島田大祭大名行列
【2016年10月9日(日)旧東海道 島田宿】
島田大祭の見どころの一つ、大名行列。江戸時代には島田御陣屋の代官が供奉していたが、寛政6年(1794年)に御陣屋が駿府に統合されてからは、島田宿の有力家から子供を出して大名役を務めるようになったという。明治になり静岡藩島田十万石支配所が置かれて以来、十万石の格式で大名行列が仕立てられるのが慣わしになった。御本祭当日の大名行列は11:40に七丁目東バス停前を出発 、私は一里塚跡付近で待ち構えて見物することに。お先触・御先騎・大奴・大鳥毛・御殿様と続き、最後に葛籠馬を引き締めくくられる絢爛豪華な大名行列、3年に1度しか見られないと思ったら、見る方も気が引き締まる。

大名行列の先頭、お先触がやってきた。

拍子木を打ち鳴らし、「下にー、下にー」と触れを出しながら進む。

お長柄の列が続き。

先陣をきる侍大将の御先騎が登場。

馬上の御先騎は幼いながらも凛々しい表情。

赤鉄砲と黒鉄砲の稚児行列。

いやはや、可愛らしい鉄砲隊です。

御弓・具足が続く。

そして御先騎の二人目。

陣笠の家紋が「丸に橘」のように見える。これは井伊氏の家紋で、来年の大河ドラマ「おんな城主 直虎」にあやかったものでは、さすがに考え過ぎか…。

御先騎が過ぎ去り。

行列の花形、大奴25人衆が登場。

奇抜ないで立ちと歩き方、奇祭と言われるにふさわしい。

大奴25人衆が過ぎ去り。

大奴の後に続くのは大鳥毛。

本来の大名行列における大鳥毛は、鳥の羽毛やヤクの尾毛を染めて飾った長槍の鞘を指し、大名の威厳を示す役割を持っていた。天空の邪気を払い世に平和をもたらすものとされる。

大鳥毛を持って疾走。

御殿様の御一行。

御殿様の具足。

台弓と打物。

お鷹と餌差。

唄方が続く。

満を持して御殿様が登場。幼いながらも凛とした顔つきに殿さまの貫録十分。

殿様に台傘・槍持・挟箱が従い。

大名行列の殿(しんがり)は葛籠馬。背の両側につづらをつけた馬で、約60kgの荷を背負っている。

白馬に絢爛な荷物、とにかくありがたい。

去りゆく葛籠馬。大名行列はこれで終い。

大名行列の賑わいが嘘のように静かな東見付跡へ。ここが島田宿江戸方出入口。

島田宿東外れ、御仮屋町の旧東海道。島田大祭のため車両は通行止め。そこには見張り番の人たちが。華やかな祭りの裏には、こういった方々の働きがあるのだ。

御仮屋町に設ける大井神社御旅所。御仮屋町は江戸時代には”下島”という地名だったが、御旅所が設けられることから現地名に。御旅所は旭町の大工が1日で建てるといい、正に一夜城ならぬ一夜御旅所。大祭最終日に大井神社からここまで神輿渡御の”お渡り”が行われる。
島田大祭の見どころの一つ、大名行列。江戸時代には島田御陣屋の代官が供奉していたが、寛政6年(1794年)に御陣屋が駿府に統合されてからは、島田宿の有力家から子供を出して大名役を務めるようになったという。明治になり静岡藩島田十万石支配所が置かれて以来、十万石の格式で大名行列が仕立てられるのが慣わしになった。御本祭当日の大名行列は11:40に七丁目東バス停前を出発 、私は一里塚跡付近で待ち構えて見物することに。お先触・御先騎・大奴・大鳥毛・御殿様と続き、最後に葛籠馬を引き締めくくられる絢爛豪華な大名行列、3年に1度しか見られないと思ったら、見る方も気が引き締まる。

大名行列の先頭、お先触がやってきた。

拍子木を打ち鳴らし、「下にー、下にー」と触れを出しながら進む。

お長柄の列が続き。

先陣をきる侍大将の御先騎が登場。

馬上の御先騎は幼いながらも凛々しい表情。

赤鉄砲と黒鉄砲の稚児行列。

いやはや、可愛らしい鉄砲隊です。

御弓・具足が続く。

そして御先騎の二人目。

陣笠の家紋が「丸に橘」のように見える。これは井伊氏の家紋で、来年の大河ドラマ「おんな城主 直虎」にあやかったものでは、さすがに考え過ぎか…。

御先騎が過ぎ去り。

行列の花形、大奴25人衆が登場。

奇抜ないで立ちと歩き方、奇祭と言われるにふさわしい。

大奴25人衆が過ぎ去り。

大奴の後に続くのは大鳥毛。

本来の大名行列における大鳥毛は、鳥の羽毛やヤクの尾毛を染めて飾った長槍の鞘を指し、大名の威厳を示す役割を持っていた。天空の邪気を払い世に平和をもたらすものとされる。

大鳥毛を持って疾走。

御殿様の御一行。

御殿様の具足。

台弓と打物。

お鷹と餌差。

唄方が続く。

満を持して御殿様が登場。幼いながらも凛とした顔つきに殿さまの貫録十分。

殿様に台傘・槍持・挟箱が従い。

大名行列の殿(しんがり)は葛籠馬。背の両側につづらをつけた馬で、約60kgの荷を背負っている。

白馬に絢爛な荷物、とにかくありがたい。

去りゆく葛籠馬。大名行列はこれで終い。

大名行列の賑わいが嘘のように静かな東見付跡へ。ここが島田宿江戸方出入口。

島田宿東外れ、御仮屋町の旧東海道。島田大祭のため車両は通行止め。そこには見張り番の人たちが。華やかな祭りの裏には、こういった方々の働きがあるのだ。

御仮屋町に設ける大井神社御旅所。御仮屋町は江戸時代には”下島”という地名だったが、御旅所が設けられることから現地名に。御旅所は旭町の大工が1日で建てるといい、正に一夜城ならぬ一夜御旅所。大祭最終日に大井神社からここまで神輿渡御の”お渡り”が行われる。

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