずこちらを頻繁に往来したため、寛政年間(1789年~1801年)道中奉行が往来禁止としている。


河原橋
本坂通(姫街道)の河原橋より見付起点を望む。


姫街道(本坂道)02
河原橋より池田方面を望む。正面の常夜灯を右に分岐し急坂を上る道が本坂通(姫街道)。


見付宿西坂町
旧西坂町の町並み。


西坂の梅塚
梅屋小路の入口にある西坂の梅塚。昔、旧暦8月初めに年番で怪物の犠牲として娘を供える風習があり、年番の家には白羽の矢が立てられたという。年番を務めた家にはその印として梅が植えられ、ここは西坂町で最後のものだったと伝わる。同様の梅塚が東坂町にもある。


栗田家土蔵群
梅屋小路奥にあったはずの栗田家土蔵群。近代に煙草業は磐田の産業の一つで、ここに旧栗田煙草合資会社があり、明治初期から昭和初期にかけて建築された5棟の土蔵があった。平成18年(2007年)この土蔵群が市登録文化財の第1号に指定されたが、維持管理が続けられなくなったのか、訪れたときには更地と化していた。


見付宿にて
街灯にはジュビロ磐田のフラッグがたなびく。


見付宿西坂町
江戸方より旧西坂町の町並み。


玄妙寺
旧西坂町東端北側にある玄妙寺。元中2年(1385年)日什上人により開創、本堂に安置する日蓮上人像は元和9年(1624年)の作。毎年11月12日にある”お命講”では鬼子母神の大祭も併せて行われ、参詣者に授与される”子育てぞうり”を子供に履かせると元気に育つという。


慈恩寺
玄妙寺裏手にある慈恩寺。こちらは臨済宗で、応永年間(1394年~1428年)の開創と伝わる。天文年間(1532年~55年)に中興、寛永11年(1634年)再中興され諸堂を整備、江戸時代末から寺子屋が開かれた。


脇本陣大三河屋門
いこいの広場に置く脇本陣大三河屋門。大三河屋ははじめ旅籠で文化2年(1805年)脇本陣に。現在の秀英予備校見付校が大三河屋跡にあたる。脇本陣門は中泉の中津川家に移築されていたが、平成19年(2007年)現在地に移築復元された。


脇本陣大三河屋門
ボランティアガイドの計らいで閉門の状態も見せてもらいました。


いこい茶屋
脇本陣門の奥にある”いこい茶屋”でお茶を頂き、しばし休憩。


旧見付学校
そして旧見付学校を見学に。右の鳥居は遠江国総社の淡海國玉神社。


旧見付学校
明治8年(1875年)建築の旧見付学校校舎。明治16年(1883年)に2階天井裏を改築して3階階部分を増築、今に残す校舎が完成した。木造擬洋風小学校校舎としては現存する日本最古のもので、国の史跡に指定。内部を一般公開している。


旧見付学校
教室では当時の授業風景を再現。


いろは図
いろは図。いろはにほへと ちりぬるを わかよたれそ つねならむ…、近代まで使われてきた仮名の手習い手本。


旧見付学校教員室
こちらは教員室。先生がいかにも厳格そう。


磐田文庫
校舎裏手にある磐田文庫。元治元年(1864年)総社神官の大久保忠尚が創設にした。今に言う私設図書館で、一般人にも開放されたという。


旧見付学校4階
旧見付学校4階。校長室や応接室に使われたといわれるが、確たる記録が無いらしい。


旧見付学校5階
旧見付学校の5階は太鼓楼。児童登校の合図や正午の時報としてここで太鼓を打ち鳴らした。現在、太鼓は1階に展示されている。


旧見付学校太鼓楼からの眺め
5階太鼓楼から南側の眺め。見付宿を眼下に望む。


淡海國玉神社
北側を望めば眼下に淡海國玉神社の社殿。


鈴木孫兵衛家(北本陣)跡
鈴木孫兵衛家(北本陣)跡。


神谷三郎右衛門家(南本陣)跡
神谷三郎右衛門家(南本陣)跡。北本陣の斜向かい、北井上小路の突き当りに南本陣があったが、現在は本陣跡地を静岡県道86号が貫いている。


脇本陣大三河屋跡
脇本陣大三河屋跡。いこいの広場で見た脇本陣門は、かつてこの辺りにあったはず。


問屋場跡
静岡銀行見付支店の場所が問屋場跡。


井口製菓
見付名物の粟餅を製造販売する井口製菓。


粟餅
これが粟餅、箱のデザインに趣きがあっていい。後でゆっくり食べよう。


寺小路(御殿小路)
大見寺へ至る寺小路(御殿小路)。


大見寺絵図
元禄11年(1698年)の大見寺絵図(磐田市教育委員会文化財課設置の解説板より)
大見寺境内は中世に今川家が築いた見付端城の本丸跡にあたり、絵図には境内を取り囲む本丸土塁や御殿跡が描かれている。本丸北側に二の丸があり、現在は磐田北小学校の敷地になっている。


大見寺本堂
御殿跡に建てられている大見寺本堂。


見付端城の土塁
大見寺境内西側に残る見付端城の土塁。


中川橋
中川に架かる中川橋。


見付宿東坂町
中川橋上より旧東坂町を望む。


宣光寺
宣光寺の地蔵堂へ延びる地蔵小路。地蔵堂に祀る延命地蔵菩薩は鎌倉時代の作。三方ヶ原の戦いで見付は戦火に遭い、幼児に化身した地蔵が火傷を負いながらも火を消し回り、多くの被災者が難を逃れたとの伝説から”身代わり地蔵”の別称がある。


東坂の梅塚
東坂の梅塚。


天白さま
てんぱく小路筋にある天白さま。水野薬局駐車場の看板が立つここに、天白信仰の神様を祀っていたのか。道名の由来なのだろうが詳細不明。


熊野神社
権現小路筋にある熊野神社。江戸時代中期に熊野大権現を勧請し建立、周辺一帯は権現町と称した。


矢奈比売神社(見付天神)参道入口
矢奈比売神社(見付天神)参道入口。旧東海道から境内へ至る道は天神道と呼ぶ。


矢奈比売神社(見付天神)参道
上り坂の参道に鳥居が並ぶ。


悉平太郎像
見付天神に棲む妖怪を退治した伝説の霊犬、悉平太郎(しっぺいたろう)像。


矢奈比売神社拝殿
矢奈比売神社拝殿。拝殿前に雌雄2頭の願掛け牛が鎮座する。矢奈比売神社は矢奈比売命が主祭神、相殿に菅原道真公を祀ることから見付天神と通称される。


矢奈比売神社境内にて
矢奈比売神社境内にて。毎年9月に行われる見付天神裸祭は国の重要無形民俗文化財に指定される。


愛宕橋
見付宿江戸方端、蛇堀に架かる愛宕橋。かつては東詰に木戸を設けていた。写真右奥の山頂に見えるのが愛宕神社で、その左側を上る坂道が旧東海道(見付東坂)。


東木戸跡付近にて
東木戸跡付近の路傍にて。


木戸のモニュメント
東木戸跡近くに設ける木戸のモニュメント。


愛宕神社
見付宿東外れ、愛宕山上に鎮座する愛宕神社。


見付宿眺望
愛宕山より見付宿を眺望。


阿多古山一里塚
見付東坂の途中、阿多古山一里塚付近。両塚が現存しているようだが確認できず。北塚が民家の敷地内、南塚が愛宕神社裏手に現存している。江戸日本橋から62里目(約243km)、京三条大橋からは56番目で実測約272km地点(七里の渡しを27.5km、天竜川池田の渡し迂回分を+2kmとして測定)にあたる一里塚。


元門と元天神道
元門と元天神道。旧東海道から見付天神に通じる裏参道で、江戸時代中期頃まではこちらが表参道だった。その参道入口の塚上に大正9年(1920年)銘の石碑があり、ここを元門と呼ぶ。


秋葉灯籠
見付東坂上にある大正4年(1915年)建立の秋葉灯籠。


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10日目(2014/6/8)七里の渡し跡→宮宿→鳴海宿 MAP
11日目(2014/11/2)鳴海宿→池鯉鮒宿 MAP
12日目(2015/4/4)池鯉鮒宿→岡崎宿 MAP
13日目(2015/5/23)岡崎宿→藤川宿 MAP
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15日目(2015/9/22)御油宿→吉田宿 MAP
16日目(2015/11/29)吉田宿→二川宿 MAP
17日目(2016/2/20)二川宿→白須賀宿→新居宿 MAP
18日目(2016/4/3)新居宿→舞坂宿→浜松宿 MAP
19日目(2016/5/6)浜松宿→見付宿 MAP
20日目(2016/5/7)見付宿→袋井宿 MAP
21日目(2016/6/25)袋井宿→掛川宿 MAP
22日目(2016/7/17)掛川宿→日坂宿→金谷宿 MAP
23日目(2016/10/8)金谷宿→島田宿 MAP

高札場
【川越街道 旅の報告】
2013年1月13日(日)
武蔵国板橋宿を発ってから…
約5ヶ月の月日をかけて、川越城本丸御殿に到着しました!
川越時の鐘
【成田街道 旅の報告】
2012年7月8日(日)
下総国新宿を発ってから…
約5ヶ月の月日をかけて、成田山新勝寺・寺台宿に到着しました!
新勝寺大本堂と三重塔
【会津西街道街道 旅の報告】 2012年1月22日(水)
下野国今市宿を発ってから…
約1年6ヶ月の月日をかけて、
会津鶴ヶ城に到着しました!
鶴ヶ城
【 水戸街道 旅の報告 】 2010年5月5日(水)
武蔵国千住宿を発ってから…
約3ヶ月の月日をかけて、
水戸の銷魂橋に到着しました!
水戸弘道館
【 日光街道 旅の報告 】 2010年1月10日(日)
江戸日本橋を発ってから…
8ヶ月の月日をかけて、
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日光東照宮に到着しました!
日光東照宮陽明門
【 中山道 旅の報告 】
2008年10月13日(月)
江戸日本橋を発ってから…
1年10ヶ月もの月日をかけて、 ついに京都三条大橋に到着しました!
京都三条大橋

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