掛川宿

Tokaido26_Kakegawa.jpg
東海道五十三次之内掛川 秋葉山遠望
ウィキペディア (Wikipedia): フリー百科事典「掛川宿」より引用


【2016年6月25日(土)旧東海道 掛川宿】
2006年の大河ドラマ”功名が辻”の主人公山内一豊とその妻千代、上川隆也と仲間由紀恵が主役を好演し、脇を固める信長役の舘ひろしと秀吉役の柄本明、そして家康が西田敏行、今思えば家康=西田敏行はハマり役だった。あれから10年も経つのだと、改めて時の流れの早さを実感する。
山内一豊が家康の関東移封後に居城とした掛川城、その城下町として発展してきたのが掛川で、逆川を境に右岸側が掛川城を中心にする武家町、左岸側に東海道が東西に通り宿場町を形成し、東海道五十三次26宿目の宿場町として賑わった。天保14年(1843年)当時の人口3443人、家数960軒、うち本陣が中町浅羽屋本陣と連雀町沢野屋本陣の2軒、脇本陣なし、旅籠屋30軒。家数に占める旅籠屋の割合が他の宿場と比して極端に少なく、飯盛女もほとんどいなかったらしい。京方より十九首町・下俣町・十王町(西町の付属)・西町・中町・連雀町・仁藤町・木町(喜町)・新町と続く町並みで、東海道に沿う表町の他に、瓦町・塩町・肴町・紺屋町・研屋町が裏町や横町を構成、宿場は13町で成立していた。歌川広重は「東海道五十三次之内掛川 秋葉山遠望」の題を付け、遠く秋葉山を背景に、二瀬川(現 倉真川)に架かる大池橋の様子を描いている。名物は白酒、名産は葛布(くずふ)と刺し足袋。




逆川橋
逆川に架かる逆川橋。大正期以前の逆川は橋の上流部から北方向に流れていたため、逆川橋は存在しなかった。


逆川と掛川城
逆川橋より掛川城を遠望。


掛川宿 十九首町
大タカ時計店前のY字路を左に分かれる道が旧東海道、ここから掛川宿西端の十九首町となる。かつては宿京方出入口の西見付が設けられていた。


掛川宿 十九首町
十九首町の家並み。地内に平将門をはじめとする19名の首が葬られたとされる塚があり、これが町名の由来。


東光寺門前
東光寺門前、十九首町東端の旧東海道。


東光寺と成田山遥拝所
十九首町にある東光寺と成田山遥拝所。東光寺の始まりは養老年間(717年~724年)行基が開基したと伝わる真言宗の草庵にあり、天慶の乱(940年)後に平将門をはじめ19人の首級がこの地に葬られ、この草庵をもとに平将寺を建立。天文年間(1532年~1555年)になって曹洞宗に改宗し、東光寺と名を改めた。本尊は将門の念持仏とされる薬師如来。

東光寺本堂の左隣りが成田山の御堂、明治10年(1877年)成田山新勝寺より不動明王尊を勧請して不動堂を建立、大正14年(1925年)新勝寺より遠州唯一の遥拝所として認可されたという。そもそも新勝寺は平将門を鎮圧するため、不動明王尊を奉じて不動護摩の儀式を行ったことに起源を持つ。関東では有名な話だが、将門を祭神に祀る神田明神を参拝した者は成田山新勝寺を参拝してはいけないとの迷信があるほどに因縁の関係。将門の首が葬られたとされる場所に、その祟りを恐れず成田山の遥拝所を設けた勇気には恐れ入る。ある意味ここは隠れたパワースポットなのかもしれない。


十九首塚
将門をはじめ19人の首級が葬られたことを伝える十九首塚。昔は19基の首塚があったが、土地開発のため徐々に数が減り、将門のものとされる一基だけが残っていたという。現在は将門の首塚を中心に18名の名を刻んだ石碑を周りに配している。平将門の首塚は大手町にあるものが有名だが、掛川にもあったとは。


血洗川
東光寺の南側を流れる小川。ここが将門をはじめ19人の首級を洗ったとされる血洗川なのだろう。


キネマ食堂
十九首町の東隣り、下俣町へ入る。右手にキネマ食堂。


掛川宿 旧十王町
下俣町の次は旧十王町。西町に付属する町で、旧東海道から南方にある十王堂に町名の由来がある。


十王橋
西町と十王町の境をなした十王橋。かつてはここが掛川城下への京方出入口、枡形を設け北側に西番所が置かれていた。


掛川城蕗の門
円満寺入口に建つ掛川城蕗の門。元は蓮池の畔にあった四脚門で、明治5年(1872年)円満寺が買い取り、現在地に移築された。


掛川城蕗の門
蕗の門より旧東海道を望む。


掛川宿 旧瓦町
瓦橋へ続く道。蛇行する白線に芸術性すら感じる。道筋は旧瓦町にあたる。


掛川宿 中町
ここから中町。


中町交差点
中町交差点。南東角付近が問屋場跡にあたる。


清水銀行掛川支店
中町交差点北東角にある清水銀行掛川支店。


清水銀行掛川支店
清水銀行の壁には山内一豊と千代。


清水銀行掛川支店
清水銀行は建物もさることながら、入口に「札差」の木札を掲げ、城下町を意識した粋な計らい。


掛川宿問屋場跡
中町より京方の中町交差点を望む。写真左手辺りが問屋場跡。


グランカーム掛川中町
中町に建つグランカーム掛川中町。中町にあった浅羽屋本陣跡がどこなのか、標識等が無くはっきりしないのだが、中町中央の東海道筋南側にあったことが東海道分間延絵図からわかる。推定地にあたる建物の敷地面積を地図で見る限り、ここが浅羽屋本陣跡と思える。


掛川宿 中町
グランカーム掛川中町前を行く旧東海道。


連雀西交差点
中町と連雀町の境、連雀西交差点。


掛川宿 連雀町
連雀町の町並み。


掛川本陣通り
連雀町の旧東海道筋北側にある掛川本陣通り。様々な飲食店の小店舗が集まり屋台村の様相。その名に示す通りここが沢野屋本陣跡とされる。

掛川本陣通り
http://honjin-douri.com/


掛川宿 連雀町
沢野屋本陣跡前の旧東海道。


連雀名店街
連雀名店街。シャッターを下ろす店が多く、行き交う人も少ない。


連雀橋
連雀橋上より、連雀町と仁藤町境を流れる小川。


掛川宿 仁藤町
仁藤町の町並み。


天然寺
仁藤町北側にある浄土宗泉洞山天然寺。


ゲイスベルト・ヘンミィの墓
天然寺にはゲイスベルト・ヘンミィの墓がある。この人はオランダ使節団の一員で、寛政10年(1798年)11代将軍家斉との謁見を終え、長崎に帰る途次に掛川宿で病気が悪化して死亡、天然寺に葬られた。


掛川宿 仁藤町
仁藤町東端、旧東海道は食堂割烹大和田がある交差点を右折。


桂花園
食堂割烹大和田の向かいには”くず湯”の老舗、桂花園。ここで製造販売する丁葛(ちょうくず)を何種類か購入する。桂花園と大和田前の交差点北東角辺りが高札場跡で、かつては札之辻と呼ばれた。


札之辻
北側より札之辻を望む。右手前の建物が桂花園、旧東海道は右から奥方向に曲がる。


掛川宿 木町(喜町)
仁藤町から木町(喜町)へ入る。旧東海道は手前からシミズ写真館を過ぎて左折。


掛川宿 木町(喜町)
木町江戸方の鉤の手。旧東海道は右から奥に進み城下出入口の木戸跡へ。


木町・新町境の木戸跡
木町と新町の境、江戸方城下出入口の木戸跡。枡形の道筋が残る。左手前辺りに番所が設けられていた。


東海道分間延絵図 木町・新町
東京国立博物館 東海道分間延絵図_13巻之内5(画像番号E0017463)を基に作成
東海道分間延絵図で木町・新町辺りを見てみる。矢印方向を撮影したのが上写真。何となく往時の様子をイメージできるだろうか。


掛川宿 旧新町
新町七曲がり。城下出入口の枡形から新町・葛川境まで七曲りと呼ばれ、旧東海道は連続して鉤の手に曲げられている。


掛川宿 旧新町
そねめん前、旧新町を行く旧東海道。


掛川宿 旧新町
秋葉常夜燈が残る鉤の手。旧東海道は手前から右(江戸方)。


東伝寺
旧新町江戸方端にある東伝寺。


掛川宿 旧新町
旧東海道は左から奥(江戸方)。この辺りが宿江戸方出入口の見付跡。


旧東海道 葛川
掛川宿を出て東進、葛川を行く。


掛川宿の散策を終えて、まだ日没までには時間があったので掛川城を見学しておくことに。

逆川と掛川城
奥姫橋付近より逆川と掛川城を望む。


掛川城大手門
元位置より50m程北側に復元された掛川城大手門。


掛川城大手門番所
大手門内側に建つ大手門番所。安政6年(1859年)に再建された番所で、廃藩後に元静岡藩士谷庄右衛門が居宅用に移築、昭和53年(1980年)になって谷家より市へ寄贈され、元位置に近い現在地へ移築復元した。


三光稲荷
大手門番所裏に鎮座する三光稲荷。山内一豊が掛川城と城下の整備に取り掛かった文禄年間(1592年~96年)、伏見城の普請に携わった縁で伏見稲荷を勧請したことにはじまるという。


こだわりっぱ
掛川城より逆川対岸、緑橋の袂にある”こだわりっぱ”。食事処に土産物屋を併設する休憩施設。


掛川城四足門
本丸へ通じる四足門。正保城絵図を元に復元された。


三日月堀
四足門の北側、本丸門跡前面に残る三日月堀。その名が示す通り三日月状の内堀。


十露盤堀
本丸を囲む十露盤堀の一部。


掛川城本丸門跡
本丸出入口の本丸門跡。


掛川城本丸と天守
本丸より天守を見上げ。


掛川城太鼓櫓
本丸門跡と太鼓櫓。


掛川城天守
天守丸へ至る石段を登り。


掛川城太鼓櫓
天守丸より太鼓櫓と三の丸を望む。


掛川城二の丸御殿
天守丸より二の丸御殿を眼下に。


掛川城天守
掛川城天守は嘉永7年(安政元、1854年)に発生した安政東海地震により損壊、再建されることなく明治2年(1869年)廃城に。安政東海地震から約140年を経た平成6年(1994年)、木造建築による天守復元がなされた。開館時間が過ぎていたため門は固く閉ざされ…、次に再訪しよう。


掛川城太鼓櫓
天守石段より望む太鼓櫓。掛川城に現存する唯一の櫓で、安政大地震後に再建されたもの。元は荒和布(あらめ)櫓があった場所で、昭和30年(1955年)現在地に太鼓櫓が移築された。


掛川城三の丸
辺りが暗くなってきて、三の丸広場よりライトアップされる天守を仰ぎ見て。


掛川城夜景
掛川城夜景。


掛川駅
掛川駅より帰途につこう。


久寿桜と丁葛
帰りの新幹線車内にて。桂花園で買った久寿桜と丁葛。


平松あられ
細田の平松商店で買った”あられ”をつまみにして至福のひと時。


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1日目(2013/5/19)三条大橋→大津宿 MAP
2日目(2013/7/13)大津宿→草津宿 MAP
3日目(2013/7/14)草津宿→石部宿 MAP
4日目(2013/8/3)石部宿→水口宿 MAP
5日目(2013/8/4)水口宿→土山宿 MAP
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7日目(2014/3/9)関宿→亀山宿→庄野宿 MAP
8日目(2014/5/3)庄野宿→石薬師宿→四日市宿 MAP
9日目(2014/5/4)四日市宿→桑名宿→七里の渡し跡 MAP
10日目(2014/6/8)七里の渡し跡→宮宿→鳴海宿 MAP
11日目(2014/11/2)鳴海宿→池鯉鮒宿 MAP
12日目(2015/4/4)池鯉鮒宿→岡崎宿 MAP
13日目(2015/5/23)岡崎宿→藤川宿 MAP
14日目(2015/7/19)藤川宿→赤坂宿→御油宿 MAP
15日目(2015/9/22)御油宿→吉田宿 MAP
16日目(2015/11/29)吉田宿→二川宿 MAP
17日目(2016/2/20)二川宿→白須賀宿→新居宿 MAP
18日目(2016/4/3)新居宿→舞坂宿→浜松宿 MAP
19日目(2016/5/6)浜松宿→見付宿 MAP
20日目(2016/5/7)見付宿→袋井宿 MAP
21日目(2016/6/25)袋井宿→掛川宿 MAP
22日目(2016/7/17)掛川宿→日坂宿→金谷宿 MAP
23日目(2016/10/8)金谷宿→島田宿 MAP

高札場
【川越街道 旅の報告】
2013年1月13日(日)
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川越時の鐘
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2012年7月8日(日)
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新勝寺大本堂と三重塔
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武蔵国千住宿を発ってから…
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【 日光街道 旅の報告 】 2010年1月10日(日)
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2008年10月13日(月)
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