池島炭鉱 ~閉山から16年を経て~

平成13年(2001年)池島炭鉱が閉山してから16年の時を経た今年(2017年)、1970年代に7千人以上を数えた人口はわずか150人程、所狭しと建てられた炭鉱アパートは数棟を残して無住の廃墟に。全盛期に1300人近くの児童を抱えた小学校の生徒数は今や2名で、中学校は生徒がおらず休校中。半農半漁で生計を立てる島民が静かに暮らしていた池島を、幻が如く繁栄させた炭鉱関連の設備は潮風により腐食がすすんで少しずつ消え去り、島は元来の姿に戻ろうかとしている最中なのではと思えてしまう。閉山から6年後の平成19年(2007年)、池島の地域活性化を図るため、三井松島産業株式会社は池島アーバンマイン株式会社を設立し、金属のリサイクル事業を立ち上げて炭鉱から都市鉱山へと変革を遂げようとするが、これが頓挫して昨年(2016年)に40億円の負債を抱えて倒産した。池島が行く先はどこなのだろうか…、閉山から16年を経た姿とは。




旧桟橋
旧桟橋にある”あこうの木”。様々な顔に彩られたブイが木の周りを取り囲み、来島を歓迎してくれているのだろう。しかし潮風による劣化が進んで、少々怖い有様に。池島の怪奇スポットになってしまっている。


桟橋前停留所
桟橋前停留所からコミュニティバスに乗車。炭鉱前停留所へ移動する。


第一立坑
地上と海底坑道を繋ぐ第一立坑。池島で最初に造られた立抗で、櫓ではゲージを昇降させて作業員や機材等の積み出しが行われた。頭上を通す配管は水道管で、池島ではメンテナンスがしやすかったことを理由に水道管をすべて地上に通していたという。


第一立坑
第一立坑にズーム。櫓には2つの大きな滑車が見え、かつてはこの滑車にゲージが吊られていたのだろう。


炭車
第一立坑近くに残る炭車(石炭運搬用の貨車)。


水道管とボタ運搬軌道の跨道橋
水道管とボタ運搬軌道の跨道橋。


食堂
単身者が利用していたという旧食堂。ガイドさんによれば、食堂で働いていたおばちゃんは随分とモテたようで、見るたびに化粧が濃くなっていたらしい。おばちゃんに何があったのでしょうか…。


食堂
蔦に覆われつつある旧食堂。


炭鉱アパート群
そして、炭鉱アパート群を見学に。


3号アパート住宅内
3号アパート4階の一室は見学用に当時の生活を再現。


3号アパート住宅内
キッチン。


3号アパート屋上からの眺望
3号アパート屋上からの眺望。見学用に屋上へ登れるようにしている。


第一立坑と抗口
左端に見える櫓が第一立坑、右端手前の抗口から延びる渡り廊下のような設備は掘り出した石炭を運ぶコンベアで、原炭ポケットへと続いている。


アーバンマイン工場と倉庫
奥に見える施設は平成19年(2007年)に設立された池島アーバンマイン株式会社の金属リサイクル工場と倉庫。会社は昨年(2016年)40億円の負債を抱えて倒産、工場の解体が進められているようだ。


3号アパート屋上からの眺望
3号アパート屋上から南西方向。炭鉱アパートが並ぶ壮観な眺め。


3号アパート屋上からの眺望
3号アパート屋上から北西方向。やはり炭鉱アパートが並ぶ。奥に見える四方山は池島で最も標高が高い場所で、貯水タンクが設けられている。かつてはこの貯水タンクから生活用水が配水されており、ガイドさんによれば夏場は蛇口をひねると生温い湯が出てきたとのこと。現在は本土から海底水道で水が供給されている。


東浴場
東浴場。炭鉱時代からある現役の共同浴場。


東浴場
何ゆえか、ガイドさんにここで記念撮影を勧められ。次に来た時にはここで風呂に入りなさいということか。


蔦に覆われたアパート
蔦に覆われたアパート。人が住まなくなると16年でこんな状態になるんだ…、すごいね自然の営みは。


公園
これは公園。よく見ると遊具が残存している。


所長宅
ガイドさんの説明によれば、ここは所長と言っていたように記憶しているが、とにかく上層部の家族が住む社宅だったとか。


慰霊碑
昭和49年(1974年)8月に建立の慰霊碑。当時の松島炭鉱株式会社社長の武富氏により「南の海底に眠る同志の霊に捧ぐ」との題で碑文が添えられている。石炭採掘は危険と隣り合わせの仕事だけに、池島でも殉職した炭鉱従事者が少なからずいたのだろう。不謹慎ながらガイドさんによれば、ここは狭い島内にあって人目に付きにくく車を止められる貴重な場所で、若い男女が逢い引きするスポットだったらしい。


第二立坑と大蟇島・小蟇島
第二立坑櫓と大蟇島(おおびきじま)・小蟇島(ごびきじま)。池島炭鉱の海底坑道は池島から蟇島方向に向かって掘り進められ、その総延長は約96kmにも及んだ。大蟇島には坑道の空気を循環するための入気立坑と排気立坑が設けられ、第二立坑から遠隔操作していたという。


第二立坑
第二立坑は坑道が海底深く遠くへと延びるにつれ、作業員を効率よく現場へ運ぶために設けられた2基目の立坑。ここから作業員はケージに乗って一気に海面から650m下の地底まで降り、そこから高速人車やマンベルト(動く歩道のようなもの)で採炭場まで移動した。移動時間に約1時間かかったというから、なかなか通勤も大変だったようだ。


第二立坑
ガイドさんに連れられ第二立坑を見学に。


第二立坑
車での通勤はこの道を通り、徒歩の通勤は敷地北東側の階段を使っていた。


慈海の女神像
第二立坑櫓と慈海の女神像。通称を「シェー」像というらしい。海底炭鉱のある蟇島方面を向いて立つ。


慈海の女神像
ガイドさんに「シェー」のポーズを勧められたが今回は自重。次にここで撮ってもらえる機会があれば、必ず完璧な「シェー」をやりましょう。


池島鉱事務所
第二立坑事務所。入口前には炭鉱夫と子供の像。


炭鉱夫と子供の像
炭鉱夫と子供の像。昭和57年(1982年)建立、池島小学校の城台教諭他、生徒一同の作。


炭鉱夫と子供の像
台座に残る標語。


池島鉱事務所
入口軒先に”池島鉱”の文字がわずかに読み取れる。


第二立坑大浴場
第二立坑の大浴場。150人程が一度に入れる大浴場で、四角い湯船は熱めの湯、その周りがぬるめの湯だったとのこと。


第二立坑大浴場
浴場周辺に並ぶ洗い場。ひーふーみーと、大雑把に数えて確かに150席くらいの洗い場がある。それぞれの洗い場にある小型の浴槽みたいなのは作業着の洗濯槽。炭鉱夫はここで汚れた体と作業着を洗い、湯船に浸かって1日の疲れを癒したわけだ。


第二立坑通勤用階段とゴルフ場跡
第二立坑とアパート群を繋ぐ通勤用階段。その右手の雑草が生い茂る場所、実はゴルフ場跡である。往時にはショートコースが設けていたらしいが、今やティーショットを打ったらナイスショットでもロストボールになりそうな状態。


第二立坑の見学を終えて、次は池島のシンボル的存在となっている8階建て炭鉱アパートの見学に↓

8階建てアパート
8階建てアパートの陸側。こちらが表にあたり、斜面を利用して5階部分に入口のスロープが設けられている。これはエレベータが無いための工夫で、住民の負担を軽減すべく5階から上下に階段を使えるようにしている。つまり、1階は共同浴場だったので、住民は最大でも3階分の階段を上り下りすれば家に帰れたわけだ。


8階建てアパート
8階建てアパートの海側。建ち並ぶ姿は壮観。


8階建てアパート
建物の壁色に違いがあるのは潮風の影響によるもので、元々は同じ塗装色だったらしい。


8階建てアパート
5階に入口のスロープが繋がる共用部分があり、8階屋上にはアパートを繋ぐ渡り廊下が設けられている。


8階建てアパート
梅雨の季節柄、あじさいと8階建てアパート。


8階建てアパート
8階建てアパート海側、道路を跨ぐ水道管。老朽化で脱落の危険があるとのことから、数日のうちにガイドさんが撤去するとのこと。この光景を見られるのもあとわずか。


池島小学校
全盛期に約1300人の生徒を抱えた池島小学校。このマンモス校の外観で現在の生徒数は2名、教師は校長先生を含めて3名だとか。小学校裏手には池島中学校の校舎があるのだが、現在は生徒がおらず休校中。


池島小学校
校舎前には異端な感じでヤシらしき木が立つ。


池島小学校グランド
池島小学校のグランド。ナイター照明を完備しているのに驚いた。ガイドさんによれば、3交代の炭鉱夫が昼夜を問わず野球を楽しむために設けられ、照明は無料で使えたとのこと。観衆からプレーヤーの炭鉱夫に対し、えげつない野次がとんで、プレーが妨害されることもしばしばあったという。想像するだけでも楽しそう。


池島総合食料品小売センター
池島総合食料品小売センター。残念ながら今は食料品の小売はやってません。


池島の猫
食料品小売センター前、車がほとんど通らない道には猫がくつろぐ。


かあちゃんの店
食料品小売センターはやってないが、食堂の”かあちゃんの店”だけは営業を続けている。


かあちゃんの店
店前には腹を空かせた人ではなく、猫がいっぱい。


かあちゃんの店03
成猫に混じって子猫の姿も。


かあちゃんの店
興味津々。それは食べ物ではありませんよ。


グランド前停留所
そろそろ帰りの船のタイムリミット。まだまだ池島探索を続けたかったが、グランド前停留所からコミュニティバスに乗り池島桟橋へ向かう。


長崎市コミュニティバス
長崎市コミュニティバスに揺られて池の口停留所に。


池島港船客待合所
池島港船客待合所へ戻ってきました。


アパート跡
待合所北側のここには7棟のアパートが並んでいたが、近年に解体撤去された。池島にあるアパートの構造であれば、1棟当たりの解体費相場は約3千万円なのだが、やってみたら構造躯体がしっかりし過ぎていて、これでは採算が合わないと解体業者がぼやいたらしい。アパートの解体が進まず池島の現状があるのはこういった理由があるわけだ。


高速乗船券
佐世保行き高速乗船券を購入し。


池島港
池島港を眺めながら船を待つ。


選炭場と石炭船積み機トリンマー
去りゆく前に選炭場と石炭船積み機トリンマー。


発電所と海水淡水化施設
発電所と海水淡水化施設を眺めて再訪しようと心に誓い。池島にはリピータが多いとガイドさんが言っていたが、その気持ちがよくわかる。


レピード2
大島行きのレピード2に乗船し、池島とお別れ。


大島造船所
肥前大島港で佐世保行きのレピードに慌ただしく乗り換えて出港、大島造船所を横に見ながら。
大島も松島と同様に江戸期から石炭採掘が行われ、大正6年(1917年)大島炭鉱株式会社が設立され本格的に石炭採掘を開始。昭和10年(1935年)松島での採掘を断念した松島炭鉱株式会社は、大島の鉱区を買収して炭鉱開発を進めた。昭和45年(1970年)閉山。現在は造船の島へと変貌を遂げている。


大島造船所
大島造船所に停泊する大型船。


れぴーど
佐世保港の新港桟橋に到着し下船。


させぼ五番街
桟橋から"させぼ五番街”。平成25年(2013年)開業の新しいショッピングタウン。


新みなとターミナル
佐世保の海の玄関口、新みなとターミナル。


佐世保駅
新みなとターミナルから佐世保駅へ移動。近代的な駅舎は平成13年(2001年)に高架化に伴い完成した。


佐世保駅
佐世保駅はJR佐世保線と松浦鉄道(MR)の接続駅。


ログキット
佐世保と言えば、やはり佐世保バーガー。駅舎内にあるログキットでスペシャルバーガーを注文。

佐世保バーガー LOGKIT
http://logkit.jp/


佐世保バーガー
レギュラーサイズでこの大きさ。味も量も大満足です。


特急みどり
四ヶ町で佐世保の夜を楽しんだ翌日、佐世保駅9:44発博多駅行の特急みどりに乗車。


シーサイドライナー
最後にシーサイドライナーを撮影して佐世保を後に。


撮影日:2017年6月29日(木)
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1日目(2013/5/19)三条大橋→大津宿 MAP
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4日目(2013/8/3)石部宿→水口宿 MAP
5日目(2013/8/4)水口宿→土山宿 MAP
6日目(2013/10/13)土山宿→坂下宿→関宿 MAP
7日目(2014/3/9)関宿→亀山宿→庄野宿 MAP
8日目(2014/5/3)庄野宿→石薬師宿→四日市宿 MAP
9日目(2014/5/4)四日市宿→桑名宿→七里の渡し跡 MAP
10日目(2014/6/8)七里の渡し跡→宮宿→鳴海宿 MAP
11日目(2014/11/2)鳴海宿→池鯉鮒宿 MAP
12日目(2015/4/4)池鯉鮒宿→岡崎宿 MAP
13日目(2015/5/23)岡崎宿→藤川宿 MAP
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17日目(2016/2/20)二川宿→白須賀宿→新居宿 MAP
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23日目(2016/10/8)金谷宿→島田宿 MAP

高札場
【川越街道 旅の報告】
2013年1月13日(日)
武蔵国板橋宿を発ってから…
約5ヶ月の月日をかけて、川越城本丸御殿に到着しました!
川越時の鐘
【成田街道 旅の報告】
2012年7月8日(日)
下総国新宿を発ってから…
約5ヶ月の月日をかけて、成田山新勝寺・寺台宿に到着しました!
新勝寺大本堂と三重塔
【会津西街道街道 旅の報告】 2012年1月22日(水)
下野国今市宿を発ってから…
約1年6ヶ月の月日をかけて、
会津鶴ヶ城に到着しました!
鶴ヶ城
【 水戸街道 旅の報告 】 2010年5月5日(水)
武蔵国千住宿を発ってから…
約3ヶ月の月日をかけて、
水戸の銷魂橋に到着しました!
水戸弘道館
【 日光街道 旅の報告 】 2010年1月10日(日)
江戸日本橋を発ってから…
8ヶ月の月日をかけて、
東照大権現が鎮座される
日光東照宮に到着しました!
日光東照宮陽明門
【 中山道 旅の報告 】
2008年10月13日(月)
江戸日本橋を発ってから…
1年10ヶ月もの月日をかけて、 ついに京都三条大橋に到着しました!
京都三条大橋

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