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田子の浦と見付宿

【2018年5月4日(金)旧東海道 吉原宿→原宿】
吉原宿が影も形も存在していない鎌倉初期、吉原辺りの東西往還路は駿河湾沿いを通り、現在の”田子の浦港”東側の鈴川町から対岸の前田にかけて吉原湊を渡す舟渡しがあって、東岸の阿字神社(富士市鈴川町)付近に往来の旅人を改める見付が構えられていた。南北朝から室町期にかけて軍事・商業的に吉原湊が重要視されたことから、この見付があった地は宿場・港町・商業地として発展、見付宿と呼ばれるようになる。しかしこの地は高波や漂砂の被害がひどく、天文年間(1532~54年)に現在の鈴川東町・今井地区へ移転し、吉原と名を改め初代吉原宿の前身を形成する。慶長6年(1601年)徳川家康により宿駅伝馬制度が敷かれ近世東海道の吉原宿が成立、後に高潮の被害で2度の移転を余儀なくされた。




<見付宿古道分岐点
鈴川東町、旧道が東海道本線に分断される南側。直進の旧道は消失、左へ線路沿いに曲がる道が見付宿に至る。


六角井戸
木之元神社北辺、東海道本線に沿ってを通る道沿いで、写真手前のカラフルなマンホールに目が留まり。


木之元神社水神
左を見ると小さな社、何かと思えば木之元神社の水神。奈良時代に玄坊という高僧がおり、木之元神社の泣沢女神を勧請して当地に行住寺を建立したという。ここには富士山からの地下水が流れていることから、六角形の井戸を掘って”御神水”とし、地元住民の安全長久を祈願したと伝わる。


六角井戸
あのカラフルなマンホールの下には六角井戸が残っているらしい。


木之元神社
鈴川東町に鎮座する木之元神社。元吉原の地から中吉原へ宿場移転した時、多くの神社や寺院が伴って移転したが、ここ木之元神社だけは地元住民の願望により当地に残ったという。数少ない元吉原の遺構といえよう。


木之元神社境内より
木之元神社境内より東海道本線と富士山を望み。


見付宿古道
旧道消失の分地点から150m程線路沿いを進むと左へ分かれる上り道。こちらが見付宿跡に向かう道で、ここでは便宜上”見付宿古道”と呼ばせてもらう。


黒露の碑
見付宿古道を上って間もなく、民家前に残る黒露(こくろ)の碑。江戸時代中期の俳人、山口黒露の死を悼み明和4年(1767年)に建立されたもの。黒露は山口素堂の門人で、俳諧をはじめ茶道や琴に通じる著名な文化人だった。


六地蔵
沿道に六地蔵が富士山をバックに並ぶ。


見付宿古道
舌状台地上を通る見付宿古道。


見付宿古道
妙法寺付近の見付宿古道。


妙法寺
見付宿跡(富士と港の見える公園)東側にある妙法寺。


阿字神社参道
舌状台地の突端部、阿字神社参道入口。この辺りが吉原宿の前身、中世に見付宿があった場所。


見付宿跡
見付宿跡は”富士と港の見える公園”に整備される。


見付宿跡碑と解説板
見付宿の往時を偲ぶものは残ってないが、見付宿跡碑と解説板が設けられている。


田子浦仏舎利塔
見付宿跡に建つ田子浦仏舎利塔。いつ、どういった経緯でこれが建てられたのか、少し調べてみたがよくわかりません。


阿字神社奥宮
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田子浦仏舎利塔のすぐ傍に鎮座する阿字神社奥宮。


見付宿跡
見付宿跡(富士と港の見える公園)の西側入口。木戸を模しているのか、 冠木門が設けられている。ここから目の前は田子の浦港。


石水門碑
沼川石水門記念碑。古より沼川河口には度々高波が押し寄せ、内陸部の農地に損害を与えてきた。慶応2年(1866年)その対策として防潮堤が築かれたが、明治2年(1869年)の暴風雨で壊滅する。翌年新たに石水門の築造が始められたが、工事中に流失、明治16年(1883年)になって再び石水門の築造が計画され、有識者の助言を得て2年の工期を架け完成、昭和40年代まで使われた。昭和42年(1967年)田子の浦港が建造されるに伴い石水門は撤去、この碑が往時を今に伝えている。


田子の浦港
今の沼川河口、見付宿跡より”田子の浦港”を望む。古くは吉原湊と呼ばれ、軍事・舟運の要衝地だった。


田子の浦港と富士山
田子の浦ゆ うち出でて見れば 真白にそ 富士の高嶺に 雪は降りける
古代に思いを馳せ、山部赤人の心境を感じよう。


鈴川の富士塚
見付宿跡から旧東海道へ歩みをす途次、”鈴川の富士塚”を案内する道標を見つけ寄り道。ここは江戸時代に富士登山を前に身の汚れを払う場所だったらしい。現在は「富士山登山ルート3776」という富士登山の企画があり、ここから山頂を目指すという。とても面白そうだ。いずれ私も挑戦してみたい。

富士じかん
『富士山登山ルート3776』
www.city.fuji.shizuoka.jp/fujijikan/kb719c0000004p1m.html


明治40年頃の富士塚
現地設置の解説板より。明治40年頃の富士塚。


鈴川の富士塚
上写真に近いアングルで撮影、現在の富士塚。


鈴川の富士塚
鈴川の富士塚。何かイベントの準備だろうか、パイプ椅子が並ぶ。


享保二年銘の灯篭
富士塚前に残る享保二年銘の灯篭。


鈴川の富士塚
富士塚に祀られる浅間宮と富士山。


見付宿古道
見付宿古道を戻って。地蔵堂付近。


旧東海道 鈴川東町02
鈴川東町、志学院から旧東海道に歩みを戻す。元吉原を歩いて次の原宿へ向かおう。次の記事へつづく。


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1日目(2013/5/19)三条大橋→大津宿 MAP
2日目(2013/7/13)大津宿→草津宿 MAP
3日目(2013/7/14)草津宿→石部宿 MAP
4日目(2013/8/3)石部宿→水口宿 MAP
5日目(2013/8/4)水口宿→土山宿 MAP
6日目(2013/10/13)土山宿→坂下宿→関宿 MAP
7日目(2014/3/9)関宿→亀山宿→庄野宿 MAP
8日目(2014/5/3)庄野宿→石薬師宿→四日市宿 MAP
9日目(2014/5/4)四日市宿→桑名宿→七里の渡し跡 MAP
10日目(2014/6/8)七里の渡し跡→宮宿→鳴海宿 MAP
11日目(2014/11/2)鳴海宿→池鯉鮒宿 MAP
12日目(2015/4/4)池鯉鮒宿→岡崎宿 MAP
13日目(2015/5/23)岡崎宿→藤川宿 MAP
14日目(2015/7/19)藤川宿→赤坂宿→御油宿 MAP
15日目(2015/9/22)御油宿→吉田宿 MAP
16日目(2015/11/29)吉田宿→二川宿 MAP
17日目(2016/2/20)二川宿→白須賀宿→新居宿 MAP
18日目(2016/4/3)新居宿→舞坂宿→浜松宿 MAP
19日目(2016/5/6)浜松宿→見付宿 MAP
20日目(2016/5/7)見付宿→袋井宿 MAP
21日目(2016/6/25)袋井宿→掛川宿 MAP
22日目(2016/7/17)掛川宿→日坂宿→金谷宿 MAP
23日目(2016/10/8)金谷宿→島田宿 MAP
24日目(2016/10/9)島田宿→藤枝宿 MAP
25日目(2016/12/24)藤枝宿→岡部宿 MAP
26日目(2017/3/19)岡部宿→丸子宿→府中宿 MAP
27日目(2017/5/6)府中宿→江尻宿 MAP
29日目(2017/11/4)由比宿→蒲原宿 MAP
30日目(2018/2/11)蒲原宿→吉原宿 MAP

高札場
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京都三条大橋

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