大井川渡し

【2016年10月8日(土)旧東海道 金谷宿→島田宿】
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東海道五十三次之内金谷 大井川遠岸
ウィキペディア (Wikipedia): フリー百科事典「金谷宿」より引用

「箱根八里は馬でも越すが 越すに越されぬ大井川」

かつて遠江と駿河の国境をなし、東海道最大の難所だったといわれる大井川。軍事上の理由から架橋は許されず、両岸の金谷宿と島田宿が抱える多くの川越人足の既得権益を守るために渡船すら禁止され、東海道を往来する旅人は川越人足による肩車や連台に乗って川を越すしかなかった。川越賃銭は当日の水量によって決められ、大水ともなれば数日も足止め、越すに越されぬ大井川となるわけである。金谷・島田側の両岸には川越人足が待機する番宿や業務の拠点となる川会所が設けられ、幕府はそれぞれに350人の人足を置くことを定めていたが、幕末には交通量が増大して約650人にも膨れ上がったらしい。今では大井川橋で難なく渡河できるので難所を感じることはないが、当時の様子は広重の浮世絵に垣間見ることができる。

その大井川右岸に町を形成したのが金谷河原町(金谷宿川越し場)。川庄屋・年行事・吟味人が詰める川会所をはじめ、川越人足たちが詰める番宿(壱番~拾番宿)、川越人足が旅客から受け取る川札(今で言う切符)を換金する札場等を置き、大井川の渡河を生業にする人々で町が形成されていた。中でも宿(仲間の宿)は川越人足を牛耳る詰め所で、川越えの継立てする順番を決めていたといい、人足たちにとっては最も重要な場所だったことが想像できよう。そんな金谷宿川越し場の人足たちが闊歩したのも今は昔、残念ながら島田宿側の川越し場は多くの遺構を残すが、金谷宿側は何も残っていない有り様、相当に想像をたくましくして歩かねばならない。




秋葉神社
金谷宿川越し場(旧八軒屋、金谷河原町)の京方入口。秋葉神社(写真左手前)先の左手に高札場・川会所があった。


秋葉神社
金谷宿川越し場京方(西側)入口に鎮座する秋葉神社。


金谷宿川越し場 三番宿跡
右手前が三番宿跡。その奥に二番宿・六番宿が並んでいた。


金谷宿川越し場 加藤家跡
平成16年(2004年)まで江戸時代の建物を残していた加藤家跡。現在は解体保存され、地元有志が復元を目指している。金谷には宿場・川越しで賑わった時代の遺構がほぼ残っておらず、正直なところ見どころが少ない。旧加藤家住宅の復元が待たれるところだ。


金谷宿川越し場 九番宿跡
九番宿跡(写真右手前)。


金谷宿川越し場 七番宿・拾番宿跡
七番宿・拾番宿跡付近の旧東海道。


金谷宿川越し場跡
金谷宿川越し場の江戸方外れ。この先に八軒屋橋が架かる。


八軒屋橋
新堀川に架かる八軒屋橋。かつては板橋で川越し場と大井川の川岸を隔てる場所だった。


金谷宿川越し場跡
八軒屋橋東袂に設置される案内板。往時の川越えの様子を浮世絵風に描く。


義人仲田源蔵像
八軒屋橋東袂にある義人仲田源蔵像。時代は江戸から明治になり、大井川の川越えが廃止され川越人足たちは職を失う。それを救おうと尽力したのが仲田源蔵という人。自分の田地を売ってまでして金を作り、政府に直訴すべく東京へ。その運動が実って、政府は牧之原台地の開拓を名目に川越人足らに救済金を給付した。今では牧之原台地は日本を代表する緑茶の産地である。


水神社
ひっそりと小ぢんまり鎮座しながらも、主張が強い水神社。


八軒屋橋
八軒屋橋より金谷宿方面。


大井川渡し場跡
かつて八軒屋橋から先は大井川の河原だった。旅人は水神社に安全を祈願し、不安な面持ちで川越人足の肩車や連台に乗って川を渡ったのだろう。


大井川渡し跡
大井川の渡し跡。川岸は河川敷に整備され、今や往時の面影を見ない。


大井川渡し跡
大井川渡し跡より振り返って金谷方面。かつて河原だったこの辺りで、旅人は川越人足の連台や肩車から乗降していたはず。


大井川橋
渡し跡の上流に架かる大井川橋(旧国道1号)。昭和3年(1928年)に竣工した橋長1026.4mの鋼製トラス橋。土木学会選奨土木遺産に認定されている。


大井川渡し跡
橋上から大井川渡し跡を望むと、広々とした河原に往時の様子を垣間見よう。


大井川
幾筋にも分かれて流れる大井川。往時に比して水量こそ減っているのだろうが、広重の浮世絵に見る景観を感じられる。


大井川
島田側の川岸。大井川を渡れば駿河国である。


島田大堤
大井川橋東袂より川下に向かって延びる島田大堤。江戸時代に築かれた高さ二間(約3.6m)もの大堤で、長さは三一五〇間(約5733m)と当時の資料に記録されているという。今では途切れ途切れになりながらも、島田宿や下流域の村々を水害から守ってきた様子を伝えている。


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