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薩埵峠越え

【2017年8月6日(日)旧東海道 興津宿→由比宿】
興津宿から東海道を東に向かえば次は由比宿、この宿間の東海道は興津川と薩埵(さった)峠に駿河湾と、川・山・海が旅人の行く手を阻む。ここを越える東海道は3ルート、「親知らず子知らず」の海岸線を通る下道、海岸から急斜面を峠へ登る中道、そして興津川左岸を上流方向に迂回してから峠を登る上道である。明暦年間(1655年~58年)から幕末にかけて東海道のメーンストリートだったのが上道で、今回はこのルートを進むことに。薩埵峠からは富士山を背景に駿河湾を見下ろす絶景を望め、広重が「東海道五十三次之内由井 薩埵嶺」の題でその景観を描いている。




スーパーマルソウ
川越遺蹟から興津川左岸を遡る上道を進むと左手にスーパーマルソウ。


薩埵峠旧道(上道)
右手に分かれる道が薩埵峠旧道(上道)。旧洞村の集落が沿道に並ぶ。


魚徳
薩埵峠旧道(上道)にある魚徳。”こんなところに魚屋さん”てな感じ。


薩埵峠旧道(上道)
右に瑞泉寺参道入口。


瑞泉寺
龍光山瑞泉寺。日蓮宗。正保2年(1645年)日近という僧が創建、天保2年(1831年)七面堂が建立されたが、貧しい寺だったことから維持がままならず崩壊したという。現在は立派な本堂を持ち、再興を果たしているようだ。


薩埵峠旧道(上道)
峠道の沿道に建つ家々が往時を偲ばせる。


薩埵峠旧道(上道)
薩埵峠旧道(上道)。


薩埵峠旧道(上道)
旧洞村集落の間を緩やかに上る薩埵峠旧道(上道)。


薩埵峠旧道(上道)
旧東海道沿道に軒を連ねる旧洞村の集落を峠側から望む。


秋葉山常夜灯
旧洞村集落の江戸方外れ、旧道消失地点に残る秋葉山常夜灯。


白髭神社
薩埵峠旧道(中道)沿いに鎮座する白髭神社。


白髭神社境内より下道
白髭神社境内より駿河湾を望む。薩埵峠越えの下道は眼下の海岸、中道はこの真下を通る急傾斜の坂道で通していた。


白髭神社境内にて
白髭神社にて。夏ですなあ。


往還坂
白髭神社から旧東海道歩きに戻る。直進の上り坂は共同墓地内に設けられた往還坂、この辺りの旧道は消失しており、往還坂が迂回ルートとなっている。


薩埵山の共同墓地
アスファルト舗装の往還坂を上りきれば共同墓地。


往還坂
共同墓地より往還坂を望む。かつての東海道は往還坂北西側(写真右手)の山裾を通っていたが消失している。


薩た峠旧道薩埵峠旧道(上道・中道)
共同墓地から延びる薩埵峠旧道(上道・中道)。


薩埵峠旧道(上道・中道)
旧街道の峠越えらしい雰囲気に。


薩埵峠旧道(上道・中道)
切通しの坂道を登り。


薩埵峠旧道(上道・中道)
斜面を緩やかに上る薩埵峠旧道(上道・中道)。


薩埵峠
沿道に夢舞台東海道「薩埵峠」道標や「薩埵峠の歴史」の解説板を設ける。


薩埵峠旧道(上道・中道)
薩埵峠旧道(上道・中道)。


薩埵峠より駿河湾
薩埵峠より駿河湾を望む。下道だった海岸には国道1号富士由比バイパスや東海道本線を通す。今となっては「親知らず子知らず」の面影は無く、舗装されて安全な道を多くの車が往来する。


薩埵峠旧道(上道・中道)
薩埵峠旧道(上道・中道)は海岸に接する山の斜面を通す。


牛房(ごぼう)坂
この辺りの坂道は牛房(ごぼう)坂と言う。


薩埵峠旧道(上道・中道)
薩埵峠旧道(上道・中道)の牛房坂。


薩埵峠
ここが薩埵峠のビューポイント。展望台を設ける。


薩埵峠解説板
展望台にある薩埵峠解説板。


薩埵峠からの眺め
展望台からの眺め。ここが広重が浮世絵に描いた東海道随一の景勝地、天気が良ければ背景に富士山がでんと構えているのだが、厚い雲に覆われその姿は拝めず、残念…。


薩埵峠からの眺め
眼下には東海道本線に東名高速、国道1号といった日本の大動脈が集結。


さった峠駐車場
さった峠駐車場に到着。


さった峠駐車場
さった峠駐車場の峠入口。駐車場隅に「薩埵峠山之神遺跡」碑がある。


薩埵峠旧道(上道・中道)
さった峠駐車場から旧道を東へ進むと、地滑り対策の工事があちこちで行われている。


薩埵峠旧道(上道・中道)
古道標に並んで現代の夢舞台東海道「薩埵峠」道標。


薩埵峠旧道(上道・中道)
旧道は急斜面のミカン畑の中を進む。沿道にはミカン運搬用のモノレールがあちこちに見られる。


薩埵峠旧道(上道・中道)にて
道に落ちていたミカン。


薩埵峠旧道(上道・中道)にて
捨て置かれたかのうようにミカン運搬車。


ニッカリモノラック
ミカン運搬車には”ニッカリモノラック”の表記が見える。


薩埵峠と駿河湾
振り返って薩埵峠と駿河湾。


薩埵峠の一本松
薩埵峠旧道の一本松。


薩埵峠旧道(上道・中道)
峠道は次の由比宿へ向けて下ってゆく。


薩埵峠旧道(上道・中道)
眼下に由比宿を望み。


薩埵峠旧道(上道・中道)
薩埵峠旧道の江戸方(東側)登り口、西倉澤の集落へ。


薩た峠上道・中道と下道の分岐点
ここが薩埵峠旧道の上道・中道と下道の分岐点。上道・中道の登り口にあたる。右手の建物は藤屋という旧茶店で、富士山の眺望がよいことから望嶽亭を称し、また登り口に位置することから坂口屋とも呼ばれた。磯料理やあわび、ささえのつぼ焼きが名物だった。


西倉澤一里塚跡
藤屋前に「一里塚跡」碑と解説板を設ける西倉澤一里塚跡。江戸日本橋から40里(約157km)、京三条大橋からは75番目で実測約360km地点(七里の渡しを27.5km、天竜川池田の渡し迂回分を+2kmとして測定、薩埵峠上道ルートによる)にあたる。


薩た峠江戸方登り口
一里塚跡から振り返って薩埵峠旧道登り口。左に分かれる道が「親知らず子知らず」の下道で、右が今通ってきた上道・中道。


薩埵峠旧道(下道)
海岸へ向かう薩埵峠旧道(下道)。


西倉澤
間の宿として往来の旅人で賑わった西倉澤。


脇本陣柏屋
「明治天皇御小休所跡」の木札を掲げる柏屋。脇本陣格の家だった。


西倉澤
旧街道の佇まいを残す家が多く見られる。


旧茶屋本陣川島家
茶屋本陣跡の川島家。代々川島勘兵衛を名のり、西倉澤村の名主を務めた。


西倉澤
旧街道を感じさせる家並みを残す西倉澤。


宝積寺
倉沢山宝積寺。曹洞宗。


鞍佐里神社
山裾に参道を延ばす鞍佐里神社。創建時期不明。日本武尊が東征の途次、薩埵峠で賊に焼き打ちをかけられ、馬の鞍の下に身を潜めて難を逃れた。しかし鞍が焼失してしまったことから「鞍去」の地名が発生したという。いつしかそれが転訛して現地名の「倉澤」になったとも。元は薩埵峠にあり、旧社地に山之神遺跡の石碑を設けている。


権現橋
権現橋を渡れば東倉澤の家並み。


権現橋
権現橋より上流を望めば、すぐ先に山裾が迫る。倉澤の地は山と海に挟まれた僅かな平地に集落を形成、度々山崩れや津波の自然災害に見舞われてきた。


八阪神社
東倉澤の八阪神社。


八阪神社にて
参道石段に脱皮しようと懸命にもがくセミ。周辺の木から落下してしまったのだろう、蟻に襲われて不憫な状況に。


八阪神社にて02
何年も土中で育ち、ようやく日の目を見たのに、一声を発せずに果ててしまうのは哀れだ。立派なセミに育って、盛夏の空の下、騒がしい鳴き声を上げてほしいと願いつつ境内の木に戻しておこう。


東倉澤
八阪神社より東倉澤の集落と駿河湾を望む。


くらさわや
”くらさわや””前を行く旧東海道。由比特産の桜えび料理を堪能できる料理店。


寺尾
寺尾の家並み。当地には昔、真言宗の南方寺があり地名の起源になったと伝わる。天和3年(1682年)以前は海岸沿いに東海道が通されていたが、度々津波の被害を受けたため高台の新ルートに付け替えられ、これに伴い寺尾の集落も移転した。


寺尾
旧東海道筋にある産地直売所では駿河湾産の桜エビやシラスを販売。


大沢橋
寺尾の中心部に架かる大沢橋。


大沢橋
大沢橋より川下を望めば駿河湾。


東海道あかりの博物館
大沢橋北詰にある東海道あかりの博物館。灯りの歴史に特化した珍しい博物館。是非とも見学しておきたかったが、残念ながら既に閉館の時間。後日再訪。


名主の館小池邸
国登録有形文化財の”名主の館小池邸”。小池家は江戸時代に代々小池文右衛門を名のり寺尾村の名主を務めた。現存する建物は明治期の建築。こちらも後日再訪したい。


寺尾の掲示板
寺尾の東海道沿道にて。珍しい時計付きの掲示板。


中の沢二号橋
中の沢二号橋。


宗像神社
寺尾に鎮座する宗像神社。


寺尾沢橋
寺尾沢橋。


今宿
旧道と静岡県道396号の合流地点。ここが寺尾と今宿の境で、県道に寺尾歩道橋が架かる。


小池酒店
寺尾歩道橋から旧東海道を離れ、小池酒店前を進んで由比駅方面に。


由比駅
由比駅から帰途につく。次は寺尾と由比宿を中心に散策をしたい。


【旧東海道歩き 第28日目】清水駅→江尻宿→興津宿→由比駅 歩行距離約15km
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千葉県在住。

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東海道 東海道を歩いてます。


1日目(2013/5/19)三条大橋→大津宿 MAP
2日目(2013/7/13)大津宿→草津宿 MAP
3日目(2013/7/14)草津宿→石部宿 MAP
4日目(2013/8/3)石部宿→水口宿 MAP
5日目(2013/8/4)水口宿→土山宿 MAP
6日目(2013/10/13)土山宿→坂下宿→関宿 MAP
7日目(2014/3/9)関宿→亀山宿→庄野宿 MAP
8日目(2014/5/3)庄野宿→石薬師宿→四日市宿 MAP
9日目(2014/5/4)四日市宿→桑名宿→七里の渡し跡 MAP
10日目(2014/6/8)七里の渡し跡→宮宿→鳴海宿 MAP
11日目(2014/11/2)鳴海宿→池鯉鮒宿 MAP
12日目(2015/4/4)池鯉鮒宿→岡崎宿 MAP
13日目(2015/5/23)岡崎宿→藤川宿 MAP
14日目(2015/7/19)藤川宿→赤坂宿→御油宿 MAP
15日目(2015/9/22)御油宿→吉田宿 MAP
16日目(2015/11/29)吉田宿→二川宿 MAP
17日目(2016/2/20)二川宿→白須賀宿→新居宿 MAP
18日目(2016/4/3)新居宿→舞坂宿→浜松宿 MAP
19日目(2016/5/6)浜松宿→見付宿 MAP
20日目(2016/5/7)見付宿→袋井宿 MAP
21日目(2016/6/25)袋井宿→掛川宿 MAP
22日目(2016/7/17)掛川宿→日坂宿→金谷宿 MAP
23日目(2016/10/8)金谷宿→島田宿 MAP
24日目(2016/10/9)島田宿→藤枝宿 MAP
25日目(2016/12/24)藤枝宿→岡部宿 MAP
26日目(2017/3/19)岡部宿→丸子宿→府中宿 MAP
27日目(2017/5/6)府中宿→江尻宿 MAP
29日目(2017/11/4)由比宿→蒲原宿 MAP
30日目(2018/2/11)蒲原宿→吉原宿 MAP

高札場
【川越街道 旅の報告】
2013年1月13日(日)
武蔵国板橋宿を発ってから…
約5ヶ月の月日をかけて、川越城本丸御殿に到着しました!
川越時の鐘
【成田街道 旅の報告】
2012年7月8日(日)
下総国新宿を発ってから…
約5ヶ月の月日をかけて、成田山新勝寺・寺台宿に到着しました!
新勝寺大本堂と三重塔
【会津西街道街道 旅の報告】 2012年1月22日(水)
下野国今市宿を発ってから…
約1年6ヶ月の月日をかけて、
会津鶴ヶ城に到着しました!
鶴ヶ城
【 水戸街道 旅の報告 】 2010年5月5日(水)
武蔵国千住宿を発ってから…
約3ヶ月の月日をかけて、
水戸の銷魂橋に到着しました!
水戸弘道館
【 日光街道 旅の報告 】 2010年1月10日(日)
江戸日本橋を発ってから…
8ヶ月の月日をかけて、
東照大権現が鎮座される
日光東照宮に到着しました!
日光東照宮陽明門
【 中山道 旅の報告 】
2008年10月13日(月)
江戸日本橋を発ってから…
1年10ヶ月もの月日をかけて、 ついに京都三条大橋に到着しました!
京都三条大橋

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